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32. 出陣の式典
しおりを挟むついに魔族との戦いが始まる。
そこで戦いに先立って戦意高揚のため盛大な出陣の式典が行われる
ことになった。
今日はその式典の日。
昔、勇者が魔族の首領を打ち滅ぼしてから魔族と人間は、その生活
領域を完全に分断することで平和を保ってきた。
だが近年、魔族の領域に金鉱が幾つもあることや、魔族が人間を襲う
ようになったことから、とうとう決着を付けることにしたのだ。
こういった経緯があるので、沿道には大勢の人が騎士団員を激励する
ために集まっている。
国を挙げての一大イベントだ。
主役の騎士団――なかでもそのトップのアリウスは、騎士団長として
2頭の馬が引く黄金のチャリオット(戦車)に乗って派手に登場すると、
人々からわあっと歓声が上がる。
そして式典用の軍服に身を包んだアリウスの隣には、騎士団参謀の地位
に就いたパメラが座り、沿道に居並ぶ皆の声援に応えて手を振っていた。
そんな離婚したばかりの元夫と、その原因かつ私を殺すかもしれない女性
の晴れ舞台を私は複雑な心境で見送っている。
国を挙げての行事なので、余程重要な用事でもない限り、皆が参加する
ため渋々私も参加せざるを得なかったのだ。
本当なら離婚したばかりの元夫と、彼と親密な女性が主役の式なんて出席
したくないにも程があるのだが、王宮の重臣の一人であるお兄様も参列する
のに欠席するとなれば、あらぬ噂を立てられかねない。
「あれが騎士団長のアリウス・グレーデン様よ! 凛々しくて素敵ねえ!」
「お隣は、参謀のパメラ様よ! あの美貌で、ペレウの魔女と 謳われるほど
の知略の持ち主なんですって!」
こうして沿道に設けられた特別席に座っていても、沿道からは二人を称える
声援が絶えず、モヤモヤとした気持ちになってしまう。
「でもアリウス様って、確かファストラル家のタリア様と……」
「しっ! タリア様とアリウス様はつい先日……」
――出席しても、結局こうなるのね。
離婚は本当のことだから、仕方がないけれど。
ただ――通常こういった式典では、騎士団長は一人でチャリオットに乗る。
だから今日のように騎士団長の隣にパメラが座ることは異例のことであり、
特別な意味を感じざるを得ない。彼女たちが 騒めくのも当然だ。
――まさか私に恥をかかせるため?
さすがにこんな大舞台でそんな嫌がらせをするとは思いたくないけれど……。
そんな内心モヤモヤしていた私に目ざとく気づいたパメラが、意味ありげに
ニヤリと笑う。
――どういうつもり?
イライラが最高潮に達した私は、周囲に感情を悟られないようにするのに
精一杯だ。
「タリア様、お辛いでしょうが、ここはご辛抱ください」
心の 裡が表情に出てたのか、後ろに控えていたレミーが 囁く。
「挑発に乗ってしまえば、下種女の思惑通りになってしまいます」
相変わらず辛口だが、あえて否定はしない。
「分かっているわ」
そう。分かっている。
今この瞬間も、薄々事情を知っている周囲は私の反応を 窺っている。
ファストラル家の人間として恥ずかしくない態度で、挑発に乗っては
いけない。
向かいの 貴賓席に座っているオルトお兄様だって、感情を呑み込んで
笑顔で拍手をしているのだから。
私の視線に気づいたドルクも、背後から小声で囁く。
「さすがは『黄金の君』。公私の区別は、しっかり付けていらっしゃる!
前日までとは別人のようでございますな!」
ドルクが言うように、オルトお兄様は前日までとは様子がまるで違う。
ルキウスからアリウスが突然私の元に訪れた日のことを聞いて 激昂して
いたお兄様は、「暗殺」だの「呪う」だの物騒な言葉を吐いては、
実行に移そうとしてドルクたち護衛騎士に止められていたのだ。
その時、冷静な顔をして内心怒りが渦巻いていたルキウスもお兄様を
止めるどころか、同調していた。
そのため今日もルキウスは、自分を抑えられない可能性があるといって
式典を欠席している。
「手を下すにしても、魔族との戦いが終わって用済みになってからの方が、
王国にとっても利益になりますしね」
レミーは昨日も同じ言葉を口にして、オルトお兄様の説得に成功していた。
レミー本人からすれば単に感想を言っただけで、説得する意図はなかった
のかもしれないが。
そう今は出陣の式典。
私は目の前の式典に集中する。
騎士団の一行は、このまま広場で待つ国王陛下の元へと向かい、勝利を誓う
――という段取りになっており、アリウスの後ろには、同じく華やかな礼服を
着た騎士団員たちが続く。
懸命に感情を抑える私の前を出征する騎士たちが行進していく。
そうだ。
この出陣式の本当の主役は、戦場の第一線でこの騎士たちだ。
前の人生の通りだとすれば、この後アリウス率いる騎士団は大敗北を迎える
ことになる。
そう考えると、今目の前の式典で晴れがましく戦地に向かう騎士たちが
気の毒で見ていられず、とても拍手や歓声を送る気にはなれない。
――オルトお兄様には、それとなく警告したけれど大丈夫かな……。
私が一度死んだとか、その記憶を保持したまま人生をやり直しているなんて、
とても信じてもらえるとは思えないけど、出来ることはやっておきたかった。
この戦いで亡くなる人を一人でも減らしたい。
歓声が沸き立つ中、私はひとり先を知る者の苦しみを身に染みて
感じていた。
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