冥剣術士ナズナ

アオピーナ

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現界ノ章:SECTION2『ルメリア襲来編』

EP:SWORD 046 ピアネ城侵入

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 真っ白なローブを纏い、そのフードを目深に被った小柄な者を見れば、誰だってその者が『剣神ノ子』であることになんて気付かない。

 ましてや、そんな超常的で伝説的な存在が、こんなさびれた『盗賊街』を歩いていることなんで、みんな夢にも思わないだろう。

 首の辺りまで伸び、眉にかかるぐらいの辺りまで斜めに斬り揃えられた白髪。
 その下から覗かせる夕焼け色の瞳を見て、彼女が無意識のうちに発する、あまりに濃密な魔気と剣気に気付かなければ、の話だが。

「——おいおい、そこのガキ。たった今ちっとばかしお前の肩がオレの腰にぐいっと当たったんだが……そんで、そのせいで食っていたアイスがこの通り、オレの端正な顔にべとってしまったんだが、さて、どう落とし前を付けるつもりだ?」

 長ったらしい絡み文句が発せられた直後、いくつかの人影が白ローブの周囲に群がってきた。

 一定の速度で歩いていたその者の足が止まる。目の前を、五人ほどの巨漢が塞いでいたからだ。

 それから、後ろの方から金髪で長身の男が下劣な笑いを浮かべて歩み寄り、「アイス」と呟いて、その惨状を見せる。

 確かに、半円状になっている紫色のそれが、男の顔にへばりついていた。男はぺろりとそれを舌なめずりし、

「一万ミロディ……いや、十万か? 小奇麗なお前さんのローブと白髪、そして何よりお前さんが汚したオレの顔を求めている多くの女に対しての慰謝料ってことでどうだ? きっと高貴なお家柄なんだろう。一目で分かるぜ、このガキ」

 そう言って男は、白いローブのフードをめくる。
 開けてはならないパンドラの箱を、彼は開けてしまった。

「……おお、ホントに奇麗な瞳じゃねえ……か……?」

 フードをめくった男の指が、腕もろとも消えていた。

 黒い氷によって凍らされてから『壊死』するまで、コンマ数秒は経っていない。

 遅れてやってきた痛みが、ショックと相まって意識を攫ったのだろう。男は瞳を虚ろにし、前のめりになって倒れた。

 白髪の少女はそれをひらりと交わし、男に隠れて見えなかったその双眸を晒す。
 夕焼け色に彩られたそれを、一瞬の攻撃を、煌びやかな白髪を目にして。

「お、お、お前は……っ!」

 自分たちがカモにしようとした相手が、『剣神ノ子』ルメリア・ユーリップであることを理解した。

  幽霊か、それ以上に異質な何かを見る様な表情をしている男たちを尻目に、ルメリアは周囲を軽く見渡して小さく息を吐いた。

「本当に、野蛮な街ですね」

 うんざりしたような口調で、そう呟いて。
 足を一歩踏み出した時には既に、ルメリアを囲っていた男達どころか周りの店、家々で得物を構えていた悪人面の者達もろとも、黒い凍結に飲まれていた。

 驚愕する暇すら無く。無理解のなかで凍り付き、壊れ死してゆく悪人たち。

 ルメリアは、その対象を無意識下で捉えていた。故に、突如として消し炭のように消えていった彼らを見て『解放』されたと思った者達は、様々な建物の中から氾濫するようにして出てくる。

『盗賊街』に奴隷や人質、置き物として囚われていた人々だ。老若男女問わず、ぼろい布切れ一枚のみを纏っている者もいれば、人形のように瀟洒な衣装を消えている者もいる。

 しかし、見た目や境遇の差異はあれ、心に抱く気持ちは皆同じで、

「あ、ありがとうございますっ!」
「あなたのお蔭で救われました!」
「これで、ようやく故郷に帰れる……!」
「ざまあみろ、悪人共!」
「救いが……剣神様が救ってくださった……」

