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1 一つ小さな恋があった

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 一つ小さな恋があった。それはしがない男が侯爵家のお姫様に恋をした。

「この子可愛いなぁ」

「でしょう?でも、アージェちゃんは王太子の婚約者なんだけど、無実の罪で断罪されて地方の弱小貴族の次男に嫁がされて二度と王都に戻ってこれないのよ」

「可哀想だなぁ」

「うん、彼女のお姉さんが活躍してエセ聖女をざまぁする話なんだ。まあ当て馬じゃないけれど、そんな役どころ」

 俺の妹はソファにごろりと転がりながら、分厚い小説を読んでいた。俺は表紙の隅っこで涙を流す紫の髪の女の子にちょっとだけ恋をした。そんな話だった。



 そんな、話があったのだ。小説のタイトルは忘れた。なんかやたらキラキラした文字で婚約破棄だとか色々書かれていた気がしたが……なにせそれは前世の記憶だからゆらゆらと揺らぐ。そしてとてもつらい記憶……。

「アージェ……うう……」

 もう10年も過ぎるのに私の心の中はアージェでいっぱいだ。初めて見たのは6歳くらいだったか。にこにこと笑って人の良さそうな侯爵家のお姫様。ああ、この子が王太子の婚約者になって……泣かされてしまうんだ、すぐにわかってしまった。
 大小貴族を集めての子供達のお茶会で見つけたアージェスタ・ヴィオル侯爵令嬢はやっぱり王太子の婚約者となった。そして……あの小説の内容通り、突然降ってわいたようなエセ聖女に断罪され、婚約者の座を追われ、地方の弱小貴族……私のお嫁さんになった。

「フレデリック、お前アージェスタ嬢の事好きだったでしょう?事後承諾で申し訳ないがあの場で手を上げちゃったよ!」

「ああああああああ兄上えええええええ!一生お仕えしますううううう!」

 たまたまその場に居合わせた兄上のハルトスが国外追放を言い渡されたアージェスタ嬢の前に進みでたようだ。

「国外追放とはあまりに不憫でございます。どうでしょう?我が家の弟に彼女をいただけませんか?我が家はほぼこの国のはずれに領地があります。そこでひっそりと暮らしてゆくならば皆様にご迷惑をおかけすることは絶対にありません」

 我がジェス子爵家は貧乏で更にハズレで荒れ地で……弱小要素しかないのが良かったらしい。

「確かに」

 そんなこんなでアージェスタ嬢は失意のままこの小っちゃくて荒れ果てたジェス領に来てくれた。

「お初にお目にかかります、アージェスタ……でございます」

「はわわ……可愛い」

 形ばかりだが家も追われ、家名も名乗ることなく、馬車の長旅で疲れ切っていたのに優雅にお辞儀をするほぼ初対面のアージェスタにきちんとした挨拶をすることもできなかった私はまあポンコツの類だったわけだ。

「ふふ、ありがとうございます、フレデリック様」

「あわわわ……笑ったぁ……可愛い~」

「い、嫌だわ、フレデリック様ったら……うふふ……ふふ……う……ううっ……」

 その場で笑いながら泣き出してしまった彼女をどうしたらいいかもわからずオロオロするしかないハイパーポンコツだったけれど、後日

「すみません……安心して涙が……」

 と、言って貰えたのでショック死しなくて良かったと思う。こうして私は21歳の頃18歳だったアージェと婚約、即結婚して幸せの絶頂に上り詰めた。



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