上 下
32 / 57

32. 出陣の式典

しおりを挟む
 
 ついに魔族との戦いが始まる。

 そこで戦いに先立って戦意高揚のため盛大な出陣の式典が行われる
ことになった。
 
 今日はその式典の日。

 昔、勇者が魔族の首領を打ち滅ぼしてから魔族と人間は、その生活
領域を完全に分断することで平和を保ってきた。

 だが近年、魔族の領域に金鉱が幾つもあることや、魔族が人間を襲う
ようになったことから、とうとう決着を付けることにしたのだ。

 こういった経緯があるので、沿道には大勢の人が騎士団員を激励する
ために集まっている。
 国を挙げての一大イベントだ。

 主役の騎士団――なかでもそのトップのアリウスは、騎士団長として
2頭の馬が引く黄金のチャリオット(戦車)に乗って派手に登場すると、
人々からわあっと歓声が上がる。

 そして式典用の軍服に身を包んだアリウスの隣には、騎士団参謀の地位
に就いたパメラが座り、沿道に居並ぶ皆の声援に応えて手を振っていた。

  そんな離婚したばかりの元夫と、その原因かつ私を殺すかもしれない女性
の晴れ舞台を私は複雑な心境で見送っている。

 国を挙げての行事なので、余程重要な用事でもない限り、皆が参加する
ため渋々私も参加せざるを得なかったのだ。

 本当なら離婚したばかりの元夫と、彼と親密な女性が主役の式なんて出席
したくないにも程があるのだが、王宮の重臣の一人であるお兄様も参列する
のに欠席するとなれば、あらぬ噂を立てられかねない。

「あれが騎士団長のアリウス・グレーデン様よ!  凛々りりしくて素敵ねえ!」

「お隣は、参謀のパメラ様よ! あの美貌で、ペレウの魔女と うたわれるほど
の知略の持ち主なんですって!」
 
 こうして沿道に設けられた特別席に座っていても、沿道からは二人を称える
声援が絶えず、モヤモヤとした気持ちになってしまう。   

「でもアリウス様って、確かファストラル家のタリア様と……」

「しっ! タリア様とアリウス様はつい先日……」

 ――出席しても、結局こうなるのね。

 離婚は本当のことだから、仕方がないけれど。

 ただ――通常こういった式典では、騎士団長は一人でチャリオットに乗る。
 だから今日のように騎士団長の隣にパメラが座ることは異例のことであり、
特別な意味を感じざるを得ない。彼女たちが  ざわめくのも当然だ。
 
 ――まさか私に恥をかかせるため? 

 さすがにこんな大舞台でそんな嫌がらせをするとは思いたくないけれど……。

 そんな内心モヤモヤしていた私に目ざとく気づいたパメラが、意味ありげに
ニヤリと笑う。

 ――どういうつもり?

 イライラが最高潮に達した私は、周囲に感情を悟られないようにするのに
精一杯だ。
 
「タリア様、お辛いでしょうが、ここはご辛抱ください」

 心の うちが表情に出てたのか、後ろに控えていたレミーが ささやく。

「挑発に乗ってしまえば、下種女の思惑通りになってしまいます」

 相変わらず辛口だが、あえて否定はしない。

 「分かっているわ」

 そう。分かっている。

 今この瞬間も、薄々事情を知っている周囲は私の反応を うかがっている。
 ファストラル家の人間として恥ずかしくない態度で、挑発に乗っては
いけない。

 向かいの 貴賓きひん席に座っているオルトお兄様だって、感情を呑み込んで
笑顔で拍手をしているのだから。

 私の視線に気づいたドルクも、背後から小声で囁く。

「さすがは『黄金の君』。公私の区別は、しっかり付けていらっしゃる!
前日までとは別人のようでございますな!」

 ドルクが言うように、オルトお兄様は前日までとは様子がまるで違う。

 ルキウスからアリウスが突然私の元に訪れた日のことを聞いて 激昂げっこうして
いたお兄様は、「暗殺」だの「呪う」だの物騒な言葉を吐いては、
実行に移そうとしてドルクたち護衛騎士に止められていたのだ。

 その時、冷静な顔をして内心怒りが渦巻いていたルキウスもお兄様を
止めるどころか、同調していた。

 そのため今日もルキウスは、自分を抑えられない可能性があるといって
式典を欠席している。

「手を下すにしても、魔族との戦いが終わって用済みになってからの方が、
王国にとっても利益になりますしね」

 レミーは昨日も同じ言葉を口にして、オルトお兄様の説得に成功していた。
 レミー本人からすれば単に感想を言っただけで、説得する意図はなかった
のかもしれないが。 


 そう今は出陣の式典。 
 私は目の前の式典に集中する。
 
 騎士団の一行は、このまま広場で待つ国王陛下の元へと向かい、勝利を誓う
――という段取りになっており、アリウスの後ろには、同じく華やかな礼服を
着た騎士団員たちが続く。


 懸命に感情を抑える私の前を出征する騎士たちが行進していく。
 
 そうだ。
 この出陣式の本当の主役は、戦場の第一線でこの騎士たちだ。 

 前の人生の通りだとすれば、この後アリウス率いる騎士団は大敗北を迎える
ことになる。

 そう考えると、今目の前の式典で晴れがましく戦地に向かう騎士たちが
気の毒で見ていられず、とても拍手や歓声を送る気にはなれない。

 ――オルトお兄様には、それとなく警告したけれど大丈夫かな……。

 私が一度死んだとか、その記憶を保持したまま人生をやり直しているなんて、
とても信じてもらえるとは思えないけど、出来ることはやっておきたかった。

 この戦いで亡くなる人を一人でも減らしたい。

 歓声が沸き立つ中、私はひとり先を知る者の苦しみを身に染みて
感じていた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

