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第2章 王太子の楽しみ

6.王太子の不器用な見守り

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 あんな物騒な場所に……だと……? 

 メリッサ嬢が慣れた様子で入っていったのは、歓楽街の一角にある
バーだった。
 戸を潜る際に気づかれそうになったので、軽やかにサッと道具屋の
陰に身を隠す。

 ふう。
 何をしてもそれなりに出来てしまう俺だから、難なく彼女の眼を
逃れることが出来たものの、凡人なら一発でバレていただろう。 

「殿下、何をしておられるのですか?」

 俺が華麗に婚約者の動向を見守っていると、遠方から俺を警護している
はずの近衛騎士団の団長に突然話しかけられて、思わず声が出そうになる
ほど 吃驚びっくりした。

「これは……警護だ。婚約者を見守っている」

「警護なら我々がしております。安心してご同行ください」

 気が利かぬ奴だ。
 ご同行できぬ事情が出来たから、こうして身を潜めているというのに。

「訳あって別行動中なのだ」

「喧嘩でもなされたのですか?」

「違う。別行動なだけだ」

「……万一に備えて、周辺の警備を強化いたします」

 勝手に何かを察した近衛騎士団長が、周囲にドンドン警備を固めていく。

 悪目立ちしてしまうが、彼女の周囲を警護することにもなるので、
それは素直にありがたい。だから放っておくことにした。


 そうこうするうちにメリッサ嬢がバーから出てきた。

 ――まずい。こんなゴツい近衛騎士団員たちに囲まれていたら、
バレてしまう!

 一瞬緊張が身体中に走る。
 だが俺の擬態が完璧だったせいか、彼女は何も気づくことなく、次の
目的地へと歩き出した。

 仕方なく、当然俺も尾行……ではなく、見守ることにする。
 
 それにしても、もう暗くなってきているというのに、辺りは段々と
寂しげな場所になっていくというのはどういうわけだ。
 彼女は一体どこへ向かっているのだろうか。

 心配のあまり、とうとう俺は話しかけてしまった。 

「まだ寄る場所があるのか?」

 突然俺に話しかけられたというのに、メリッサ嬢はさして驚きもせず
応対する。
 この落ち着きぶり。やはり傑物だ。

「はい。今度は花……私、興味があるものが多すぎて、行きたい場所が
たくさんあるのです」

 つまらない俺との茶会よりも楽しいと思える場所が、そんなにたくさん
あるのか……。
 内心めちゃくちゃ落胆する。

 悔しいがイレーヌの言っていた通り、ここは素直に気持ちを言うべき
だろう。

「――俺も行く」

 しかし王太子たる俺が本心を打ち明けたというのに、予想に反して、
メリッサ嬢の反応はつれないものだった。

「無理しなくても宜しいのですよ。私が好きで行くだけの場所なのです
から」

「いいから連れていけ」

 必死すぎて、思わずメリッサ嬢の肩を つかんでしまった。

 驚いた彼女が小さな悲鳴を上げる。

 しまった。ますます怖がらせてしまった。
 もう俺への好感度はマイナスになっているのではないか。

 婚約破棄の文字が頭に浮かぶ。

「……つまらないお茶会はもう終わったのではないのですか?」

「勝手に終わるな! ……俺はまだ続いているつもりだ」

 しかし諦めの悪い俺は、食い下がる。
 だがこれは悪手だったようだ。

 彼女は肩に置かれた俺の手を振り払うと、 毅然きぜんとした表情で
言い返した。

「ダメです。私はひとりで行きたいのです」
 
 そのまま彼女は、俺を 一顧いっこだにせず一軒のやたらファンシーな
店へと向かった。
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