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第2章 王太子の楽しみ
4.自己嫌悪
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「正直に話がしたいと言えばいいだけじゃない。婚約者はあなたの
ご機嫌取りじゃないのよ」
久しぶりに 晩餐会で同席した従妹は、相変わらず 辛辣だった。
彼女は父の弟の娘―― 従妹に当たる。
学園も同じなのだが、本人が窮屈なのを嫌がる性分なのと、将来
重職に就く可能性の高い学生たちの本性を知りたいという本人たって
の希望で、一部の者以外には身分を隠している。
「俺の方から、本が読みたいと言ってしまったからな。王太子たるもの、
簡単に前言を 翻す訳には……」
「そんなに王族の自覚があるのなら、まずはその俺っていう一人称
から直すことね」
「これくらいは良いだろう! 余とか、私……とは、なんだか背中が
ムズムズするのだ」
「はあっ。本当に俺様系男子は 我儘ね。メリッサさんも考え直したほうが
いいのではないかしら?」
学園では、身分を知らない者たちから裏で「残念系美女」と呼ばれ
ている分際で、実に偉そうな態度だ。
しかも言葉がいちいち正論だからこそ、心に突き刺さる。
「いいからどうしたら良いのか、教えろ。イレーヌ、お前はこういう
相談が得意なのだろう?」
従妹殿は辺境伯の娘という仮の姿よりも、恋愛マスターと自称している
姿を本人的には気に入っているようなのだ。
その根拠は不明だが、自称するくらいなのだから相応の自信があるの
だろう。
「そうね……。素直に自分の気持ちも言えない俺様系男子とは、一緒に
居てもつまらないから、婚約を破談にしてメリッサさんを解放して
あげたら?」
それだけ告げると、イレーヌは 贔屓にしている作家の新刊が届けられる
頃だと言って帰ってしまった。
『一緒にいてもつまらない』……か。
確かに俺が毎月の楽しみにしているお茶会だって、メリッサ嬢も同じ
気持ちなのかは分からない。
メリッサ嬢の母上の要望で実現した婚約のようなもの。
あのやり手の母上には、娘である彼女もあまり逆らえないのではないか。
だとしたら、この婚約も意に添わぬものかもしれない――そんな不安を
持ちながらも俺はあえて本人に確かめるような核心的なことは避けてきた。
素直な彼女のこと。
尋ねてみれば、本当の気持ちを率直に教えてくれるだろうと分かっている
のに。
そんなことをつらつら考えているうちに、またもや茶会の日を迎えて
しまった。
今日もメリッサ嬢と向かい合って座ると、持参してきた本を取り出し
ページを 捲る。
違う。
最近はこの時間も、普段は目を通す時間のない本を静かに読みふける
時間として重宝してきたのも事実だし、何もいわずそれに付き合って
くれるメリッサ嬢の評価が爆上がりしていたのも事実だが、本来は
こんなことがしたかった訳ではない。
こんなお茶会の過ごし方では、彼女の人生の大切な時間を無駄に浪費
させてしまっているのではないだろうか。
今日こそ、本音の言うのだ。
彼女だって言いたいことを飲み込んで、こうやって付き合ってくれて
いるのだから。
「……」
だが言おうとすると、のどが詰まったような引き連れたような心持ち
がして、どうしてもその先が出てこない。
「はあっ」
自己嫌悪で思わず 溜息が出る。
イレーヌの指摘したとおりだ。
こんな婚約者では、たとえ俺ほどの高スペックであろうとウンザリする
だろう。
すると驚いたようにメリッサ嬢が本から顔を上げて、こちらの様子を
探っている。
まずい。
更に不快な思いを与えてしまった。
我ながらどうしてこんなに空回りしているのだろうか。
イレーヌの言葉が脳裏に浮かぶ。
「……一緒に居てもつまらない、か」
その通りだ。
実にふがいない。
どうしたものか――と頭を抱えていると、メリッサ嬢が驚くべき言葉を
口にした。
「私、おもしれー女になります!」
「……え?」
「ですからもう少しだけ時間をください……!」
それだけ言い残すと、彼女は足早にガゼボから去っていく。
