上 下
13 / 64

13 たった一人、国を追い出しただけなのに

しおりを挟む
「この私がこんなに待たされるとは!不快な!」

 国賓として招かれたはずの隣国の代表達ですら馬車で立ち往生している。

「去年まではこのような不手際、アイリーン妃ならばあり得ぬ事なのに!」

「王よ、小耳に挟んだ事なのですが……」

「なにぃ?!アイリーン妃が離婚?!して、彼女は?!急いで足取りを……」

「それがいち早くマルグ国王が」

「なぁにぃ~~!し、しかしシュマイゼル殿は熱心に彼女を口説いておったし……あの頑なさは我らも舌を巻くところであったしな……かの王ならば……致し方ないか」

 北に位置する国の王はハァとため息を付き、情報をもたらした自国の騎士に声をかける。

「御者に行き先が変わったと伝えよ」

「建国祭は宜しいので?」

 一応の確認なのか騎士は聞き返すが隣に座っていた王妃までも

「アイリーン様がおらぬこの国に何の価値が?我らはこのままシュマイゼル様の元へ行き、アイリーン様にご挨拶をしますわ。その方がこの国の建国祭に出席するより何十倍も我が国の為になります」

「妃の言う通りじゃ。魔道トンネルならばすぐであるしの。馬首を巡らせよ、こんな場所はうんざりじゃ。もう二度と来る事もあるまいよ」

「御意にて」

 この馬車が目の前の王城から離れて行くのを皮切りに次々と馬車は走り去ってゆく。

「アイリーン殿がいらっしゃらない?」

「シュマイゼル殿が上手くやりおうた!」

「ここの阿呆よりシュマイゼル殿の方がマシという物だ」

「行き先を変えよ、有頂天のシュマイゼル王を冷やかしに行くとしよう!」

 各国の大きな家紋と旗印が入った馬車達が次々と馬首を廻らせ、走り去るのを止める事は誰も出来なかったし、止める者もいなかった。



「お、王よ!ご指示を、ご指示をお願いします!!」

 侍従が青息吐息でまだ眠っていたエルファードを叩き起こす。

「貴様、無礼だぞ!!」

「きゃっ?!なんなの!貴方!」

 ベッドで二人は仲良く寝ていたが侍従に言わせればとんでもない話だ。昨日からやる事が山積みで一睡もしていないのに、何でこいつらはダラダラと眠りこけているんだ、と怒りが湧き上がる。
 
「何をしておられるのです!城の中も外も大混乱だと言うのに!!建国祭にこんな時間まで眠っている人がいますか!!皆、不眠不休で働いているのに!!」

「何を馬鹿な。毎年何の混乱も起こらぬではないか」

 何を馬鹿な事を言っているんだ?という顔で薄ら笑いを浮かべるエルファードに侍従は我慢の限界を迎えた。
 ツカツカと窓まで寄って行くと、バッとカーテンを開け、窓も開く。

 外からは騒ぎ声がけたたましく聞こえ続ける。むしろこの騒音の中で良くあれだけ眠れるものだ、耳がおかしいのか?と。

「さあ!何とかしてください!」

「は……?何とかとは、何だ?」

「この国の王は貴方です!貴方が何とかせねば誰も何も出来ません!!」

 侍従は当たり前の事を言う。しかしエルファードは意味が分からなかった。

「誰かが何とかすべきだろう?」

「誰か!誰かとは誰ですか!!」

「え……」

 エルファードはその「誰か」を咄嗟に答える。

「アイリーンに任せて……あ……」

 毎年アイリーン妃にやらせていた。そう、エルファードの毎年の仕事はアイリーンに丸投げする事なのだ。それが仕事と言えるのかどうかは置いておいても、エルファードはそれしかしていない。

 その丸投げする相手を今年は昨日切って捨て、隣国王にくれてやってしまったのだ。

「え、えーと。そ、そうだ、ネリーニ。なんとかするんだ今日から君が正妃なのだから君がやるんだ。アイリーン如きが行っていた仕事だ。それくらい簡単で訳ない、といつも言っていたではないか?」

 エルファードは自分の横で呆然とするネリーニをにこやかに見た。そうだ、口癖のようにネリーニは言っている。

「あんな女に出来る事ならば、私ならばもっと上手にこなせますわ!」

 と。エルファードも心からそう思って同意している。とにかくこの難題を投げつける相手を見つけたのだ。

「え?あ、はぁ?突然……何を。え?そ、そうですわね、私ならばあのアイリーンより何事も上手くこなせますわ、当然です。だって私は公爵家の娘ですもの。教育もあの女より高度で洗練された物を受けて……」

「御託は良いからこの混乱を何とかするんだ!」

「はあ、分かりましたわ」

 ネリーニは小さくため息をついて、ベッドの側に置いてあったベルを鳴らす。チリンチリンと涼やかな音が鳴り

「お呼びてございますか、王妃殿下」

 彼女の腰巾着のような侍女やメイド達が頭を下げて部屋に集まる。

「では朝の支度を始めますので、殿方は出て行っていただけますか?」

「は?朝の支度とは?この1分1秒でも忙しい時に……」

 実際彼女達以外の城の使用人は目の下を睡眠不足で変色させながら今も走り回っている。

「女性の支度に時間がかかるのは当然の事。しかも今日の様な晴れ日ならば更にお時間はかかります。さあ、湯浴みの支度を」

「馬鹿な!!」

 さしものエルファードも声を荒げた。

「今すぐこの混乱を鎮めよと言っておるのだ。風呂など入る暇がある訳がない!」

 しかしネリーニ付きの侍女は恭しく頭を下げながら譲りはしなかった。

「しかし我らの姫様に粗末な格好をさせる訳には参りません。ネリーニ様は公爵家の娘。バタバタと朝から地味なドレスで走り回る醜い女とは訳が違う高貴な女性なのですから」

「う、うむ……そうか?」

 侍女は自信満々に言うし、ネリーニも「当然です」と言った顔なので、エルファードは頷く。

「馬鹿じゃないですか?!どうするんですか!もうかなりの各国代表がお帰りになっていますよ!建国祭所の話ではありません、我が国の危機なんです!」

「は?お、お前!何とかしろ!」

「私ごときではなんとも出来る訳がございません!!」

「はあ、お風呂はまだかしら?」

 たった一人、国を去らせたはずだったのに愚か者達はまだ事の重大さに気がついてはいなかった。
しおりを挟む
感想 175

あなたにおすすめの小説

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

どうぞ、(誰にも真似できない)その愛を貫いてくださいませ(笑)

mios
恋愛
公爵令嬢の婚約者を捨て、男爵令嬢と大恋愛の末に結婚した第一王子。公爵家の後ろ盾がなくなって、王太子の地位を降ろされた第一王子。 念願の子に恵まれて、産まれた直後に齎された幼い王子様の訃報。 国中が悲しみに包まれた時、侯爵家に一報が。

処理中です...