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6. 結婚生活のはじまり

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 兄とルキウスは随分と心配していたものの、私の王立学院卒業を待って、
無事アリウスと私は結婚式を挙げた。

 結婚までの間、アリウスは軍務の合間のわずかな時間を見つけては私に
会いに来てくれたり、会えない時には花や手紙を寄こしてくれた。

 会話はごく普通の日常会話だったし、手紙もごく短い文面だったけれど、
彼の不器用な愛情を感じられて嬉しかったのを覚えている。

 アリウスの愛情表現はいつも遠回りだった。

 その最たるものが、時折遠く離れて暮らしているという妹とよく似ている
と言っては、ふざけて私を「妹殿」と呼び、小さな子どものように扱う――と
いうもの。

 こんな少し変わった二人の関係も、10歳も年齢が違っていればこんなもの
かもしれないと、私は肯定的に受け止めていた。

 思えばアリウスと過ごした時間の中で、この時が一番幸せだったのかもしれない。

 当時の私は、結婚後の幸せな日々を想像しては、王立学院を卒業する日を指折り
数えていた。

***

 待ちに待った結婚式を終えたアリウスと私は、馬車で新居に向かった。

 新居はアリウスが住んでいる王都郊外の邸宅。
 主と同じく質実剛健の感が漂う、年代物の質素な邸宅だった。 

 かつては白かったであろう煉瓦が今ではすっかり黒ずみ、周囲は要塞のように
厚い壁で囲まれている。山を背に佇むその姿は、かつての魔族との戦いで築かれた
昔の砦のようにも見える。

 周囲の景観を華やかにし、家の力を誇示することを旨とするファストラルの家
とは大分趣を異にする。

 だがそんなことも、これからの結婚生活に想いを馳せる私には新鮮で魅力的な
ものに思えて好感をもった。
 むしろグレーデン家の一員として、ここに住み、愛着をもちたいと心から願った。

 
 私が感慨深く新居を眺めている間にも、馬車は走る。
 気づけば門を抜け、邸内に到着した。

 アリウスに促されて馬車を降りる。
 すると屋敷の建物の前には、グレーデン家に仕える者たちが整列して
待っていた。
 
「旦那様、奥様、ご結婚おめでとうございます」

 背が高く姿勢の良い眼鏡の女性が一歩前に出て、深々と頭を下げる。
 続いて後ろに居並ぶ者たちも、同じようにお辞儀をした。

「わたくしはメイド長のエミーリア・ドロレスと申します。奥様、分からない
ことがありましたら、なんなりとお申し付けくださいませ」

 はっきりとした口調に、隙のない仕草。
 思わず圧倒されそうになる。
 実際にこのグレーデン家の邸宅を取り仕切っているのは、彼女なのだろう。

「ええ、ありがとう。ドロレスさん」

「わたくしは使用人です。エミーリアとお呼びください」

「……ありがとう、エミーリア」

 この一連のやり取りを見守っていたアリウスが、面倒くさそうに頭をかく。

「そういう堅苦しいのは止めろって言っただろ?」

「そうは参りません。奥様は、旦那様と共に今後グレーデン家を盛り立てて
いかれるお方ですから」

「ああ、もう。……で、あいつらは?」

「わたくし共が旦那様と奥様にご挨拶を終えるまではと、ホールにお引きとり
願いました」

「あいつらでも、エミーリアは苦手なんだな……」

「……何か?」

「何でもない! それじゃ、ちょっと俺はあいつらの所に顔を出してくる。
エミーリア、タリア殿を部屋まで案内してやってくれ」 
  
「承知しました。ですが旦那様、今日はご結婚一日目。お早いお戻りを」

「はいはい、分かってるって!」

「それでは奥様、ご案内いたします」

 アリウスの指示に早速忠実に従うエミーリアの言葉に、ハッと気づいた
私はおずおずと尋ねた。

「あの、アリウス様……いえ、旦那様のお客様なら、私もご挨拶した方が……」

「奥様は既にご挨拶を済まされておいでです」

「え?」

「お客様は、騎士団員の方々ですから」


 ――結婚式ですでに挨拶を済ませた騎士団員たちがどうして……?

 頭の中は疑問でいっぱいだったが、後でゆっくりとアリウスに聞けばいいか
と思い直し、私は大人しく自室で休むことにした。 

 ――これからはアリウスとずっと一緒なのだから、慌てる必要はないわ。

 夜はまだ長い。
 始まったばかりの新生活に備えて、私は何も考えず休息をとることにした。


 だが結局、この夜、アリウスが私の部屋に来ることはなかった。
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