【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ

文字の大きさ
上 下
50 / 64

50 その為の旅

しおりを挟む
 エルファードの旅はとてもとても楽しかった。行く先行く先で華々しい歓迎を受け、美味しい食べ物豪華な宿と素晴らしいサービスを受けた。

 サービスを受けすぎて、何の為に旅をしているのかさえ忘れかけた日もあった。マルグ国へ着くのがだいぶ遅れたがエルファードに焦りはない。それくらいアイリーンの事を軽視していたし、理解もしていなかった。


「……なんだ?マルグ国は祭か?もしや、私の到着の歓迎の式典か??」

 王都の門をくぐった時にエルファードは驚いた。街の中が華やかな空気に包まれ、あちこちに花が飾られ明るい雰囲気で埋め尽くされていた。
 人通りも多く、馬車でもゆっくりしか進めなかったが、自分を歓迎している人々の声にニヤニヤと唇を歪ませていた。

「さぁて、この国でもどうせ持て余されているアイリーンを拾ってやるか。これからはナザールの為にもっとキリキリ働かせよう!側妃にしておいてやるか。正妃は新しく誰を迎えようか……このマルグ国で誰か見繕ってやってもいいな……フフフ」

 エルファードの気持ち悪い笑い声に、監視を兼ねて付き従ってきた騎士はうんざりした。もう少しでこの胸糞悪い任務から解放される、それだけを希望に。

 わあわあと国民が詰めかけている。マルグ王城へ向かうエルファードの馬車は止められる事になった。歓迎されているはずの自分が前に進めないなどとおかしい。やっとエルファードは疑問を持ち始める。

「……おかしいぞ?私の歓迎の為の人出ではないのか……?」

 そっと馬車の窓を開け、民衆の声を聞くととんでもない言葉が聞こえてきた。

「アイリーン様!アイリーン様!」

「やっと王様の婚約者が決まった!アイリーン様だ!」

「やっとなのねぇ~あの聡明なアイリーン様がやっとね!」

「なぁにが権威の為の期間だっつーの。さっさと結婚して欲しいなあ!」

「アイリーン様が来てから国は明るいし犯罪は減ったし、ご飯は美味しいし子供は元気だしで最高よね!」

「これからマルグはもっと良くなる!」


「は?ど、どういう事だ……」

 エルファードは驚くが辺りは熱気に包まれている。そして魔道具で声を拡声しているのか、シュマイゼル王の堂々とした宣言が響いた。

「皆の者、今日という日を無事に迎えられたことを嬉しく思う。今日、今この時より、アイリーン・レイクリフ公爵令嬢が我が婚約者となる。婚儀は半年後を予定しているが、今日まで我慢したので早くしたい!許せよ」

 祝福のヤジ塗れだが喜びの声が湧きあがる。誰もが賛同する婚約だった。

「だよなあ!我慢したよなあ!」

「あと半年我慢とか王様は辛いなあ!」

「仕方がないのかもなあ、あはは!」


「い、いやですわ、ゼル様……」

 拡声器を切り忘れているのか、照れた様子のアイリーンの声が聞こえ

「なあに、良いですよね?皆さん?」

「はは、勿論ですとも」

 そんな周囲の声まで聞こえ、国民達をどっと笑いに包んだ。

「ど、どういう事だ!?」

 一人状況がつかめずに馬車の窓から身を乗り出せば、マルグ城の国民に向けて開かれたバルコニーにシュマイゼル王とアイリーン、そしてレンブラントがお揃いの仕立てのいい服を着てにこやかに手を振っている。
 その3人の後ろには招かれたであろう煌びやかな人々……あの建国祭の日に速やかに帰って行った近隣各国の賓客の姿が見える。

「え?は?い、意味が分からない……」

 そしてエルファードの目はにこやかに、そして晴れやかに輝くアイリーンの顔に釘付けになった。

「う、美しい……」

 地味だと思った茶色の髪は手入れが行き届き艶やかで、陽の光を浴びて煌めいていた。髪に細かく飾った小粒ダイヤの反射もあっただろうが、アイリーンは輝いている。
 肌も抜けるように白いが寝不足からくる顔色の悪さ、疲れも感じられないし、重責による疲労が減った瞳も希望に溢れてていた。
 なにより表情が全く違う。真面目で堅物。何かにつけて金の事しか言わないような奴なのに、心の底から楽しそうにしている。時には少女のように隣に立つシュマイゼル王の袖を引っ張ったり、母としてレンブラントの頭を撫でたり……。
 そんな顔をエルファードは一度も見た事もなかった。

 いつも濃い緑の服を着るように指示していた。その方がエルファードを引き立てるのに相応しいからだ。
 しかし、空色のふんわりと軽いドレスはとても似合っていて、長身のシュマイゼル王の隣で遜色もなかった。

「いや?は?あれがアイリーン?いやいや、別人だろう?……この目で確かめてやる!」

 このまま引き返せば良かったのに、エルファードは御者に横柄に命令を出す。

「王城へ行け!」

「……分かりました……」

 なるべくゆっくり帰国するように、とオルフェウスに言い含められている御者はゆっくりと馬首を王城へと向けた。

しおりを挟む
感想 175

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません

すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」 他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。 今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。 「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」 貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。 王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。 あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

人の顔色ばかり気にしていた私はもういません

風見ゆうみ
恋愛
伯爵家の次女であるリネ・ティファスには眉目秀麗な婚約者がいる。 私の婚約者である侯爵令息のデイリ・シンス様は、未亡人になって実家に帰ってきた私の姉をいつだって優先する。 彼の姉でなく、私の姉なのにだ。 両親も姉を溺愛して、姉を優先させる。 そんなある日、デイリ様は彼の友人が主催する個人的なパーティーで私に婚約破棄を申し出てきた。 寄り添うデイリ様とお姉様。 幸せそうな二人を見た私は、涙をこらえて笑顔で婚約破棄を受け入れた。 その日から、学園では馬鹿にされ悪口を言われるようになる。 そんな私を助けてくれたのは、ティファス家やシンス家の商売上の得意先でもあるニーソン公爵家の嫡男、エディ様だった。 ※マイナス思考のヒロインが周りの優しさに触れて少しずつ強くなっていくお話です。 ※相変わらず設定ゆるゆるのご都合主義です。 ※誤字脱字、気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません!

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

処理中です...