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47.メディアンヌの過去
しおりを挟むエミーリアによると、始まりは今から15年以上前のこと。
元義母さま――メディアンヌは歳の離れたグレーデン男爵と結婚し、
一男一女をもうけて、それなりに幸せに暮らしていた。
歳こそ離れてはいるものの、グレーデン男爵は優しい性格で、妻子をとても
大切にしていたのだ。
ただグレーデン男爵は重い持病があり、仕事をしている時以外はベッドで
臥せっていることが多かった。
だから当時まだ若かったメディアンヌは、病身の夫と子ども二人の面倒を
みるだけの毎日に飽き飽きしてしまうことがあった。
メディアンヌ自身、 贅沢な悩みだと自覚していた。
同じロクティア国内でも、魔族の侵入に悩まされている街もあるのだ。
だが故郷から遠く離れた王都郊外の田舎町は、驚くほど刺激がなかった。
時折このまま自分は年齢を重ね、死んでいくのか――そう思うと
メディアンヌはたまらない気持ちになってしまうことがあったという。
そんなある日、一人の白魔術師が家にやってきた。
宿が一杯で困り果てていた彼を散歩中のグレーデン夫妻が見かねて
屋敷に泊まらせてやることにしたのだ。
それは本当に偶然の――そしてメディアンヌにとっては幸運な出来事
だった。
メディアンヌは 見目麗しい客人に、忘れかけていた心が躍る
感覚を思い出した。
彼は白魔術で夫の病を 癒し、子供たちともよく遊んだ。
おかげでメディアンヌの介護や育児の負担は格段に減り、その美しい
容貌と気さくな性格はメディアンヌをすっかり 虜にしてしまう。
美しき白魔術師の数日間の滞在は、彼女の退屈な毎日を、それこそ
魔法のように一気に華やかなものへと変えた。
だが客人である以上、ここを去る時がやってくる。
明日いよいよ彼が屋敷を去るという日の晩、ささやかな 晩餐会が開かれ、
グレーデン家の家族全員が彼が出ていくことを惜しみつつも祝福した。
その日の深夜。
晩餐会では飲み物をほとんど口にしなかったメディアンヌは、地下室にいた。
客人の部屋にそっと置いた手紙に気づいてくれれば、彼は来るはず。
メディアンヌはお気に入りのガウンをネグリジェの上に 羽織って、極上の
ワインを用意して待っていた。
夫と子どももいる屋敷で、何を期待していたのか――その時のメディアンヌ
自身でも定かではなかった。
ただこのままでは終わりたくなかった。
――そして迎えたその時間。
ついに彼はやって来た。
メディアンヌが飛び上がらんばかりに喜んだのは言うまでもない。
そしてやって来た彼は、意味ありげにメディアンヌに「目を閉じて」と 囁いた。
ドキドキしながら目を閉じたメディアンヌに待っていたのは、金目のモノを全て
奪われてもぬけの殻となった屋敷とそこに魔力で封じられた己が身の上だけだった。
「その頃、お勤めを始めたばかりの私は、今でもその日のことを覚えております。
使用人たちも皆、これでグレーデン家は終わりだと 嘆いておりました」
しかし悲劇はこれだけではなかった。
「メディアンヌ様の長女、レイア様の姿も、その日を境に消えてしまったのです」
これら一連の出来事にショックを受けたこともあって、数か月もしないうちに
グレーデン男爵が亡くなってしまい、グレーデン家の本格的な没落が始まった。
「現当主のアリウス様が一人立ちするまで、本当に大変でした。メディアンヌ様
ご自身は魔術で屋敷から出ることも出来ないのですから。なんとかメディアンヌ様
のご実家からの援助と、使用人の数を極限まで減らすことが 凌いで
いらっしゃいましたが……」
「そして、このグレーデン家を没落させた憎き白魔術師が、自らをファストラル家
に連なる者であると自称した――そうであったな?」
張りのある声でお兄様が、エミーリアに確認する。
「はい。サミュエル・ファストラル――そう名乗っておりました」
――異様なまでのファストラル家への敵意は、これが原因だったのね。
これまで 詰られてきた言葉の数々が、一気に結ばれた瞬間だった。
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