俺には何がなんだか分からなかったが、自分が決定的な何かを
やらかしてしまったことだけは分かった。
ご機嫌取りじゃないのよ」
久しぶりに 晩餐会で同席した従妹は、相変わらず 辛辣だった。
彼女は父の弟の娘―― 従妹に当たる。
学園も同じなのだが、本人が窮屈なのを嫌がる性分なのと、将来
重職に就く可能性の高い学生たちの本性を知りたいという本人たって
の希望で、一部の者以外には身分を隠している。
「俺の方から、本が読みたいと言ってしまったからな。王太子たるもの、
簡単に前言を 翻す訳には……」
「そんなに王族の自覚があるのなら、まずはその俺っていう一人称
から直すことね」
「これくらいは良いだろう! 余とか、私……とは、なんだか背中が
ムズムズするのだ」
「はあっ。本当に俺様系男子は 我儘ね。メリッサさんも考え直したほうが
いいのではないかしら?」
学園では、身分を知らない者たちから裏で「残念系美女」と呼ばれ
ている分際で、実に偉そうな態度だ。
しかも言葉がいちいち正論だからこそ、心に突き刺さる。
「いいからどうしたら良いのか、教えろ。イレーヌ、お前はこういう
相談が得意なのだろう?」
従妹殿は辺境伯の娘という仮の姿よりも、恋愛マスターと自称している
姿を本人的には気に入っているようなのだ。
その根拠は不明だが、自称するくらいなのだから相応の自信があるの
だろう。
「そうね……。素直に自分の気持ちも言えない俺様系男子とは、一緒に
居てもつまらないから、婚約を破談にしてメリッサさんを解放して
あげたら?」
それだけ告げると、イレーヌは 贔屓にしている作家の新刊が届けられる
頃だと言って帰ってしまった。
『一緒にいてもつまらない』……か。
確かに俺が毎月の楽しみにしているお茶会だって、メリッサ嬢も同じ
気持ちなのかは分からない。
メリッサ嬢の母上の要望で実現した婚約のようなもの。
あのやり手の母上には、娘である彼女もあまり逆らえないのではないか。
だとしたら、この婚約も意に添わぬものかもしれない――そんな不安を
持ちながらも俺はあえて本人に確かめるような核心的なことは避けてきた。
素直な彼女のこと。
尋ねてみれば、本当の気持ちを率直に教えてくれるだろうと分かっている
のに。
そんなことをつらつら考えているうちに、またもや茶会の日を迎えて
しまった。
今日もメリッサ嬢と向かい合って座ると、持参してきた本を取り出し
ページを 捲る。
違う。
最近はこの時間も、普段は目を通す時間のない本を静かに読みふける
時間として重宝してきたのも事実だし、何もいわずそれに付き合って
くれるメリッサ嬢の評価が爆上がりしていたのも事実だが、本来は
こんなことがしたかった訳ではない。
こんなお茶会の過ごし方では、彼女の人生の大切な時間を無駄に浪費
させてしまっているのではないだろうか。
今日こそ、本音の言うのだ。
彼女だって言いたいことを飲み込んで、こうやって付き合ってくれて
いるのだから。
「……」
だが言おうとすると、のどが詰まったような引き連れたような心持ち
がして、どうしてもその先が出てこない。
「はあっ」
自己嫌悪で思わず 溜息が出る。
イレーヌの指摘したとおりだ。
こんな婚約者では、たとえ俺ほどの高スペックであろうとウンザリする
だろう。
すると驚いたようにメリッサ嬢が本から顔を上げて、こちらの様子を
探っている。
まずい。
更に不快な思いを与えてしまった。
我ながらどうしてこんなに空回りしているのだろうか。
イレーヌの言葉が脳裏に浮かぶ。
「……一緒に居てもつまらない、か」
その通りだ。
実にふがいない。
どうしたものか――と頭を抱えていると、メリッサ嬢が驚くべき言葉を
口にした。
「私、おもしれー女になります!」
「……え?」
「ですからもう少しだけ時間をください……!」
それだけ言い残すと、彼女は足早にガゼボから去っていく。
俺には何がなんだか分からなかったが、自分が決定的な何かを
やらかしてしまったことだけは分かった。
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