社畜から転生したらゆるゆるの婚活アドバイザーとして就職決まりましたが

はなまる
恋愛
プリムローズは15歳の時叔父であるラルフスコット辺境伯の元に引き取られる。そこでは自由を奪われ不自由で肩身の狭い生活を強いられていたが、まさか自分がメルクーリ国が100年に一度ゼフェリス国に捧げる生贄になるとは知らなかった。前日それを聞いて驚いて逃げたが追われる途中で死んでしまった。そして転生して元の世界に戻って来た。おまけにその時さらに前世の事も思い出した。だが、プリムローズが前世を思い出した時にはもう生贄として神殿に連れて行かれる数日前。何とか逃げ出そうとするがそれもかなわずとうとう神殿に連れて行かれる。だが、幸運な事にゼフェリス国の使者が現れると生贄はもう必要ないと言われた。だが、現れた男は数日前に見た夢に出て来た男と同じ顔をしていた。驚いたがそんな事をしている場合ではないとプリムローズは叔父に平民として生きて行くと話をつける。早速王都で仕事を探そうと職業紹介所を訪ねるがそこはイケメン揃いで彼らはみな結婚相手を探しているらしいと分かる。前世吉田あかねとして生きていた頃、婚活サイトの会社で婚活アドバイザーなどと言う肩書の元社畜のように働いていた経験が生かせるのではと思うがそこはよく考えなくてはと思っているうちに就職は決まって行く。  実はアルナンドはプリムローズが番だと知っていたが彼は番認識阻害薬を飲んでいて番なのにときめきも感じられず悶々とした日々を過ごしていくのだが…

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈 
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

悪役令息、拾いました~捨てられた公爵令嬢の薬屋経営~

山夜みい
恋愛
「僕が病気で苦しんでいる時に君は呑気に魔法薬の研究か。良いご身分だな、ラピス。ここに居るシルルは僕のために毎日聖水を浴びて神に祈りを捧げてくれたというのに、君にはがっかりだ。もう別れよう」 婚約者のために薬を作っていたラピスはようやく完治した婚約者に毒を盛っていた濡れ衣を着せられ、婚約破棄を告げられる。公爵家の力でどうにか断罪を回避したラピスは男に愛想を尽かし、家を出ることにした。 「もううんざり! 私、自由にさせてもらうわ」 ラピスはかねてからの夢だった薬屋を開くが、毒を盛った噂が広まったラピスの薬など誰も買おうとしない。 そんな時、彼女は店の前で倒れていた男を拾う。 それは『毒花の君』と呼ばれる、凶暴で女好きと噂のジャック・バランだった。 バラン家はラピスの生家であるツァーリ家とは犬猿の仲。 治療だけして出て行ってもらおうと思っていたのだが、ジャックはなぜか店の前に居着いてしまって……。 「お前、私の犬になりなさいよ」 「誰がなるかボケェ……おい、風呂入ったのか。服を脱ぎ散らかすな馬鹿!」 「お腹空いた。ご飯作って」 これは、私生活ダメダメだけど気が強い公爵令嬢と、 凶暴で不良の世話焼きなヤンデレ令息が二人で幸せになる話。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

【完結】王位に拘る元婚約者様へ

凛 伊緒
恋愛
公爵令嬢ラリエット・ゼンキースア、18歳。 青みがかった銀の髪に、金の瞳を持っている。ラリエットは誰が見ても美しいと思える美貌の持ち主だが、『闇魔法使い』が故に酷い扱いを受けていた。 虐げられ、食事もろくに与えられない。 それらの行為の理由は、闇魔法に対する恐怖からか、或いは彼女に対する嫉妬か……。 ラリエットには、5歳の頃に婚約した婚約者がいた。 名はジルファー・アンドレイズ。このアンドレイズ王国の王太子だった。 しかし8歳の時、ラリエットの魔法適正が《闇》だということが発覚する。これが、全ての始まりだった── 婚約破棄された公爵令嬢ラリエットが名前を変え、とある事情から再び王城に戻り、王太子にざまぁするまでの物語── ※ご感想・ご指摘 等につきましては、近況ボードをご確認くださいませ。

(完結)だったら、そちらと結婚したらいいでしょう?

青空一夏
恋愛
エレノアは美しく気高い公爵令嬢。彼女が婚約者に選んだのは、誰もが驚く相手――冴えない平民のデラノだった。太っていて吹き出物だらけ、クラスメイトにバカにされるような彼だったが、エレノアはそんなデラノに同情し、彼を変えようと決意する。 エレノアの尽力により、デラノは見違えるほど格好良く変身し、学園の女子たちから憧れの存在となる。彼女の用意した特別な食事や、励ましの言葉に支えられ、自信をつけたデラノ。しかし、彼の心は次第に傲慢に変わっていく・・・・・・ エレノアの献身を忘れ、身分の差にあぐらをかきはじめるデラノ。そんな彼に待っていたのは・・・・・・ ※異世界、ゆるふわ設定。

処理中です...