 感謝感激雨あられ。各々が声高に叫ぶそれらの称賛を、しかしルメリアは自分を囲う彼らを無視して一定の歩調で前へ進んでいく。

『剣神ノ子』としての力、その一旦を振るった。それはルメリアにとって、日常における生理現象と何ら変わらないことなのだ。

 彼らにとって崇めるべき奇跡の所業であっても、ルメリアにとっては息を吸って吐くこととさして変わらない。

「邪魔です。善人であれば傷は癒えるでしょうから、どうかルメの邪魔はしないように」

 自分本位な物言いで、自分を囲む被害者たちを除ける。不快も恐怖も無いのに、言うとおりにしなければならないという、脅迫よりは洗脳に近い意識が彼らの中に芽生え、皆ルメリアに従って道を空ける。

 まるで王の凱旋。だが、それは悪逆非道の覇王によるものではなく。

「き、傷が……っ!」

『善良』だと認められた民は皆、黒い雨を浴びて凄惨な傷が癒えていく。

 それもまたルメリアが無意識下で行っていたことだったが、もはや民にとっては『剣神ノ子』ではなく『剣神』そのものとしてルメリアの姿がその目に映ったに違いない。

 ルメリア・ユーリップの英雄譚は、皮肉にも彼女が望まずして始まった。

 ターチスの屋敷がある区域であるこの商業都市『フォルン』、その方々の隅に巣食っていたいくつかの巨大な暗闇——『盗賊街』の第一から第七区画までが、黒い氷に飲まれていった。

 その間、警護騎士団や『オーケスタル』、ひいては女王にまで伝わっていた『指名手配犯罪術士』における『事件級』から『災厄級』までの者達の約四割は姿を消したという。

 ルメリアは意図せずして、街中を歩くだけで、護衛騎士団の者達が一生涯を賭して得られる功績をあっという間に挙げてしまっていた。

「少し目立つけど、仕方ないか」

 ポツリとそう呟いた時、ルメリアは凱旋を終えて『盗賊街』を出ていた。目の前にやる気の無さそうな衛兵たちが番をしている関所があるが、身元を調べられたら面倒なことになるのは明白だった。

 そもそも、身元を確認出来るような物は持っておらず、彼らがそれなりに博識であれば、過去の文献にある『剣神ノ子』の資料とルメリアの容貌を照らし合わせるや否や感激と畏怖のあまり跪いて——という展開もありそうだけれど、それも期待できそうにはない。

 結果、ルメリアが選んだ手段は、

「最短最速で、王城に突撃する」

 人目に触れて面倒なことに巻き込まれた挙句、ターチスの方にまで悪影響が及ぶことを避けていたがゆえに、人並みに紛れて行動をしていたが。

 どのみち、今しがたの『盗賊街』のようなことが頻繁に続くのなら『面倒事』さえ置き去りにして全てを一瞬のうちに済ませてしまえばいい話。

 思い立ったらすぐ行動。

 ルメリアは、『人剣一体』で黒氷のドレスの纏い、同色で氷作りの蝶の羽を顕現し、音を置き去りにして飛び立った。

 談笑に夢中だった衛兵たちは、たった今近くに居た少女が数秒後には王城に突撃しているなんて、夢にも思わないだろう。

 見逃してしまった侵入者が『剣神ノ子』である以上、もはや職務怠慢と罵る方が酷な話である。
 ともあれ、

「待ってて、ターチスお姉ちゃん」

 黒い影と氷の粒が一閃し、朝焼けの空を縦に斬り裂いた直後。

「ルメが、あなたを助け出すから」

 少女がそう紡いだ時には既に、壮麗な城、その城郭に掲げられた国旗とそれと共に聳え立っている超大な剣の像に、竪穴が空いていた。

 玉座の間に何かが落下し、その直後に爆音が鳴り響き、肌を刺すような——否、文字通り肌を斬り裂くぐらいの冷気が空間を支配し、瞬きの間に起こった侵入劇は幕を開けた。

 幻覚のように突然現れた白い少女を、四方と玉座の両脇に建つ騎士たちは止めようとしない。

 正確には、動けないのだろう。
 あまりの奇想天外な出来事に、理解が追い付かないのだ。

 しかし、脇役ですらない彼らのことなど、ルメリアにとってはどうでも良いことだ。

 寵児は荘厳な玉座を真っ向から睨みつける。

 そこに、女王の姿は無かった。

 あったのは、最高級であろう碧色の皮と虹色の金属で作られた派手な玉座に、四隅には大剣霊の銅像が設置された四本の柱、背には純白の柄と蒼月の如く煌めく大剣、それら置かれた場所からルメリアが立つ位置とを結ぶ、真っ白な絨毯と青く光る床——、

