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第2章 王太子の楽しみ

2.婚約までの道のり

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『……そなたに悪いところがあるわけではないが、俺はまだ結婚をする
つもりはない。王太子妃というのは一見華やかだが、なかなか気苦労の
多い仕事なのだ。見ればそなたはまだ若い。急ぎ苦難の道に進む必要は
ないだろう』

 傷つけてしまったか――箱入りの令嬢が面と向かって、こんなことを
言われるというのは相当ショックなのではないだろうか。

 罪悪感もあり、俺はそのとき相手の顔をまともに見られなかった。
 
 だが――。

『……クラリオン様はお優しいのですね。正直に打ち明けてくださって
嬉しいです』

 意外な彼女の言葉は落ち着いた温かみのあるもので、嘘偽りの感情は
見受けられなかった。

 思い切って表情を確認しても、微笑みを浮かべた優しい表情は造った
ものには見えない。

 言ってみれば、超優良物件を目の前にして諦めろと言われているのに、
この落ち着きぶり。

 存外器の大きな女性なのかもしれない――俺は素直にそう思った。


『この後は堅苦しいのは抜きにして、お話しでもして時間を潰して、時間が
来たら解散することにいたしましょう!』

 彼女の母上の策略で、このサロンへの迎えは1時間経過しないと来ない
ことになっている。
 だからどのみち俺たちは、このサロンで1時間を過ごさなければならない。

 まさか見合い相手と強制的に会わされるとは思っていなかったので、俺は
いつもなら隙間時間に読む本も持ってこなかった。

 それに顔を合わせておきながら、互いにサロンの別々のことをして過ごす
というのも失礼だし、相手に恥をかかせてしまうことになる。
 これは俺もそうだが、彼女も同じだ。

 メリッサ嬢の提案が最適解だろう。
 俺たちはサロンの奥の席に向かい合って座った。


 そこで彼女と話すことになったのだが――メリッサ嬢は流行りの本から
街のニュースまで、とにかく話題が豊富だった。

『まずは自己紹介として、今気になっている心霊スポットについて
教えてください!』

『!?』

 ちょっと待て。
 それは自己紹介になるのか?

『ちなみに私はですね……!』

 答えていないのに、話を進めるな。

 こんな感じで、なかでも怖い話などオカルトの類が好きなようで、
話題の導入部分には必ず含まれていた。

 確かに堅苦しくない話題をしようとは言っていたが――王族に率先して
オカルト話を持ち掛けてくるとは予想外だった。

 こういう時は、当たり障りのない趣味の話とかをするものではないのか。
 

 だが戸惑う一方で、俺は次第に彼女の話に魅了されていった。

 普段実用書しか読まない俺にとっては、そのどれもが初めて聞くものばかり。
 しかも語り口が軽妙なので引き込まれる。

 俺はほとんど聞いているだけの受け身だったが、心から楽しめる時間だった。
 誰かと何かをすることを楽しいと思ったのは、いつ以来だろうか。

 1時間はあっという間に過ぎていった。 


『あっ、そろそろ時間ですわね。クラリオン様、今日は楽しかったです。
いつかまたお会い出来るのを楽しみにしております』

 楽しい時間を噛みしめている俺とは対照的に、時間が来ると彼女はサッサと
帰ってしまった。
 
 しかも最後の言葉には、もう当分俺とは会うこともないだろう――と
言外の意味が明らかに込められている。

 俺が結婚は考えていないと明言したのだから当然なのだが。
 当然なのだが――。

 いや、これは初めて会うタイプの女性に会って動揺しているだけだ。
 面白いオカルト話が聞きたいのなら、宮廷の道化師にでもさせればよい。
 一時の感情で彼女の人生を縛ってはいけない。

 ……。
 …………。
 ………………。

 俺は優れた頭脳を休まず回転させ、じっくり考えた末にとうとう結論を
導き出した。

『メリッサ嬢との婚約を進めたい。だが、婚約がメリッサ嬢が本意でない
のであれば、この話は無かったものとする』
  
 あくまでメリッサ嬢の意思を尊重し、無理強いはしたくなかった。
 そうすることは簡単だが、それは彼女の良さを消してしまうことに
なるだろう。

 結婚も急がない。

 彼女の母上が乗り気なのだから、断られる可能性は少ないはず。
 分かっていても、返事が来るまでは落ち着かなかった。
 
 
 結果、俺とメリッサ嬢との婚約が決まった。 
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