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現界ノ章:SECTION2『ルメリア襲来編』
EP:SWORD 039 壊想
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白い太陽と黒い隕石。
その太陽は悪しきを焦がし、その隕石は万象を壊す。
徐々に肥大化していく白焔の球体を片手の指先に従える『純潔』の大剣霊は、隕石——黒氷の塊を両手で現出させている『節制』の大剣霊に問う。
「ところで貴女は今、『正常な』貴女なの?」
桃髪と白焔のドレスを大気圏で靡かせるターチスに、ルメリアは形のいい眉をしかめて答える。
「何を仰っているのか、全くもって意味が分かりません。ルメはいつだって、正常……誠心誠意、正々堂々、ターチスお姉様を愛しております」
「そう、そうそうそう。なら、話は早いわ。こんな下らない茶番、このわたくしが今すぐにでも終わらせてあげる」
「下らない茶番、ですか。確かに、お姉様にとってはその程度のことでしか無いのでしょうね、この逢瀬は。……でも」
歯軋りが聞こえた。その直後には既に、ルメリアは茜色よりも一段と濃い闇に彩られた上空に居た。ターチスよりも遥か上空、それも、人類が何らかの手段を用いらなければ生きて到達ないし通過することが出来ない大気圏の、さらに上。
そんな暗黒に近い世界で、無垢を示す白髪の白磁の肌、そして黒氷で象られたドレスは神々しく見える。
そして、点々と煌めく星々と壮大なる宇宙を背後に従えて、ルメリアは、より一層肥大化した黒氷の塊を両手で押し上げて頭上で構え、
「ルメにとっては、この時間すら甘美なひと時。だから、受け取って下さい。この、どこまでも大きく限りない愛情の塊を……っ!」
白い素肌が火照り、甲高い金属音が微かに響いた刹那。
破壊の権化が。
漆黒の氷弾が。
まさに隕石のような形で地上に降り注いだ。
だが当然、その射線上にはターチスが顕現させた白き太陽があって。
「はぁ。まったく、貴女は本当に手が焼ける妹分ですわね」
溜息を零し、しかし彼女の表情はまんざらでもないといった様子で。微笑で緩んだ口元をターチスは舌なめずりし、指先の集約されている巨大な太陽を瞬かせる。
空が、世界が、二色に染まった。
その直後には、既に。
隕石と太陽が、激突していた。
音と色は消え、それなのに無形の感覚が二人の大剣霊を襲う。モノクロに染まった世界は獰猛に荒れ狂い、衝突の余波がどれだけ地上に響くのかも分からない。
もっとも、ここは『剣ノ刻限』の結界範囲内で、現実世界にこの災厄の影響が齎されることは無い。
だが、しかし、それでも。
複製された無人世界だとしても、二人の大剣霊による全開の衝突の影響には目を覆いたくなるものがあった。
例えば、今この瞬間に起こった衝突。
その影響で、東京の半分が陥落していた。そしてそれは主に、黒く霧散していくことによるものだった。
ターチスはその有様を認めると、天使が持つ様な一対の翼を広げて噴煙を払い、夜空を滑空しながら笑み共に言う。
「『節制』の霊位を冠しておきながら、この有様。中々皮肉なものね、ルメリア」
ターチスが彼女の名を呼んだ途端、大気が凍てつき、夜空よりも黒々と染まっていった。
白焔の使い手がその剣霊術を放つよりも早く、ほんの一瞬で、黒氷が辺り一面を支配する。
しかし、厳密に言えば、それは凍結が周囲へ波紋したのではなく、無数の氷塊が瞬時に形成されるという現象によるものだった。
それを示すのは、数え切れない程に量産された『四角い氷塊』の群れ。
その中に、幾つかの人体の破片があった。
ある氷塊には『指』。
ある氷塊には『髪の毛』。
ある氷塊には『眼球』。
ある氷塊には『足首』。
ある氷塊には『首』。
ある氷塊には『腰』。
ある氷塊には——、
「くふ、くふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……っ」
少女の静かな笑い声が、黒く凍てついた夜空の下で響き渡る。
