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38 ブランコの為ではないが
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ペムペム草は雑草の一種でペムペム草が生えている庭は「手入れが甘い証拠」だと言われている。何とか目立つところは抜かれているが、植え込みの中、木の影にはやはり蔓延っていて
「庭師が手を抜いているのか、そもそもちゃんとした庭師が在籍していないのか……」
フレジットは頭を抱えながら屋敷の扉の前についた。元は金色に光っていたであろうドアの取っ手も色を失いくすんでいる。手入れが隅々まで行き届いていないことが簡単にうかがえた。
ガラハトでさえ一瞬その取手を握るのを躊躇った程だ。
「フレジット君……?」
扉の前で一つため息をついたフレジットにレイクリフ公爵は心配そうに声をかける。
「ああ、レイクリフ公爵。なんとなく、この家の事が分かって来たところです」
入る前から何が分かるのだろうか、とレイクリフ公爵は首を捻ったが、
「庭の荒れ具合、手入れの行き届いていない屋敷。外観を見ただけでうすどんよりとして、ガラスも磨かれていない。一目で没落寸前だと誰でも気が付きますよ」
それに答えたのはハイランド家から連れて来た執事補佐のガラハトで、ガラハト自体も困り顔だ。
もっとも不味いのは見える所、簡単な所だけは手入れされていて、上辺上はなんとか体裁を保っている所だろう。
「姉さんの結婚式にはハクをつけたいからなあ……手早くしないといけない。使用人達はかなり来てくれているからそこそこはいくけど、元々この家にいた使用人は……間に合わなきゃ切らなきゃいけない。まともな人が残っててくれたらいいけど……」
はあ、ともう一つフレジットはため息をつき、ガラハトに慰められている。
「き、君たちは……家に入る前から、見ているんだな……」
「当たり前です。最初にお客様を迎え入れる場所がコレでは……舐められる所の話じゃないですし。厳しくやらせてもらいますよ、お祖父様」
「は、はは……これは、とんだ人物をレイクリフ家に引き込んでしまったようだな……」
確かにシュマイゼル王の口車にも乗った。由緒正しいレイクリフ家の立て直しを焦ったというのもあるし、噂に名高いハイランド家の血筋を取り込みたかったのもあったが……。
「これはレイクリフ家が乗っ取られるのかもなあ……」
「そんなのやろうと思えばすぐです。でも姉さんがとやかく言われるのがイヤなのでその辺りはきちんとやらせてもらいますよ」
頼もしいが、うすら寒いものが背筋を走り抜ける。フレジット・ハイランドはそういう男だった。
「んーーーっレンブラントちゃんの背伸びっぷりが可愛い~!」
「子供らしくのびのびさせてやれなかったが、今からでも少しづつ……。なあ、シュマイゼル王に頼んで庭園にブランコをつけて貰わないか?」
「あらーーっいいですわね!ぜひそうしましょう」
アイリーンの父母である、元ハイランド伯爵夫人が楽しいお買い物をして帰ってきた後、とりあえず驚いた。
「レイクリフ公爵様」
「はいー?ワシはただの平民ですぞ。元伯爵でしたがの?」
「いえいえ、書類はもう申請済みですので」
「はいー?」
侍従に言われ驚いたが、元ハイランド伯爵はちょっぴり薄くなった頭髪を優しく撫でながら
「……わかりました」
と、あまり動揺もせずに王城で用意された馬車に乗ってフレジット達が向かったレイクリフ家を遅れながら出発した。
「貴方、シュマイゼル様の囲い込みですか?」
「猪突猛進気味の噂を聞いているが……ここまでとはなあ。しかし我らを高く買いすぎだろうて。アイリーンの持参金代わりにさっさと商会でも興して一儲けしようかと思っていたが、爵位も付けて寄越すとは」
アイリーン両親は覚えているだけのマルグ国国王シュマイゼルの情報を精査していた。頭も悪くない、カリスマ性もあるし、公平でもあり民からの支持も高い。
