冥剣術士ナズナ

アオピーナ

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現界ノ章:SECTION2『ルメリア襲来編』

EP:SWORD 040 『剣神ノ子』ルメリア・ユーリップ

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『剣神ノ子』。

 それが、ルメリア・ユーリップに授けられた二つ名。
 ルメリアの名前も、その性も、彼女がこの世に生まれた瞬間に両親から与えられたものだった。

 そう。彼女は、元は大剣霊ではなく、ただの人間。人の子だったのだ。

 二人の両親は共に優秀な魔剣術士で、魔剣が主文明として根付いているオーディア魔剣響国でも『術士位階』は上位二桁に入るほどだった。

 故に、強者たる二人から生まれた子供は当然、両親を始めとして友人、『警護騎士団』の仲間や上司、ひいては国家そのものから祝福されるぐらいめでたい出来事だった。

 ——産声を上げた瞬間、氷の剣を現出させるまでは。

 魔剣術士とは、生まれてすぐになるものではなく、しかるべき教育を受けてからようやく魔剣の柄を握り、本格的に振るえるようになるのだ。

 その過程で、子供たちは段階を踏んでの魔気の調整や保有量の向上、自分の思考・思想パターンに見合った、謂わば『現身』たる魔剣をその手で顕現させ、晴れて魔剣術士としての一歩を踏み出せる。

 その道のり、赤子が生まれた瞬間から数えると、ざっと五年から十年といったところか。

 魔剣考古学において、この期間を早めることは、意図的にも才覚的にも難しいと言われている。

 しかし、例外はある。
 というのも、この学説が信憑性を帯びて世間に知れ渡るようになったのは五百年ほど前の話で。

 そのさらに五世紀前——つまり、今からおよそ千年前には、伝説上ではあるが存在したとされている。

『剣神ノ子』。
 生まれた時より己の魔剣を無から生み出し、且つその剣能を自在に引き出せるという神童が。

 それが、今や響国の名を語るに欠かせない『剣神』と呼ばれる象徴となっている。
 その神話的存在が、千年の周期を経て、ルメリア・ユーリップという新たな生命に降り立ったのだ。

 それは偶然か、必然か。はたまた祝福すべき神秘か、それとも忌むべき災いか。

 答えは。

 白く可憐な赤子が氷剣を黒く染め。

 小さな町一つではあったものの。

 瞬く間に全てを凍らせてしまったことに対する。

 大人達が感じた圧倒的恐怖心が物語っていた。

 幸いにも、その薄く黒い凍結は何故か人々を氷塊にすることはなく、ただ町の建物や物体を軽く凍らせただけだった。

 軽く、というのは、人が触れたらその氷はみるみるうちに溶けていったという結果が証明している。
 しかし、生後僅か二秒の間に起こったこの出来事は、両親や担当医師含め、底知れない恐怖として彼らの心に深く刻まれるのであった。

 事実。
 ルメリアは、生後二週間で二足歩行を成し。

 一つ、二つと年を重ねていくごとに、与えられる玩具よりも、恐れながらも心の底からの愛を注いでくれた両親よりも、自立した生き物のように宙を舞う氷の剣を、握って振るって剣能を放っては無邪気に喜んでいた。

 その、あまりにも前例がなく、あったとしても事実性に欠ける伝説の再来としか言えない荒唐無稽な様を、両親は。

 次第に拒絶するようになっていた。

 既に両親を、同年代の子供たちを、周りの大人たちを、町を——いや、国家や世界そのものと自分とを比べては、母国語を自然に覚えるが如く自らの絶対的で圧倒的な力と特異性を認識していたルメリア。

 一番身近に居た両親は、いつしかこう思っていた。

『近いうちに、自分たちはこの子に殺される。生きていく過程で抱く好奇心、その最初の標的として、ただ無感動に、さりげなく、呆気なく殺される』と。

 童心はある。しかし、それ以上に『剣神ノ子』という神話的な力が、彼女から容易く倫理観や人間性を奪い取っている。

『どうするか』。

 疑問が、彼らの脳内を駆け巡っていた。

『どうやって生き延びようか』。

 生命としての危機感が、警鐘の音が段々とけたたましくなってきて。

『どうやって、この子を始末しようか』。

 考え付いてはいけない領域にまで、思考は到達していた。
 だって、それ以上に方法はないじゃないか。だって、それ以外に選択肢はないじゃないか。

 ——生きたいのだから、仕方無いではないか。

 生物として、人間として、戦士として、魔剣術士として。
 数多の戦争に身を投じ、幾多の功績を挙げてきた彼らだからこそ、切に願い、叫ぶ欲求。

『生きたい』という、ありきたりで貫徹が難しい願い。それが、彼らを突き動かした。

 気が付けば、ルメリアは路地裏で、ひっそりと、雨風に晒されながら。

 氷の剣と二人ぼっちで、捨てられていた。



 両親など、知らない。
 どこで生まれ、誰に育てられて、どう生きるのかなんて、考えたことも無い。

「だって、ルメはターチスお姉様から作られた大剣霊なんですよ?」

 だから、知る筈も無い。
『人としての在り方』なんて、知る筈も無いのに。

「なのにどうして、流れ込んで来るの……っ!!」

 身に覚えの無い筈の、温もり。聞き覚えの無い筈の、呼び声。
 どこまでも白く燃える世界は、ルメリアにルメリアたる記憶を断片的に見せていた。

『いい加減、貴女は自らの力で羽ばたく時を迎えなくてはならない。……その翼を、わたくしが授けてあげる』

 白焔世界の中心で、意味不明なことを言うターチス。霊魔『魔虎』と化した彼女のその容貌は、酷く神秘的で、それでいてルメリアが忌み嫌う存在のようにも見えてくる。

「やめてください」

 神。『剣神』。そんな吐き気を催す言葉が、脳内で羅列される。

「そのようなお姿で、ルメの全てを指し示すような真似をどうかおやめくださいっ!」

 生まれて初めてターチスに対して覚えた拒絶感、嫌悪感。
 そもそも、その生まれた瞬間すら、記憶の彼方から別の記憶——本来のそれへと歪曲しつつある。

 そもそも。
 ルメリアは、心のどこかで思ってしまっている。

 ターチスが霊魔になってまで放つこの白い世界は、『滅悪』の術式に則り、ルメリアにありのままの全てを見せているのだと。

 だがそれは、まるでルメリアの今まで積み重ねてきた努力が、歩んできた道のりが、残してきた軌跡が。
 全て『悪』で『偽り』であるかのようにも思えて。

『貴女は、本当の貴女を知るべきよ』

 無情に、鈴音が響く。
 ルメリアは、叫んだ。

「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 世界が、真っ白に、瞬く。



 あの日、ターチスは自分の後継者を探していた。悠久の時とまではいかないが、少なくとも人間よりは遥かに長い時を生きてきた彼女にって、老衰や病は敵ではない。しかし、大剣霊としての『機能』はいつ失われてもおかしくない状況だった。

 ちょうど、その末路を辿って朽ちた大剣霊が一人、居たから。その発端が、当時世界全体を巻き込んで起こっていた国家間同士の戦だ。

 ——『第五次魔裂大戦』。

『バーフェナ界』に生きる者にとって、『魔裂大戦』の名は誰もが知る災厄であり、教養として必ずその歴史的背景を教わることとなる。

 その名の通り、『魔法』という統一上にあった文明がいくつかの国家に分裂され、魔法という技術と法律さえも、国家ごとに特色を変えて異文化となってしまった悲劇を示している。

 その大戦が終息した直後に、先代の『節制』の大剣霊が『消滅』したという報告がオーディア国内に知れ渡った。

 ターチスは、自分の後継者を探していた。しかし、彼女には次代の『節制』を探せという命令も下っていた。

 命令の主は当然、現国王。
 それも、歴代最強にして最優と謳われ、歴代初ともなる女王だった。そして、ターチスは、その女王のことを嫌悪していた。

 人としての感情があるにも拘わらず、まるで『正義』の大剣霊のような合理性の権化。それでいて、民も血統も魔剣も国家も世界も、自分という存在を象るがためだけに存在しているとみなし、盤上の駒を弄ぶかの如く世の中を動かす才人。

 そんな彼女を忌み嫌っているから、ターチスは大剣霊となり得る人材を見つけても、こっそり自らの後継者として仕立て上げようかと思っていたのだ。

「絶対にわたくしのような優秀且つ絶世の美女の見つけてやりますわ。女王なんかあっかんべーよ!」

 そんな子供じみた意地を豊かな胸に込めたターチスは、ふと何気なく、人気のない路地へ足を踏み入れた。

 そこで待っていたのは、白いローブにくるまれて地面に投げ出されていた、まだ二歳かそこらの子供だった。

 白髪に夕焼け色に煌めく瞳、白磁のように透き通った素肌——そして、手の内で弄ぶ氷の魔剣。

「この子だ」

 ターチスは、反射的にそう確信した。

 白く可憐な赤ん坊。その子の未来を、ターチスは数か月ごとに想像し、フィルムをコマ送りにするかのように何十年、何百年も先まで見据え、

「決めたわ。貴女、わたくしの子になりなさい」

 傍からすれば随分と大きく誤解をされそうな言葉で『純潔』の大剣霊は白き神童へ手を伸ばし、

「やだー」

 こちらを見もしないで振るった氷剣によって手首を斬り落とされ、呆気なく拒絶されたのだった。
 ターチスは、一拍遅れて噴き出した血しぶきを無表情に見つめると、

「あら。あらあら。あらあらあらあら。とてもとても生意気なガキね」

 白焔を瞬かせ、すぐさま手首を爪の先まで再生し、そのまま炎で赤ん坊ごと包み込んだ。

「——?」

 流石の神童も、状況のイレギュラーさを理解したらしい。いかに『剣神ノ子』とはいえ、大剣霊や女王、その懐刀である側近部隊『オーケスタル』クラスの相手と対峙すれば、流石に警戒はする。

 もっとも、それは『どう戦うか』ではなく、『どう斬り捨てるか』という、勝利前提の思考なのだが。

 そしてこの赤ん坊は、僅か二歳にしてその考えに若干の慢心がふくまれているのではないかということも知り得ていて、

「そういうわけで、『剣神ノ子』——ルメリア・ユーリップ。お前の全力を見てやるから、お前も全力でわたくしにかかってきなさい。……殺す勢いでね」

 その瞬間。
 紫紺に煌めく結界が路地裏から町中へと展開され、

「こ、ろ、す……?」

「ええ。わたくしもそうするから」

 無数の白い炎弾と、それに呼応してひとりでに放たれた無数の黒い氷弾が衝突し合い、けたたましい轟音を響かせた。

 僅か二歳の『剣神ノ子』と『純潔』の大剣霊による、神話級の戦争のゴングが鳴った。
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