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10.エミーリアの約束

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 エミーリアの目が光るようになってから、私はようやくお金を支払うことなく、
三度の食事をとることが出来るようになった。

 思えばアリウスと同席している時も、普通に無償で食事を提供してもらえた
のだから、アリウス不在の時だけ金銭を要求されるのは筋が通っていない。

 ――雇用主であるアリウスが同席者である私の食事の分までお金を払っている
ということなのかしら? 

 それなら、エミーリアが傍にいる時にはお金が要求されないのは何故なのだろう。
 この場合、エミーリアが私の食事代を支払ってくれている訳ではないのに。


 今までは一日を終えるのに精一杯で熟考することはなかったけれど、突き詰める
ほどに、矛盾を孕んだおかしなルールだ。

 となると、自ずと導き出される結論はひとつしかない。
 
 単に私を困らせたかった――それしか考えられない。
 シンプルかつ分かりやすい動機だ。

 この推論が正しければ随分と子ども染みた動機だが、「お金を支払えない」
と私が言った時の屋敷の者たちの反応を思い返すと十分ありうる話だ。

 
 実際、屋敷の者が私にお金を請求しにくくなった今、黙って用事をこなす
代わりに敵意を込めた眼差まなざしで睨まれたり、わざとらしく大きな溜息ためいき
吐かれることが増えた。
 
 どう好意的に見ても、そこには悪意が存在していた。

 目に見えてお金が減っていく恐怖よりはマシだが、なぜここまで自分に敵意を
向けてくるのか、さっぱり分からないのも不気味で大きなストレスになっている。

 知らないうちに、私は彼らの気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
 だとしたら早めに直して、和解したい。
 
 そう思った私は、思い切ってエミーリアに尋ねてみることにした。


 偶々帰ってきたアリウスにもそれとなく尋ねてみたことはあったけれど、
「気にしすぎだろう。嫁いできたばかりで繊細になっているんだよ」とか、
「妹殿は、このグレーデン家当主の妻なのだぞ。何を不安に思うことがあるのだ?」
などと、ほろ酔いで言われただけだった。

 その大きな手で私の頭を優しく撫でてくれたことは嬉しかったけれど、私が期待
していた反応ではない。

 心配させないよう実際にあったことは伏せて、曖昧に尋ねただけだからアリウスの
この反応も仕方がないものなのだけれど正直、少し寂しかった。
 
 
 でも同じ屋敷にいるエミーリアなら、いつものように明快な答えをくれるはず。

 そう思った私は周囲に人が居ないのを確認してから、自室にエミーリアを
招きいれ、思い切って尋ねた。

「……」

 すると予想に反してエミーリアは珍しく伏し目がちになり、そのまましばらく
黙ってしまった。

 まさかの反応に、私の方が戸惑ってしまう。

「え……と、言いにくいことだったら……」 

 おずおずと話を切り上げようとした私の言葉に、弾かれたように顔を上げた
エミーリアは、いつものしっかりとした口調で断言した。

「奥様は、何も悪くありません。これだけは断言できます」

「でも、それならどうして屋敷の他の人たちは……?」

「わたくしが必ず何とかいたします! わたくしを信じて、もう少しだけお待ち
いただけないでしょうか?」

 結局エミーリアは私の本当に知りたかったことに答えてはくれなかった。
 けれど、その言葉に嘘やごまかしは感じられない。

 おそらく今彼女が口にできる最大限の言葉なのだろう。
 そう伝わるほどに、エミーリアの言葉は真に迫っていた。

 だから私は、彼女を信じることに決めた。

 どのみちトピレス商会からいまだに返事が来ない今、アリウス不在のこの屋敷で
私が頼れるのはエミーリアしかいないのだから。
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