【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ

文字の大きさ
上 下
33 / 64

33 全て無駄でもなかった

しおりを挟む

 それからというもの、スフィアは毎日のようにイアン様に会いに行くようになった。

 ミラベルさんいわく、自分の仕事や薬師やくしとしての勉強など、やるべきことは全てやっているそうだし、彼女との交流は間違いなくイアン様にいい影響を与えているだろう。

 なので、わたしも何も言わなかった。

 その一方で、わたしたちはイアン様に処方する薬を作るため、その薬材やくざい集めに精を出していた。

 いかんせん必要な種類が多いので、どうしても足りない薬材が出てくる。

 というわけで、今日もわたしは皆に協力してもらいながら、西の森で採取を行っていた。

「エリンさん、オバケソウモドキというのは、これで合っているんですか?」

 ミラベルさんと一緒に茂みから出てきたクロエさんが、手に持っていた植物を見せながら訊いてくる。

「あっ、いえ、それはオバケソウです。よく似ているのですが、今回の薬に使うのとは別の植物になります」

「そうですか……むむ、わかりにくいですねぇ」

「す、すみません。でも、オバケソウも薬材になりますので」

 クロエさんは手元の植物を凝視しながら眉をひそめる。

 細い茎の先に白い綿毛のような花がついたそれは、風が吹くとゆらゆらと大きく揺れる。

 かつて、どこかの誰かがその様子をオバケと見間違えたことが由来となり、オバケソウという名前がついているのだ。

「エリンさーん! オッポ草って、これで合ってる!?」

 その直後、反対側の茂みからマイラさんが勢いよく飛び出してきた。その手には薄緑色をした、毛玉のような花があった。

「あ、合ってます。マイラさん、ありがとうございます」

「へへー、この草は覚えたよ! 変わった見た目だしね!」

「そ、そうなんです。それこそ動物の尾っぽに見えるので、オッポ草という名前がついているんです」

「しかし、これが薬の材料になるとは誰も思わないぞ」

 マイラさんの手にある草に視線を送りながら、ミラベルさんが怪訝そうな顔をする。

「オッポ草は虚弱体質や食欲不振に効果があります。解熱作用もあるので、熱冷ましに入れられることもあり、変わったところでは、おしりの薬にも……」

「わ、わかったわかった。相変わらず薬のことになると饒舌になるな」

「す、すみません」

 つい熱弁を振るいかけたところを、ミラベルさんにたしなめられる。うう、恥ずかしい……。

「これで、残る薬材はいくつだ?」

「えっと、あとはオバケソウモドキだけですね。リクルル豆は街の市場でも買えますので」

 わたしがそう告げると、ミラベルさんは安堵の表情を見せる。

 今回、イアン様に作る薬は別名、薬の王様とも呼ばれるもので、使用する薬材は10種類。さすがに集めるのに時間がかかってしまった。

「なら、あと一息だな。最後は皆で探すとしよう。私たちでは見分けがつかないから、よろしく頼むぞ。エリン先生」

「は、はひ……!」

 軽く背中を叩かれて、わたしは思わず背筋が伸びる。

 生育場所はすでに見当がついているし、そこまで時間はかからないはずだ。


 ……その後、無事にオバケモドキを採取し、わたしたちは街へと戻った。

 西日を受けてオレンジ色に染まりつつある市場を、皆と一緒に歩く。

「せっかくですし、夕飯の買い物をしていきましょうか。体力自慢の荷物持ちもいることですし」

「クロエさーん、荷物持ちって、あたしのことだよね? まだ持たせるつもりなの?」

「夕方になると、市場では在庫を抱えたくないお店の割引合戦が始まるので、買い時なんですよー。せっかくなので、保存が利くものはできるだけ買っておきたいんです」

 すでに薬材が詰まった袋をかつぐマイラさんを横目に、クロエさんはクスクスと笑う。

「さすが商人志望、抜け目がないな……いいだろう。買い物は任せる」

 その様子を見ながら、半ば呆れ顔でミラベルさんが頷く。

 そろそろスフィアも工房に戻っている頃だろうし、今から買い物をして帰れば、ちょうど夕飯時だ。

「あっ、それなら、わたしはリクルル豆を買ってきます」

「え? 一緒に行こうよ」

「い、いえ、すぐに済みますので。買い物、していてください」

 そのまま買い出しの流れになる中、わたしは一人皆の輪から外れる。

 野菜売り場に行けばリクルル豆自体は売っているのだけど、それらは全てサヤから実を取り出して、量り売りされているもの。

 薬材として使うのは実ではなくサヤのほうで、サヤつきのリクルル豆は、市場の端にあるお店にしか売っていないのだ。

「そ、それでは、行ってきます」

 懐にお財布があるのを確認してから、わたしは皆とは反対方向へと歩いていく。

 やがて見えてきたのは、おばあさんが一人で切り盛りする本当に小さなお店だった。

「こ、こんにちは。リクルル豆、ありますか」

「ああ、いらっしゃい。あるにはあるけど、ちょっとねぇ……」

 勇気を振り絞って声をかけると、おばあさんはなんともいえない顔をした。

「え、どうしたんですか」

「一袋でねぇ、250ピールもするんだよ。サヤつきでだよ?」

 するとそんな言葉が返ってきて、わたしは固まってしまう。

 リクルル豆は普段、100ピールほどで買える。それが倍以上になっているなんて、どういうこと?

「あ、あの、なんでこんなに高いんですか? ここのところ、ずっと天気も良かったですよね?」

「商人さんがねぇ。一袋200ピールじゃないと売れないって言うんだよ。値上がりしてるんだってさ」

 おばあさんはため息まじりに言って、「これでも、うちも頑張らせてもらってるんだよ。原価ギリギリさ」と続けた。

「……わ、わかりました。それ、買わせてください」

「おや、いいのかい? もう一度言うけど、サヤつきなんだよ? 食べられる部分は、かなり少ないよ?」

「か、構わないです。むしろ、サヤのほうを使うので」

 そう伝えるも、おばあさんは首を傾げていた。

 説明し始めると長くなると思ったわたしは、すぐさま代金を支払い、お店をあとにする。

「予想外の出費だったけど、薬を作るためだし、仕方ないよね」

 青々としたリクルル豆の入った袋を見つめながら、自分を納得させるように呟く。

 ……それにしても、どうして急にリクルル豆の値段が上がったんだろう。

 この街ではスイートリーフに並んでポピュラーな食材だし、スープにキッシュにと、その用途も多彩だ。下手に価格が高騰すれば、家庭の食卓を直撃しかねない。

「あっ! エリン先生ー!」

 そんなことを考えながら歩いていると、背後からスフィアの声がした。

「あれ、スフィアも市場に用事ですか?」

「違います! 追われているんです! かくまってください!」

 振り返りながら尋ねるも、そんな言葉が返ってきた。

 ……え、なにこの状況。いつか見た光景なんだけど。
しおりを挟む
感想 175

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

私の療養中に、婚約者と幼馴染が駆け落ちしました──。

Nao*
恋愛
素適な婚約者と近く結婚する私を病魔が襲った。 彼の為にも早く元気になろうと療養する私だったが、一通の手紙を残し彼と私の幼馴染が揃って姿を消してしまう。 どうやら私、彼と幼馴染に裏切られて居たようです──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。最終回の一部、改正してあります。)

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね

祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」 婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。 ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。 その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。 「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」  ***** 全18話。 過剰なざまぁはありません。

政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

処理中です...