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第1章 メリッサの決意
2.恋愛マスター
しおりを挟む王宮の庭を後にした私は、まっすぐに私とクラリオン様が通っている
王立学院の寄宿舎に向かいました。
王族や貴族の子弟が通う王立学院の校舎は王宮のすぐ傍に位置し、
寄宿舎はその隣に併設されているので幸いそれほど時間はかかりません。
十分も歩くと、すぐにレンガ造りの美しく歴史の重みを感じる寄宿舎が
見えてきました。
いつ見ても趣のある建物に入って階段を駆け上ると、私は目的の部屋に
向かい、勢いに任せてドアを思い切り開きます。
「イレーヌさんっ! 私、おもしれー女になりますわ!」
あらっ、いけない。
私ったら、興奮のあまりノックもしないでドアを開けてしまったわ。
それでもイレーヌさんは少しも動揺することなく、ゆっくりと座っていた
椅子をこちらに向けると、「あら、いらっしゃい、メリッサさん。まずは
ご要件を聞かせていただけるかしら?」と言って 長い銀髪をかき上げながら、
妖艶に微笑みます。
メリハリのあるプロポーションに彫りの深い 容貌――私と同じ学年とは
思えないほどの色香です。
「そうですわね。実は……!」
イレーヌさんに促され、私は出来るだけ詳細に経緯をご説明しました。
「なるほどね……。俺様系男とおもしれー女は密接不可分。これはもはや
宇宙の真理と言ってもいいわ。メリッサさん、あなたなかなか良い感を
しているじゃないの!」
「ええ。クラリオン様との婚約が成立したときのイレーヌさんが皆さんに
言ってくださった言葉……。それを思い出しました!」
***
そう。あれは二年前のこと。
王太子クラリオン様と、学園でも目立つことのない私の婚約が発表されると、
学園中がそれはもう 蜂の巣を突いたように大騒ぎになりました。
特に今までクラリオン様に憧れてアプローチを続けていらっしゃった女性たち
からは、親の 仇のように敵意をむき出しにされて、当時の私は 戸惑うばかり。
そんな時にイレーヌさんが、一喝してくださったのです。
「あなたたちは、結局クラリオン様にとって『おもしれー女』には、なり得な
かったってこと! 大人しく負けを認めるのね!」
***
その日から潮を引くように私に対する攻撃は無くなっていきました。
懐かしい想いとともに、当時のイレーヌさんの雄姿を思い出します。
後からこっそりイレーヌさんに「おもしれー女って何ですか?」とお尋ねすると、
「そうね。一言でいうと『その男性の周囲には今まで存在しなかったタイプの
目新しくて、気になってしまう女性』のことよ」と答えてくれました。
確かに普段クラリオン様は豪華なドレスに身を包んだ美しい方や、賢くて才能に
溢れた方ばかりに囲まれていらっしゃるので、私のような地味な女性が逆に新鮮
だったのだなと納得したものです。
そうやって納得した私は、当時のありのままの私でいいのだと、王宮から課せら
れているお妃教育以外の努力はしてきませんでした。
――それが慢心だったのね。婚約して2年。クラリオン様がガッカリなさる
のも納得だわ。
反省した私は、経緯に加えて自分の想いもイレーヌさんにお話ししました。
「なるほど。あなたの決意は伝わったわ、メリッサさん。それではおもしれー女
の神髄を教授しましょう」
「はい、先生!」
「相手に対して素っ気なくしなさい」
「冷たくするってことですの?」
「そうよ。でも理不尽な意地悪はダメ。相手からのアプロ―チに 靡くことなく、
ことごとく突き放すってことね」
「しかし先生、そんなことをしたら、嫌われてしまうのでは……?」
「いいえ。クラリオン様のような俺様系モテ男は、自分に靡かないだけで気になって
仕方がなくなるの。今まではチヤホヤされるのがデフォルトだった訳ですからね。
だからこそ、そうではない相手には興味が湧くし、新鮮で面白く感じるってわけ。
メリッサさん、お茶会でのあなたはいつもクラリオン様に合わせすぎていたのでは
なくて?」
「……確かに!」
「そうでしょう。突き放すことで、見えてくるものがあるはずよ」
数々の文献を元にしたイレーヌさんの分析は、さすがです。
恋愛マスターと自称されているだけのことはあります。
忘れないよう、私はしっかりメモを取りました。
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