29 / 64
29 その沈黙が恐ろしい
しおりを挟む
磨き抜かれたグラスに注がれるワインもなく、ナザール国の建国祭は始まった。誰も何も言わない。まるで去年と変わらぬ和やかな空気の流れが、ナザール貴族達を更に震え上がらせた。何故誰も文句や嫌味の一つも言わないのか。その沈黙が何より恐ろしい。
いつもなら暖かい物、冷たい物とバラエティに富んだ料理が次々と運ばれてきて、皆の目を楽しませる。ワインやエールなどはグラスが空になる事などないくらい侍従やメイド達が気を使い声をかけてくる。着飾った騎士達も並び立ち、悪酔いをした者を介抱したり、軽い怪我やめまいなどを起こしたご婦人方を医務室へ運んだりしていた。
それなのに今日は最初に用意されていた冷菓がなくなるとそれ以降、食事の追加はなく、酒類だけでなくジュースや水にも事欠く次第で最初から用意もされていない。並び立つはずの騎士達もおらず数人忙しそうに走り回っているが、誰も式典服も着ていない。
何もかも出来ていない、誰が見ても最低なパーティ会場だった。そして輪をかけて酷いのが国王夫妻なのが笑いすら醸し出していた。
王であるはずのエルファードは笑ってはいるが覇気がない。侍従はそれが空腹から来るものだと知っているが、そんなくだらない理由で落ち窪んだ目をしているとは誰も気づかない。もし、その真実に気づく者がいたら腹を抱えて大笑いしただろう。年に一度の建国祭の来賓の前でしょぼくれた顔を晒すなど。
隣に立っていたのがアイリーンなら、何とか助け舟を出す……いや、客達はエルファードの様子など気にせずアイリーンとの会話に花を咲かせているだろうが、今日は話の分かる賢妃はその嫋やかな姿を見せる事は絶対にない。
代わりにしょぼくれた王の隣に立つのは客達が眉根を顰める元側妃の女性だ。申し訳ないが周りからは可哀想な者を見る目で見られている。顔と髪の毛だけは恐ろしく手の込んだ装飾を施されているのがさらに痛々しい。
元の顔色が分からないほど化粧で塗り込められ、陶磁器人形のような作り物の肌に際立つように目の周りは黒く縁取られている。同性が見ても「やり過ぎ」の上にそんなに濃くしなくても、と扇で視線を遮りたくなる真っ赤な唇。
夜の街角で体を売る娼婦より赤いのでは?と思われる下品さを漂わせている。誰か止めなかったのか、客観的判断をする者はいなかったのかと。
そしてその厚い化粧と盛った巻き髪に似合わない清楚な白いドレス。ドレスもサイズが合っていないことが丸わかりで何とも見苦しい。
「もしかして、あれは」
「ええ、間違いないですわ。きっとアイリーン様がご自分用に用意したドレスを無理矢理着たのですわ」
「ああ、なるほど。だからあんなにコルセットをきつくしなくては入らなかったのね?」
男性には気づかない事でも、同伴でやってきた女性達の目には丸わかりだ。あのドレスはこの女性の為に仕立てられたものではないと。
「お苦しそうですわ。あれでは1時間も立って居られないのでは?」
顔色はよく分からないが笑みが不自然だから無理をしているのが分かってしまう。
「長さも長過ぎで……メイド達が手直ししたのでしょうが……あらあら、裾を踏みそうね。淑女としては失格よね」
「きっと靴も合っていないのでしょうね。無理せず踵の低い物をお召しになれば良いのに」
「ふふ、きっとアイリーン様に全てにおいて負けたくないのでしょう。勝っている所など何一つないのに」
彼女達もアイリーンを好いていた。夫や婚約者は外交に忙しく、彼女達を放って置きがちだ。女性目線でその事に気づいたアイリーンは頃合いを見計らって、女性達を休憩出来る別室を用意していたのだ。
自由に座れ、軽食や華やかなスイーツを用意し、さらに商人を呼び寄せていた。
「今日は高貴な美しい方様に商品をお見せしたくやって参りました」
「あら?これが下町で流行っている物ね?」
「何かお気に入りの品があれば是非お持ち帰り下さいませ!」
「あら、無料で持ち帰っていいのかしら?」
「ええ!皆様に手に取っていただける事こそが喜びです!」
無料と流行に目がないのはどこの国でも同じだったからこの試供品配布はナザール経済に貢献していた。勿論代金はアイリーンが個人資産から払うと言うが、商人には「あの国の王妃も使っている!」と言う実績の方が売上に繋がる。逆にアイリーンに金を払う始末であった。
そんな事をネリーニは知らない。だから準備などしているはずもないし、昨日のうちに沢山の配布品を準備していた商人達には謝罪と通達が回っていた。だから一人として城に来ている者はいない。それより彼らは今必死で情報を集めている。
「アイリーン様がマルグ国に?!うちの支店はあるか?!」
「ないだあ?!今すぐ土地を押さえて店舗を作れ!ナザール本店?ああ、閉店だ!本店はこれからマルグだ!!」
「引越しだー!荷物を纏めろ!」
大きな商会から小さな商会まで、大忙しになっていた。
いつもなら暖かい物、冷たい物とバラエティに富んだ料理が次々と運ばれてきて、皆の目を楽しませる。ワインやエールなどはグラスが空になる事などないくらい侍従やメイド達が気を使い声をかけてくる。着飾った騎士達も並び立ち、悪酔いをした者を介抱したり、軽い怪我やめまいなどを起こしたご婦人方を医務室へ運んだりしていた。
それなのに今日は最初に用意されていた冷菓がなくなるとそれ以降、食事の追加はなく、酒類だけでなくジュースや水にも事欠く次第で最初から用意もされていない。並び立つはずの騎士達もおらず数人忙しそうに走り回っているが、誰も式典服も着ていない。
何もかも出来ていない、誰が見ても最低なパーティ会場だった。そして輪をかけて酷いのが国王夫妻なのが笑いすら醸し出していた。
