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28 その笑顔の意味を知らない
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「ほう、マルグですか」
「ええ、魔道トンネルを使えばすぐですし。どうです、ご一緒しませんか?」
「どうも魔道トンネルの前にはたくさんのメイドや使用人達が待っていて誰か金持ちが開けてくれるのを待っているとか」
「はは、なるほど。彼らは賢いなあ」
「そんな彼らを連れて行けば恩義に感じてくれるでしょうかねえ」
「それはいくら何でも厚顔では?」
待てども待てどもナザール王が現れないので、建国祭は始まらなかった。しかし会場に集まった要人や各国の賓客は会話を楽しみつつ、外交を積極的にこなしていた。
「うむ。これは美味いな。この盛り付けはソリオ料理長の手によるものだな」
「……この冷菓ならば数日前から作っていた、そういう事か」
「なんでも昨日突然追い出されたそうだからなあ」
納得したり
「ハァ……これからマルグ国との交渉は厄介になりますなあ」
「はは、どうやっても出し抜けなくなりそうですな」
「早めにあちらの国と婚姻関係を結べば……」
「レンブラント殿下もマルグへ行かれたと」
「おお!わが国には5歳の王女様がいらっしゃる、是非に……」
「いやいや!我が国には3歳の……」
「なにおう!わが国には0歳の」
牽制したりと有意義な時間を過ごしていた。
何のためにこの会場に集まったか忘れ去って久しくなってから、やっと声が響いた。
「お集りの皆様、大変長らくお待たせいたしました。ナザール国王エルファード陛下と王妃ネリーニ様のおつきでございます!」
「遅くなって申し訳ない、少し準備に手間を取られてな」
客人達は顔に笑顔の仮面を張り付けた。ナザールの貴族達は冷や汗が止まらない。どこからどう聞いても他国はマルグ国の話で持ち切りでナザールの話をする者は皆無であった。会場に集まった人々はその声に雑談をやめ、場はぴたりと静かになる。
何も分かっていなさそうなナザール王エルファードの後に遅れてついてくる女性を見て、賓客達は全員薄く笑った。その笑みの内容は様々であったが、ナザール貴族はぞっと背筋が寒くなる。どう見ても好意的な笑みではなかったのだ。
汗をかきながら一生懸命合わない靴で不格好にエルファードに追いすがり、息つく暇もないネリーニは抗議の声を上げようとした。せめてエスコートしてくれれば歩きやすいのに、エルファードはネリーニの手を取る事はなかったのだ。今までアイリーンをエスコートしたことがないエルファードは公式の場で王妃をエスコートするという基本的な礼儀作法も忘れているのである。
「へ、陛下……」
小さく声を上げようとするネリーニの言葉はエルファードの宣誓の声にかき消される。
「ではこれから建国祭を始めよう……!ネリーニ、祝いの言葉の紙をくれ」
「はい?」
「早く、紙を」
「え?紙なんてありませんけれど」
「は?毎年宣誓の挨拶はアイリーンが紙に書いて私に寄越しているぞ」
「……初耳ですが」
ネリーニは毎年夕方近くにやってくる。だから開始直後に何が起こっているかなど知りもしないし、アイリーンが何かをしているなんて知りたくもなかった。
「で、では宣誓の挨拶は、ど、どうすれば?」
「し、知りませんわ。毎年陛下が行っておるのでしょう……去年と同じように仰ったら良いのではないですか……?」
「去年はアイリーンが書いた紙を読んだ。何が書いてあったかなど覚えていないぞ……?ア、アイリーンが考えた文章だ。ネリーニなら今この場で即興で考え付くであろう??お前はあの醜女より出来る女なのだから……」
「そ、それは可能ですが……」
壇上で二人が小声で言い争いをしているが、青い顔でハラハラと見守るのはナザールの貴族達。招待された賓客達は冷たい目だ。
その短い沈黙を隣国の王であるイスフェル国王がさっさと破ってしまう。
「はは、挨拶など良いではありませんか、ねえ?皆さん?早く始めましょう」
「そ、それもそうですな!で、では今よりわが国の建国祭を始める事とする!皆様どうぞ本日はごゆるりと楽しんでいかれよ」
エルファードの開始の挨拶に、ほとんどの者がさざ波のように笑った。何故なら誰の手にも乾杯用のグラスすら握られていなかったのだ。まさかたった一人いなくなるだけで祝杯すらできなくなるとは。そう、笑うしかなかったのであった。
「ええ、魔道トンネルを使えばすぐですし。どうです、ご一緒しませんか?」
「どうも魔道トンネルの前にはたくさんのメイドや使用人達が待っていて誰か金持ちが開けてくれるのを待っているとか」
「はは、なるほど。彼らは賢いなあ」
「そんな彼らを連れて行けば恩義に感じてくれるでしょうかねえ」
「それはいくら何でも厚顔では?」
待てども待てどもナザール王が現れないので、建国祭は始まらなかった。しかし会場に集まった要人や各国の賓客は会話を楽しみつつ、外交を積極的にこなしていた。
「うむ。これは美味いな。この盛り付けはソリオ料理長の手によるものだな」
「……この冷菓ならば数日前から作っていた、そういう事か」
「なんでも昨日突然追い出されたそうだからなあ」
納得したり
「ハァ……これからマルグ国との交渉は厄介になりますなあ」
「はは、どうやっても出し抜けなくなりそうですな」
「早めにあちらの国と婚姻関係を結べば……」
「レンブラント殿下もマルグへ行かれたと」
「おお!わが国には5歳の王女様がいらっしゃる、是非に……」
「いやいや!我が国には3歳の……」
「なにおう!わが国には0歳の」
牽制したりと有意義な時間を過ごしていた。
何のためにこの会場に集まったか忘れ去って久しくなってから、やっと声が響いた。
「お集りの皆様、大変長らくお待たせいたしました。ナザール国王エルファード陛下と王妃ネリーニ様のおつきでございます!」
「遅くなって申し訳ない、少し準備に手間を取られてな」
客人達は顔に笑顔の仮面を張り付けた。ナザールの貴族達は冷や汗が止まらない。どこからどう聞いても他国はマルグ国の話で持ち切りでナザールの話をする者は皆無であった。会場に集まった人々はその声に雑談をやめ、場はぴたりと静かになる。
何も分かっていなさそうなナザール王エルファードの後に遅れてついてくる女性を見て、賓客達は全員薄く笑った。その笑みの内容は様々であったが、ナザール貴族はぞっと背筋が寒くなる。どう見ても好意的な笑みではなかったのだ。
汗をかきながら一生懸命合わない靴で不格好にエルファードに追いすがり、息つく暇もないネリーニは抗議の声を上げようとした。せめてエスコートしてくれれば歩きやすいのに、エルファードはネリーニの手を取る事はなかったのだ。今までアイリーンをエスコートしたことがないエルファードは公式の場で王妃をエスコートするという基本的な礼儀作法も忘れているのである。
「へ、陛下……」
小さく声を上げようとするネリーニの言葉はエルファードの宣誓の声にかき消される。
「ではこれから建国祭を始めよう……!ネリーニ、祝いの言葉の紙をくれ」
「はい?」
「早く、紙を」
「え?紙なんてありませんけれど」
「は?毎年宣誓の挨拶はアイリーンが紙に書いて私に寄越しているぞ」
「……初耳ですが」
ネリーニは毎年夕方近くにやってくる。だから開始直後に何が起こっているかなど知りもしないし、アイリーンが何かをしているなんて知りたくもなかった。
「で、では宣誓の挨拶は、ど、どうすれば?」
「し、知りませんわ。毎年陛下が行っておるのでしょう……去年と同じように仰ったら良いのではないですか……?」
「去年はアイリーンが書いた紙を読んだ。何が書いてあったかなど覚えていないぞ……?ア、アイリーンが考えた文章だ。ネリーニなら今この場で即興で考え付くであろう??お前はあの醜女より出来る女なのだから……」
「そ、それは可能ですが……」
壇上で二人が小声で言い争いをしているが、青い顔でハラハラと見守るのはナザールの貴族達。招待された賓客達は冷たい目だ。
その短い沈黙を隣国の王であるイスフェル国王がさっさと破ってしまう。
「はは、挨拶など良いではありませんか、ねえ?皆さん?早く始めましょう」
「そ、それもそうですな!で、では今よりわが国の建国祭を始める事とする!皆様どうぞ本日はごゆるりと楽しんでいかれよ」
エルファードの開始の挨拶に、ほとんどの者がさざ波のように笑った。何故なら誰の手にも乾杯用のグラスすら握られていなかったのだ。まさかたった一人いなくなるだけで祝杯すらできなくなるとは。そう、笑うしかなかったのであった。
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