冥剣術士ナズナ

アオピーナ

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現界ノ章:SECTION2『ルメリア襲来編』

EP:SWORD 041 師弟の日々

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 幾重にも積み重ねてきた努力を、呆気なく踏み抜いてしまうものが才能である。

 そうした才覚の原石を日々砥ぎ続けてようやく才人は本物の天才へと達し、凡人では到達し得ない領域へと足を踏み入れる。
 
 その、永遠にも続くだろう螺旋階段を、凡人は凡人なりに幾多もの努力と経験を積み重ね、時に天才と同じかそれ以上の速度で駆け上がってゆく。

 ターチス・ザミは、簡単に言えば最後者だった。

 大剣霊として美麗な器を授かり、『純潔』の霊位を冠し、また伝説の霊魔たる『魔虎』を宿し、その『霊位』である『純潔』に因んだ『未踏の経験』を貪り尽くし、さらにその過程であらゆる知識を学び、あらゆる経験を重ね、あらゆる功績を残し。

 初めて『純潔』の大剣霊ターチス・ザミは、四大剣霊の中で最も支持されるべく存在となったのだ。

 故に。
 生粋の天才である寵児には、ほぼ勝ち目など無いに等しかった。それこそ、経験が不足していたら。

 実際のところ。
 ターチスは、初めの剣霊術による弾丸の応酬で、ルメリアに勝ち星を上げていた。
 つまり、白い炎弾と黒い氷弾の激突は、最初にして最後の交錯だったのだ。

「簡単な話、貴女のたった二年の経験に、わたくしの二千年の経験が勝った……ただそれだけのことよ。……あー、千年だったかしら、それとも数百年? ふむ、実体験と都市まるごと埋め尽くせるだけの蔵書の情報が相まって色々と混濁しているわ」

 この白き子供は、剣霊術ではなく剣能を使う。大剣霊はその性質上、相手の魔気ですら霊力へと変換することが出来る訳で。

「貴女が発した剣能の全ての性質を瞬時に見極めて、それを相殺ひいては喰らい尽くして己の剣霊力に変換する術をとったの。どんなに細かな氷片、魔気の粒子も欠かさずに『視て』ね」

「……っ!」

『剣神ノ子』は、その無垢で無邪気な顔に焦燥と恐怖を浮かべた。
 だがそれ以上に、

「噛み砕いて説明すると、わたくしの反射的な分析力が無限級の知識量と組み合わさって貴女の剣能を完全掌握し、弱点を穿つどころか我が物にして圧勝したということで——」

「なか、ま」

「……うん?」

 あくまで二歳の子供を相手に饒舌に種明かしをしているターチスに、黒いドレスの裾を掴んで引っ張ったルメリアが弾ける様な笑顔で言った。

「おまえ、なかまっ!」

「————」

 あまりにも無邪気で生意気なその態度に対し、ターチスは色々なものを、ぐっ、と堪えてゆっくりと頷いた。

「よろしい」

 そうして、大剣霊は『剣神ノ子』を抱きかかえ、自身が住む屋敷に招き入れたのだった。



 実のところ、ターチスに子育ての経験はない。
 誰かと結婚して子を成すわけでもなければ、そもそも子供に興味がなかったため、触れ合うことも全くと言っていいほど無く。

「魔剣術士用の教育課程は……まあ、もう教えることなんて殆どないでしょうね」

 木組みで作られた簡素な部屋。いくつかの本棚や鉱石で形作られたオブジェがあり、魔獣の皮と毛で作られた絨毯が敷いてあるだけの部屋で、しかしルメリアは喜々として氷の剣を振るっていた。

 ターチスはその様を、椅子に座って読書の合間にただ見ているだけだった。実際には、その何気ない動作だけでも十二分にルメリアの人格や性質、魔気の保有量や剣能の詳細などをほぼ完全に把握し分析出来ているわけだが。

 ターチスは僅か数分の間に読み終えた何冊目かの本をパタンと閉じ、椅子から立ち上がると、

「よし、ルメリア。貴女には常識を身に着けてもらうわ」

 ジョーシキ。その一言を聞いたルメリアは、珍しく嫌な顔をしたのだった。



 言葉。所作。礼儀。作法。交流。世情。姿勢。そして女としての在り方などなど。

『純潔』の大剣霊であると同時に『王立最大図書館』の筆頭司書でもあり、且つ『裂前魔法論』を始めとした様々な著書の筆者でもあるターチスにとって、様々な常識と共に世界の全容を教えることは、造作も無い。