あの歳で落ち着きざるを得なかったアイリーンを伴侶に迎えれば、良き国王夫妻となるだろう。
「ふふ、恰好だけはつきましたね。公爵令嬢であれば、王と婚約しても遜色はないですもの。伯爵出の娘と馬鹿にされずに済みますわ」
アイリーンの母親のアイーダは根に持っている。王家から命令だと言われアイリーンを奪って行ったのに、奪った先で「伯爵出」だとか「醜い」だとか言われていた事をずっと怒っていた。むしろ死ぬまで、いや、死んでも許す気はない。
「全くだ!あんなカエル国、干上がってしまえばいい。しかし、レンブラントがせっかく見つけた商売のタネは使わないのは惜しいなあ」
「ええ、そうね。プリンの味なんて……あの子は感覚も鋭いわ……可愛いし!」
かなり孫馬鹿になっている二人だが、レンブラントと一緒にプリンを食べた時、コテン、と首を傾げたのを見逃さなかったのだ。
「どうしたの?レン。美味しくないの?」
「いえ、美味しいのですが……ソリオ料理長が作ってくれたプリンの方が……なんというかコクがあって……あれ?気のせいでしょうか?」
「ふむ……ん、なるほど。よく気が付いたな」
「まあ、素晴らしいわ。これはミルク本体の鮮度かしらね?」
前国王夫妻もどういうことか?と聞いてくる中、二人は軽く説明をした。
「きっと牧場が遠いのです。そしてその輸送が甘いのでしょう。ミルクの鮮度がナザールに比べて低い。これは……商売になりそうだ」
「全く気が付かなかったぞ」
前王が呟く中
「食べ比べねば分からぬことと思います。これでも十分に美味いのですが、もうほんの少しだけ改良すれば更に美味くなる」
牧場でも買い取ってアイリーンの持参金を増やしてやろうと思っていたのだ。
「公爵家に入っても使えるかもしれん。王妃の実家が貧しくては他の貴族に笑われてしまうからなあ」
「そうね、あなた!いっぱい稼ぎましょう!そしてウチの庭にもブランコをつけましょう!」
「お!いいな。そうしよう!」
レイクリフ家へ向かう馬車の中で、二人はこれからの事を前向きに検討していた。娘の幸せ、ついて来た使用人達の幸せ……そして自分達の幸せ。ナザールにいた時より明るい未来が見えている。
「庭師が手を抜いているのか、そもそもちゃんとした庭師が在籍していないのか……」
フレジットは頭を抱えながら屋敷の扉の前についた。元は金色に光っていたであろうドアの取っ手も色を失いくすんでいる。手入れが隅々まで行き届いていないことが簡単にうかがえた。
ガラハトでさえ一瞬その取手を握るのを躊躇った程だ。
「フレジット君……?」
扉の前で一つため息をついたフレジットにレイクリフ公爵は心配そうに声をかける。
「ああ、レイクリフ公爵。なんとなく、この家の事が分かって来たところです」
入る前から何が分かるのだろうか、とレイクリフ公爵は首を捻ったが、
「庭の荒れ具合、手入れの行き届いていない屋敷。外観を見ただけでうすどんよりとして、ガラスも磨かれていない。一目で没落寸前だと誰でも気が付きますよ」
それに答えたのはハイランド家から連れて来た執事補佐のガラハトで、ガラハト自体も困り顔だ。
もっとも不味いのは見える所、簡単な所だけは手入れされていて、上辺上はなんとか体裁を保っている所だろう。
「姉さんの結婚式にはハクをつけたいからなあ……手早くしないといけない。使用人達はかなり来てくれているからそこそこはいくけど、元々この家にいた使用人は……間に合わなきゃ切らなきゃいけない。まともな人が残っててくれたらいいけど……」
はあ、ともう一つフレジットはため息をつき、ガラハトに慰められている。
「き、君たちは……家に入る前から、見ているんだな……」
「当たり前です。最初にお客様を迎え入れる場所がコレでは……舐められる所の話じゃないですし。厳しくやらせてもらいますよ、お祖父様」
「は、はは……これは、とんだ人物をレイクリフ家に引き込んでしまったようだな……」