王であるはずのエルファードは笑ってはいるが覇気がない。侍従はそれが空腹から来るものだと知っているが、そんなくだらない理由で落ち窪んだ目をしているとは誰も気づかない。もし、その真実に気づく者がいたら腹を抱えて大笑いしただろう。年に一度の建国祭の来賓の前でしょぼくれた顔を晒すなど。
隣に立っていたのがアイリーンなら、何とか助け舟を出す……いや、客達はエルファードの様子など気にせずアイリーンとの会話に花を咲かせているだろうが、今日は話の分かる賢妃はその嫋やかな姿を見せる事は絶対にない。
代わりにしょぼくれた王の隣に立つのは客達が眉根を顰める元側妃の女性だ。申し訳ないが周りからは可哀想な者を見る目で見られている。顔と髪の毛だけは恐ろしく手の込んだ装飾を施されているのがさらに痛々しい。
元の顔色が分からないほど化粧で塗り込められ、陶磁器人形のような作り物の肌に際立つように目の周りは黒く縁取られている。同性が見ても「やり過ぎ」の上にそんなに濃くしなくても、と扇で視線を遮りたくなる真っ赤な唇。
夜の街角で体を売る娼婦より赤いのでは?と思われる下品さを漂わせている。誰か止めなかったのか、客観的判断をする者はいなかったのかと。
そしてその厚い化粧と盛った巻き髪に似合わない清楚な白いドレス。ドレスもサイズが合っていないことが丸わかりで何とも見苦しい。
「もしかして、あれは」
「ええ、間違いないですわ。きっとアイリーン様がご自分用に用意したドレスを無理矢理着たのですわ」
「ああ、なるほど。だからあんなにコルセットをきつくしなくては入らなかったのね?」
男性には気づかない事でも、同伴でやってきた女性達の目には丸わかりだ。あのドレスはこの女性の為に仕立てられたものではないと。
「お苦しそうですわ。あれでは1時間も立って居られないのでは?」
顔色はよく分からないが笑みが不自然だから無理をしているのが分かってしまう。
「長さも長過ぎで……メイド達が手直ししたのでしょうが……あらあら、裾を踏みそうね。淑女としては失格よね」
「きっと靴も合っていないのでしょうね。無理せず踵の低い物をお召しになれば良いのに」
「ふふ、きっとアイリーン様に全てにおいて負けたくないのでしょう。勝っている所など何一つないのに」
彼女達もアイリーンを好いていた。夫や婚約者は外交に忙しく、彼女達を放って置きがちだ。女性目線でその事に気づいたアイリーンは頃合いを見計らって、女性達を休憩出来る別室を用意していたのだ。
自由に座れ、軽食や華やかなスイーツを用意し、さらに商人を呼び寄せていた。
「今日は高貴な美しい方様に商品をお見せしたくやって参りました」
「あら?これが下町で流行っている物ね?」
「何かお気に入りの品があれば是非お持ち帰り下さいませ!」
「あら、無料で持ち帰っていいのかしら?」
「ええ!皆様に手に取っていただける事こそが喜びです!」
無料と流行に目がないのはどこの国でも同じだったからこの試供品配布はナザール経済に貢献していた。勿論代金はアイリーンが個人資産から払うと言うが、商人には「あの国の王妃も使っている!」と言う実績の方が売上に繋がる。逆にアイリーンに金を払う始末であった。
そんな事をネリーニは知らない。だから準備などしているはずもないし、昨日のうちに沢山の配布品を準備していた商人達には謝罪と通達が回っていた。だから一人として城に来ている者はいない。それより彼らは今必死で情報を集めている。
「アイリーン様がマルグ国に?!うちの支店はあるか?!」
「ないだあ?!今すぐ土地を押さえて店舗を作れ!ナザール本店?ああ、閉店だ!本店はこれからマルグだ!!」
「引越しだー!荷物を纏めろ!」
大きな商会から小さな商会まで、大忙しになっていた。
239
お気に入りに追加
7,191
あなたにおすすめの小説
【完結保証】領地運営は私抜きでどうぞ~もう勝手におやりください~
ネコ
恋愛
伯爵領を切り盛りするロザリンは、優秀すぎるがゆえに夫から嫉妬され、冷たい仕打ちばかり受けていた。ついに“才能は認めるが愛してはいない”と告げられ離縁を迫られたロザリンは、意外なほどあっさり了承する。すべての管理記録と書類は完璧に自分の下へ置いたまま。この領地を回していたのは誰か、あなたたちが思い知る時が来るでしょう。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。
結婚しましたが、愛されていません
うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。
彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。
為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……
【完結保証】あなた方に尽くす理由はもうないんです
ネコ
恋愛
これまで家族と婚約者に従い、ひたすら尽くしてきた私。だが、どんなに努力しても誰一人として感謝などしない。とうとう決定的な裏切りを知ったとき、私は全てを捨てることにした。貴方たちに返り討ちされるより先に、私が先に見切りをつけましょう――さようなら。
あなたの破滅のはじまり
nanahi
恋愛
家同士の契約で結婚した私。夫は男爵令嬢を愛人にし、私の事は放ったらかし。でも我慢も今日まで。あなたとの婚姻契約は今日で終わるのですから。
え?離縁をやめる?今更何を慌てているのです?契約条件に目を通していなかったんですか?
あなたを待っているのは破滅ですよ。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる