10 / 57
10.エミーリアの約束
しおりを挟むエミーリアの目が光るようになってから、私はようやくお金を支払うことなく、
三度の食事をとることが出来るようになった。
思えばアリウスと同席している時も、普通に無償で食事を提供してもらえた
のだから、アリウス不在の時だけ金銭を要求されるのは筋が通っていない。
――雇用主であるアリウスが同席者である私の食事の分までお金を払っている
ということなのかしら?
それなら、エミーリアが傍にいる時にはお金が要求されないのは何故なのだろう。
この場合、エミーリアが私の食事代を支払ってくれている訳ではないのに。
今までは一日を終えるのに精一杯で熟考することはなかったけれど、突き詰める
ほどに、矛盾を孕んだおかしなルールだ。
となると、自ずと導き出される結論はひとつしかない。
単に私を困らせたかった――それしか考えられない。
シンプルかつ分かりやすい動機だ。
この推論が正しければ随分と子ども染みた動機だが、「お金を支払えない」
と私が言った時の屋敷の者たちの反応を思い返すと十分ありうる話だ。
実際、屋敷の者が私にお金を請求しにくくなった今、黙って用事をこなす
代わりに敵意を込めた眼差しで睨まれたり、わざとらしく大きな溜息を
吐かれることが増えた。
どう好意的に見ても、そこには悪意が存在していた。
目に見えてお金が減っていく恐怖よりはマシだが、なぜここまで自分に敵意を
向けてくるのか、さっぱり分からないのも不気味で大きなストレスになっている。
知らないうちに、私は彼らの気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
だとしたら早めに直して、和解したい。
そう思った私は、思い切ってエミーリアに尋ねてみることにした。
偶々帰ってきたアリウスにもそれとなく尋ねてみたことはあったけれど、
「気にしすぎだろう。嫁いできたばかりで繊細になっているんだよ」とか、
「妹殿は、このグレーデン家当主の妻なのだぞ。何を不安に思うことがあるのだ?」
などと、ほろ酔いで言われただけだった。
その大きな手で私の頭を優しく撫でてくれたことは嬉しかったけれど、私が期待
していた反応ではない。
心配させないよう実際にあったことは伏せて、曖昧に尋ねただけだからアリウスの
この反応も仕方がないものなのだけれど正直、少し寂しかった。
でも同じ屋敷にいるエミーリアなら、いつものように明快な答えをくれるはず。
そう思った私は周囲に人が居ないのを確認してから、自室にエミーリアを
招きいれ、思い切って尋ねた。
「……」
すると予想に反してエミーリアは珍しく伏し目がちになり、そのまましばらく
黙ってしまった。
まさかの反応に、私の方が戸惑ってしまう。
「え……と、言いにくいことだったら……」
おずおずと話を切り上げようとした私の言葉に、弾かれたように顔を上げた
エミーリアは、いつものしっかりとした口調で断言した。
「奥様は、何も悪くありません。これだけは断言できます」
「でも、それならどうして屋敷の他の人たちは……?」
「わたくしが必ず何とかいたします! わたくしを信じて、もう少しだけお待ち
いただけないでしょうか?」
結局エミーリアは私の本当に知りたかったことに答えてはくれなかった。
けれど、その言葉に嘘やごまかしは感じられない。
おそらく今彼女が口にできる最大限の言葉なのだろう。
そう伝わるほどに、エミーリアの言葉は真に迫っていた。
だから私は、彼女を信じることに決めた。
どのみちトピレス商会からいまだに返事が来ない今、アリウス不在のこの屋敷で
私が頼れるのはエミーリアしかいないのだから。
39
お気に入りに追加
149
あなたにおすすめの小説
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
社畜から転生したらゆるゆるの婚活アドバイザーとして就職決まりましたが
はなまる
恋愛
プリムローズは15歳の時叔父であるラルフスコット辺境伯の元に引き取られる。そこでは自由を奪われ不自由で肩身の狭い生活を強いられていたが、まさか自分がメルクーリ国が100年に一度ゼフェリス国に捧げる生贄になるとは知らなかった。前日それを聞いて驚いて逃げたが追われる途中で死んでしまった。そして転生して元の世界に戻って来た。おまけにその時さらに前世の事も思い出した。だが、プリムローズが前世を思い出した時にはもう生贄として神殿に連れて行かれる数日前。何とか逃げ出そうとするがそれもかなわずとうとう神殿に連れて行かれる。だが、幸運な事にゼフェリス国の使者が現れると生贄はもう必要ないと言われた。だが、現れた男は数日前に見た夢に出て来た男と同じ顔をしていた。驚いたがそんな事をしている場合ではないとプリムローズは叔父に平民として生きて行くと話をつける。早速王都で仕事を探そうと職業紹介所を訪ねるがそこはイケメン揃いで彼らはみな結婚相手を探しているらしいと分かる。前世吉田あかねとして生きていた頃、婚活サイトの会社で婚活アドバイザーなどと言う肩書の元社畜のように働いていた経験が生かせるのではと思うがそこはよく考えなくてはと思っているうちに就職は決まって行く。
実はアルナンドはプリムローズが番だと知っていたが彼は番認識阻害薬を飲んでいて番なのにときめきも感じられず悶々とした日々を過ごしていくのだが…
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。
悪役令息、拾いました~捨てられた公爵令嬢の薬屋経営~
山夜みい
恋愛
「僕が病気で苦しんでいる時に君は呑気に魔法薬の研究か。良いご身分だな、ラピス。ここに居るシルルは僕のために毎日聖水を浴びて神に祈りを捧げてくれたというのに、君にはがっかりだ。もう別れよう」
婚約者のために薬を作っていたラピスはようやく完治した婚約者に毒を盛っていた濡れ衣を着せられ、婚約破棄を告げられる。公爵家の力でどうにか断罪を回避したラピスは男に愛想を尽かし、家を出ることにした。
「もううんざり! 私、自由にさせてもらうわ」
ラピスはかねてからの夢だった薬屋を開くが、毒を盛った噂が広まったラピスの薬など誰も買おうとしない。
そんな時、彼女は店の前で倒れていた男を拾う。
それは『毒花の君』と呼ばれる、凶暴で女好きと噂のジャック・バランだった。
バラン家はラピスの生家であるツァーリ家とは犬猿の仲。
治療だけして出て行ってもらおうと思っていたのだが、ジャックはなぜか店の前に居着いてしまって……。
「お前、私の犬になりなさいよ」
「誰がなるかボケェ……おい、風呂入ったのか。服を脱ぎ散らかすな馬鹿!」
「お腹空いた。ご飯作って」
これは、私生活ダメダメだけど気が強い公爵令嬢と、
凶暴で不良の世話焼きなヤンデレ令息が二人で幸せになる話。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
【完結】王位に拘る元婚約者様へ
凛 伊緒
恋愛
公爵令嬢ラリエット・ゼンキースア、18歳。
青みがかった銀の髪に、金の瞳を持っている。ラリエットは誰が見ても美しいと思える美貌の持ち主だが、『闇魔法使い』が故に酷い扱いを受けていた。
虐げられ、食事もろくに与えられない。
それらの行為の理由は、闇魔法に対する恐怖からか、或いは彼女に対する嫉妬か……。
ラリエットには、5歳の頃に婚約した婚約者がいた。
名はジルファー・アンドレイズ。このアンドレイズ王国の王太子だった。
しかし8歳の時、ラリエットの魔法適正が《闇》だということが発覚する。これが、全ての始まりだった──
婚約破棄された公爵令嬢ラリエットが名前を変え、とある事情から再び王城に戻り、王太子にざまぁするまでの物語──
※ご感想・ご指摘 等につきましては、近況ボードをご確認くださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる