【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ

文字の大きさ
上 下
16 / 64

16 狸は一匹とは限らない

しおりを挟む
「さて、レイクリフ公爵。貴方の望む物が手に入りましたよ」

「ほっほ、流石我が君。その欲する物の為ならば可愛い息子もダシに使う薄汚さ、この老いぼれ感心しましたぞ」

「はははは、私など公爵の足元にも及びませんよ。私の腹黒さなど、レイクリフ公爵に比べたら卵の殻を付けたひよっこ以下ですからね」

 ハハハハハ、シュマイゼル様と……かなり高齢の、レイクリフ公爵と呼ばれた男性がいつの間にか立っておられました。マルグ国のレイクリフ公爵は4年ほど前に代替わりし、このお方は先代のレイフリフ公爵であったように記憶しておりますが、一体どうしたのでしょうか?

「さて、ご挨拶が遅れて申し訳ありません、アイリーン嬢。私はジン・レイクリフ。現在のレイクリフ公爵家の当主ですがこれからは私の事はお祖父様と呼んでいただきたいですな」

「え?」

 わたくしはレイクリフ公爵の言っている意味が分からず流石に戸惑ってしまいます。そっとシュマイゼル様を見上げれば……目を反らされましたわ……一体?ま、まさか。

「あ、あのもしかしてなのですが、先ほど我が父がサインしたというその書類は……」

「その通り、ワシとそなたの父上の養子縁組書でありますぞ。故にアイリーン嬢はたった今からワシの孫娘となり申した」

「シュ、シュマイゼル様!?父を騙しましたね!?」

「……アイリーン、書類はいくら急いでも隅から隅まで確認してサインすること。これはとても大切な事だと習いましたよね?」

 習いましたが、これは些か卑怯ではありませんか!?

「我が孫アイリーンよ、「騙される方も悪い」のだよ?特に貴族であれば自分が騙される事で一族郎党に影響を及ぼすことくらい百も承知であろう?」

 わたくしも流石に反論は出来ませんでした。そうです、確認をしない父上が一番悪い……のでしょうか……?
 わたくしも油断しておりました。そうでした、この方はエルファード様とは違って立派に国を治め、国民を導いていらっしゃる方。駆け引きも、時にはハッタリも国の為ならばお使いになる方なのでした。

「……孫とは……可愛いものですな、我が君よ。嫁にやるのがもったいないのでやめようかな?」

「レイクリフ殿!!」

 ふ、と皺がたくさん寄った目じりを和ませてレイクリフ公爵が微笑まれます。策略や発言より柔らかい笑顔にわたくしの警戒心が緩んで行くのが分かります……このお方、流石です。

「アイリーン嬢……もうこの書類が効力を持っているので、貴方には我が家の恥じについてお聞かせしなければなりませぬ。全てはワシの至らなさが起こした事件、そうしてハイランド伯爵を欲しがった事について」

 そう前置きをしてからレイクリフ公爵は話を聞かせてくれました。少し長話になるという事で、場所を移し、シュマイゼル様は侍女にお茶を持ってくるように命じられます。
 その心遣いを大変嬉しく感じてしまいます。人を思いやるという言葉はエルファード様には存在しなかった物です。

「我が息子、ヘンリー・レイクリフが4年前に当主を継いだことはアイリーン嬢の耳にも入っている事でしょう」

 私は静かに頷きます。隣国の貴族名鑑を更新したことを覚えております。

「そのヘンリーが……妻と娘がいるにも関わらず、平民の女性に入れあげ更に騙され、多額の借金を背負い家を傾かせたのです。厳しく躾けたつもりだったのに……その節は王にも多大なるご迷惑をおかけしました」

「まあ……」

 平民に騙され、公爵家を傾かせるほどの借金。これほどの醜聞、確かに他国には漏らすわけにはいきませんね。

「ヘンリーは家から追い出し、地方の知己へ預けました。そこで死ぬまで監視させる予定です。そしてワシがもう一度当主としてレイクリフ家を支えねばならぬことになったのですが……ヘンリーの妻のアマンダも……外に男を作っておりまして……」

「まあ……」

「一人娘のキャロラインは……多分ヘンリーの娘なのでしょうが……そんな両親の間で過ごしていたが故に、淑女とは言い難い娘に育っており……恥ずかしすぎて外に出せないのです」

「……なんと、まあ……」

 流石のわたくしもそれしか言葉を紡げませんでした。

「そこに我が君が噂に名高いハイランド伯爵をアイリーン嬢という大きなエサで釣って連れてくると言うではありませんか。かの御仁ならば我が家を立て直しに尽力くださる。ついでにレイクリフの家名も元の栄光を取り戻してくださるに違いない。この養子縁組を成立させてしまえば、レイクリフから次期正妃が出ることが確定しておるのですからね」

 にやり、といたずら気味に笑うレイクリフ公爵。今度は悪戯好きの子供の様な笑顔で、わたくしはおどろいてしまいました。このお方は色々な顔を持っていらっしゃるのですね。

 流石「マルグの古狸」の通り名が我が国まで響いているお方です。

「ついでに言えば、キャロラインも……弟君が貰ってくだされば……」

「……そ、その事ですが、わたくしの弟も……あの、その……」

 弟の方にも問題がありまして……。

「申し訳ないのですが、その辺りは調査させていただきました」

「あ、それならば……それでもよろしいのであれば……」

 わたくしの弟のフレジットも頼りない子ですので……。
しおりを挟む
感想 175

あなたにおすすめの小説

幼馴染を溺愛する旦那様の前から、消えてあげることにします

新野乃花(大舟)
恋愛
「旦那様、幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

【完結保証】領地運営は私抜きでどうぞ~もう勝手におやりください~

ネコ
恋愛
伯爵領を切り盛りするロザリンは、優秀すぎるがゆえに夫から嫉妬され、冷たい仕打ちばかり受けていた。ついに“才能は認めるが愛してはいない”と告げられ離縁を迫られたロザリンは、意外なほどあっさり了承する。すべての管理記録と書類は完璧に自分の下へ置いたまま。この領地を回していたのは誰か、あなたたちが思い知る時が来るでしょう。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

結婚しましたが、愛されていません

うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。 彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。 為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……

あなたの破滅のはじまり

nanahi
恋愛
家同士の契約で結婚した私。夫は男爵令嬢を愛人にし、私の事は放ったらかし。でも我慢も今日まで。あなたとの婚姻契約は今日で終わるのですから。 え?離縁をやめる?今更何を慌てているのです?契約条件に目を通していなかったんですか? あなたを待っているのは破滅ですよ。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

処理中です...