確かにシュマイゼル王の口車にも乗った。由緒正しいレイクリフ家の立て直しを焦ったというのもあるし、噂に名高いハイランド家の血筋を取り込みたかったのもあったが……。
「これはレイクリフ家が乗っ取られるのかもなあ……」
「そんなのやろうと思えばすぐです。でも姉さんがとやかく言われるのがイヤなのでその辺りはきちんとやらせてもらいますよ」
頼もしいが、うすら寒いものが背筋を走り抜ける。フレジット・ハイランドはそういう男だった。
「んーーーっレンブラントちゃんの背伸びっぷりが可愛い~!」
「子供らしくのびのびさせてやれなかったが、今からでも少しづつ……。なあ、シュマイゼル王に頼んで庭園にブランコをつけて貰わないか?」
「あらーーっいいですわね!ぜひそうしましょう」
アイリーンの父母である、元ハイランド伯爵夫人が楽しいお買い物をして帰ってきた後、とりあえず驚いた。
「レイクリフ公爵様」
「はいー?ワシはただの平民ですぞ。元伯爵でしたがの?」
「いえいえ、書類はもう申請済みですので」
「はいー?」
侍従に言われ驚いたが、元ハイランド伯爵はちょっぴり薄くなった頭髪を優しく撫でながら
「……わかりました」
と、あまり動揺もせずに王城で用意された馬車に乗ってフレジット達が向かったレイクリフ家を遅れながら出発した。
「貴方、シュマイゼル様の囲い込みですか?」
「猪突猛進気味の噂を聞いているが……ここまでとはなあ。しかし我らを高く買いすぎだろうて。アイリーンの持参金代わりにさっさと商会でも興して一儲けしようかと思っていたが、爵位も付けて寄越すとは」
アイリーン両親は覚えているだけのマルグ国国王シュマイゼルの情報を精査していた。頭も悪くない、カリスマ性もあるし、公平でもあり民からの支持も高い。
あの歳で落ち着きざるを得なかったアイリーンを伴侶に迎えれば、良き国王夫妻となるだろう。
「ふふ、恰好だけはつきましたね。公爵令嬢であれば、王と婚約しても遜色はないですもの。伯爵出の娘と馬鹿にされずに済みますわ」
アイリーンの母親のアイーダは根に持っている。王家から命令だと言われアイリーンを奪って行ったのに、奪った先で「伯爵出」だとか「醜い」だとか言われていた事をずっと怒っていた。むしろ死ぬまで、いや、死んでも許す気はない。
「全くだ!あんなカエル国、干上がってしまえばいい。しかし、レンブラントがせっかく見つけた商売のタネは使わないのは惜しいなあ」
「ええ、そうね。プリンの味なんて……あの子は感覚も鋭いわ……可愛いし!」
かなり孫馬鹿になっている二人だが、レンブラントと一緒にプリンを食べた時、コテン、と首を傾げたのを見逃さなかったのだ。
「どうしたの?レン。美味しくないの?」
「いえ、美味しいのですが……ソリオ料理長が作ってくれたプリンの方が……なんというかコクがあって……あれ?気のせいでしょうか?」
「ふむ……ん、なるほど。よく気が付いたな」
「まあ、素晴らしいわ。これはミルク本体の鮮度かしらね?」
前国王夫妻もどういうことか?と聞いてくる中、二人は軽く説明をした。
「きっと牧場が遠いのです。そしてその輸送が甘いのでしょう。ミルクの鮮度がナザールに比べて低い。これは……商売になりそうだ」
「全く気が付かなかったぞ」
前王が呟く中
「食べ比べねば分からぬことと思います。これでも十分に美味いのですが、もうほんの少しだけ改良すれば更に美味くなる」
牧場でも買い取ってアイリーンの持参金を増やしてやろうと思っていたのだ。
「公爵家に入っても使えるかもしれん。王妃の実家が貧しくては他の貴族に笑われてしまうからなあ」
「そうね、あなた!いっぱい稼ぎましょう!そしてウチの庭にもブランコをつけましょう!」
「お!いいな。そうしよう!」
レイクリフ家へ向かう馬車の中で、二人はこれからの事を前向きに検討していた。娘の幸せ、ついて来た使用人達の幸せ……そして自分達の幸せ。ナザールにいた時より明るい未来が見えている。
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