「——何用だ」
 
 細い首筋に突き付けられた、銀色の刃。
 低くも凛とした青年の声。

 何の前触れも無く現れたそれは、一切のブレも無く、ルメリアの急所を斬り裂かんとしている。意識だけでその元を辿ってみれば、さしものルメリアも少しの動揺を示した。

「驚きました。まさか、この場に居る六人の役立たずは『木偶』で、本物はあなた一人だけとは」

「こちらも驚いた。自らの首筋に刃を突き付けられているというのに、脈拍や声音に一切の動揺が見られない。私の剣が震えていないのは、長らく鍛錬したが故の成果であるが……貴様はまだ子供だろう」

「生憎、ただの子供ではないのですよ。もっとも、数多の死線を潜り抜け、幾多の敵対者を斬った果てに『第一位階魔剣術士』の称号を手にしているあなたなら、もう既にルメが誰か、察しがついているとは思いますが」
 
「……やはり」

 背後で剣を構える男の足元が、黒く凍る。しかし、男の姿はもう、そこには無い。

 ルメリアもそれを認め、眼前を見据える。

 金色の紋様が施された、白銀の装束を纏う男。宝玉のように煌めく金髪と朱色の双眸、そして彼が片手に持つ、竜の翼を象った銀の柄と鏡のように世界を映す長鋭な剣身。

 鋭くそれが光ると同時、玉座の両脇と空間の四方に立っていた衛兵が霧散し、白銀の色をした光となって同色の剣へと集約されていく。

 ルメリアは、軽く息を吐いて、『自分と同じ色の瞳』をした相手に問う。

「『先祖』を貶すつもりはありませんよ。ルメはただ、ターチスお姉ちゃんを助け出したいだけなので」

 魔剣術士の頂に立つ男は、ルメリアが無意識下で発している冷気をものともせずに、答える。

「私はとても恵まれている。主にも、詞にも、友にも、同僚にも、家族にも、組織にも、故郷にも、街にも、国にも、先祖にも……そして何より、私を取り巻く運命に」

「そうですか、それは良かったですね」

 無関心に応じたルメリアに、男は白銀の剣の切っ先を向けて言う。

「勝負だ、『剣神ノ子』よ。——我が先祖たる初代『剣神ノ子』とどちらが優れているか、この目でしかと確かめたい」

 口上。それを発した男の姿は、音を立ててその場から消えていた。

「音を立てる、ぐらいの速度じゃあ、まだまだ届きませんよ。最強さん」

 ルメリアの背後で、鈍色の光が瞬いた。しかし、ルメリアの姿は既に残像と化しており、男が元居た位置に実体はあった。
 黒氷の大剣を構えた状態で。

「ラユリ様、玉座の間を傷付けてしまう不始末、後で固くお詫び致します」

 悔いるように男が呟いた直後、青く光る床に、ピキッ、と僅かに亀裂が走っていた。

 互いの位置が入れ替わった状態で、両者は向かい合う。

「私の名はガレット・トリカヴィーテ。不肖ながら、オーディア魔剣響国における第一位階魔剣術士としての称号と、女王直属王宮騎士団『オーケスタル』の団長を担っている」

「ルメの名はルメリア・ユーリップ。『純潔』の大剣霊ターチス・ザミの妹兼愛弟子であり、千年続いたあなたの家系に仇す新星……とでも言えばよろしいでしょうか」

「光栄だよ、『剣神ノ子』」

「ルメとしては、面倒この上無いのですが」

 そんな、温度や流儀、背負うものなどに様々な差がある超常たる二人が今、

「——参るッ!」
「——いきます」

 主不在の玉座の間で、密かに交錯するのだった。

 
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