 ——筈だった。

「どうしてこの国は魔剣だけで戦うの?」

「どうしてターチスは大剣霊になったの?」

「どうしてこの世界は大戦なんかしたの? そもそもきっかけが『影の国家連邦』ってあるけど、大々的に言及されていないのは何で?」

「ていうか、戦争なんてほぼ無意味じゃない? 互いの思想を武力で押し付け合って何か得でもあるの?」

「そもそも、王政の圧力とか民衆の支持とかあるけど、わたくちの力があれば全て無意味化できるんじゃないの?」

 一つのことを教えるにつき、十以上の質問が返ってくる。幼い子供という存在に長らく触れてこなかったターチスにとって、子供が世の中を未知に満ち溢れていると思うように、子供という存在の旺盛過ぎる好奇心は未知と面倒に満ち溢れていた。

「それは——」

 勿論、ありとあらゆる質問を、ターチスは適材適所で応対することは出来る。しかし、相手は『剣神ノ子』。その着眼点たるや、中々鋭いところばかり切り込み、

「何で大剣霊には『霊魂』があって、人間にはそれが無いの?」

「何で隣の次元に異世界があるのに、この世界の人達は友好を結んだり有効活用したりしないの?」

「何で魔剣教育課程をわたくちがしているように自由化させないの?」

「何でわたくちは他の子達よりずっと優秀なの?」

「何で『剣神』は生まれたの?」

「何でわたくちは生まれたの?」

 質問の雨はエスカレートしていき、その内容も段々と勉学的側面から哲学や神秘的側面へと変わっていく。

 心理は分かるが、心境や心情はほぼ分からないターチスにとって、ルメリアが放つ純粋な疑問の弾丸は脅威だった。

「あわわわわわわわわわわ」

 度重なる情報処理の連続でオーバーヒートしたコンピューターの如く、ターチスの頭は限界だった。

 急に目を回して頭から煙を発した師を見て、ルメリアは「わぁお」と呑気に驚いていた。

 一個一個のタスクを精査し、最適解を導き出していくスタイルを貫いていたターチスは、神童による質問攻めに遭ったことがきっかけで、もっと気楽におおらかに生きようと決意したのだった。
 ともあれ、

「わたくちは、師匠のような大剣霊になる」

 五才となったルメリアにとって、ターチス・ザミという師の存在は人生における目標と呼べるぐらいには大きく映っていたらしい。

 目標とされた当人であるターチスは、ルメリアの成長と『剣神ノ子』のような天才の原石に自分が認められたことを無意識のうちに喜び、同時に微かな罪悪感にも苛まれていた。

 あくまで、ターチスは自分の後継者としてルメリアの人生を誘導したに過ぎない。それは文字通り手のひらの上で、まだほんの少ししか自分の人生を生きていない子供の岐路さえも手繰るという深く醜い業であり罪であって。

 褒められるような、崇められるような所業ではないのだから。

「まずは、その『わたくち』という一人称を直してから言うことね。それと、いつまでも師匠だと堅苦しくない?」

「じゃあ、わたくちは……ルメリアだから、ルメって呼ぶ! 師匠は何て呼ばれたいの?」

「わたくしは……」

 自分の人称は呆気なく決めたのに、ターチスをどう呼ぶかどうかは本人に聞いてまで思案するルメリアのずれた価値観。

 圧倒的な才を持つゆえに、自己という個体そのものに興味が無いのか。

 あるいは、自分という存在が常に進化して砥ぐ澄まされてゆく存在だからこそ、未来に不安は無く、身近な他人であるターチスに意識を傾ける余裕があるのか。

 そんなことを頭の片隅で考えつつ、ターチスはユーモアを織り交ぜて反応を見てみようと思い、

「『ターチスお姉様』っていうのはどうかしら?」
「じゃあそれで!」
「早い」

 無垢な朱色の双眸を輝かせるルメリアの様子を見て、ターチスは冗談と言えなくなり、可愛い愛弟子のお姉様として奮起することを誓ったのだった。

 その、幸せな日常。
 ターチスが一般教養を教え込み、それを驚異的な速度でルメリアは身に着け、国立の大々的に名の知れた魔剣学園の初等部に入れる歳になる頃には、ルメリアの知識量と技量は高等部どころか大学のレベルをも凌駕している程にまでなっていた。

 しかし、ルメリアには同年代の友達はおらず、彼女もまた、学校という場所に行ってみたいと希望していて、ターチスはこれも教養だと彼女を国内最高峰の学園機関——『フォルン学園』に入学させた。

 首都トロンヴォン・タンヴァリン街に位置する由緒正しき学園で、ルメリアはまだ見ぬ学友たちと送る充実した学生生活を心待ちにしていた。

 恐らくは、その高揚が引き金となったのだろう。
 入学試験は言うまでもなく、余裕の合格を飾っている。しかし実力は殆どと言っていいほど出してはおらず、順位は上位一桁に入ったものの、その台では下から数えた方が早い程度。

 では。
 何故、ルメリア・ユーリップが入学初日で『退学処分』となってしまったのか。

 それは、入学式があった日、まだ幼い生徒達の悪ノリが招いた事態であった。

 簡単に言えば。


 ——ルメリアは、学園自体を、人間含め、全て凍らせてしまったのだ。
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