「ターチスお姉様の『全部』、このルメが冷凍保存いたしましたぁ。『壊死』の術式についてはご安心下さいませ。ルメが微細な調整を施したため、色は黒くても術式は発動しないようになっています。これからは、一部位ごとにルメがきちんと愛でて、舐めて、食べてさしあげますので……」
夕焼け色の瞳を淫靡に細め、恍惚とした表情でそう語ったルメリアを。
一陣の熱風が八つ裂きにし、轟音と共に無数の氷塊諸共、あっという間に爆ぜさせた。
それと共に、低い笑い声が空中に木霊する。
魔女のような、悪魔のような、高慢で高飛車な女の笑い声。
「わたくしの記憶では、ルメリア。貴女の力は『この程度のもの』はなかった筈なのだけれど」
聖火を両手に灯した女神が、爆炎の渦中で照り輝いて佇んでいた。
指先だけではなく、両の五指それぞれに白焔を灯し、細い光の柱を形作っている。
「憐れなルメリア。己の欲に囚われてしまったが故に本来の力を引き出せず、あまつさえ、なけなしの剣霊術を師であるわたくしにしか刃を向けられないなんて」
まるで心底からそう思っているかのようにそう呟いたターチス。
大剣霊というその超常めいた力と存在ゆえに、永絆や蓮花、愛火を始め、人々は彼女達をどこか完成された存在として見ているが、実際のところは少し違う。
ターチスもルメリアも、『人としての思考・思想』を組み込まれていることに触れれば、普通の人間と何ら変わりないのである。
故に、
「——どうして」
いたいけな少女が嘆くように問いかける。
「本当に、どうして……どうして、お姉様は分かってくれないのですかっ。どうして、お姉様はルメの全てに応え、受けいれてくれないのですかっ!」
黒き氷の衣装をまとった少女は、三度その身を世界に晒す。ただ、その容貌は今までと少し違っていた。
蝶が持つような羽がはためき、それに加えて竜の尻尾が二本蠢いているのは『霊魔』をその身に宿して扱っている本来の姿ではあるが。
額から角のように、背中から骨のように、五指から爪のように。
黒くありきたりな、それでいて十字架を模した『剣』が、色々な部位からその姿を晒していた。
ターチスは、にやりと口角を釣り上げながら言った。
「ようやく発揮し始めたわね。——『剣神ノ子』。その力の極一部分だけれど」
そうして白焔燃え盛る両手をルメリアに向けた矢先、
「そのような名前、ルメは知らない」
ルメリアの残像、その指先の剣が、ターチスの指先の炎柱と交錯していた。
「……っ!」
同じ大剣霊ですら簡単では目で追えない、その速度、迸る冷気と霊気。しかし同時に、ターチスは全て理解していた。
今対峙しているのが、この『残像』だという事実。そこから導き出される結果はただ一つ。
「わたくしも、残像……?」
「流石、ターチスお姉様です」
時が巻き戻るような。いやもっと正確に言えば、音すら置き去りにして時が記憶もろとも、流転していくような感覚。
その先には、どこかの空の上でターチスがルメリアの剣爪に貫かれている光景があった。空間が歪み、景色が千切れるような情報の錯綜。
一拍遅れて、最初の残像がコマ送りのようにターチスとルメリアの現在地に帰結していく。
ルメリアはただ、ターチスに斬りかかって彼女を貫いただけだ。
だが、その速度と威力があまりにも桁外れだった。
「ご、ぱ……っ」
大量の鮮血を桃色の唇から吐き出すターチスの頬を、ルメリアは剣の爪で撫でながら静かに微笑む。
「ターチスお姉様が仰っていた意味が、ようやく分かりました」
ルメリアは、頬を剣爪で浅く裂かれて滴り落ちる鮮血をターチスの白磁の素肌ごと舐め取りながら、熱い吐息と共に続ける。
「わたくしは、ターチスお姉様のモノとなるべくして生まれ、貴女をこの手で殺すために研磨を積み重ねてきた存在」
真っ赤な舌は徐々に深くなっていく切り口を生き物のように這い、血と共に肉を撫でていく。
「ルメは、そのために完成された存在」
己の生き方を、生きる意味を、ルメリアは完全に自覚した。その瞬間、スイッチが切り替わったような音を、彼女は聞いていた。
そして、ルメリアは自分自身の全てを把握し、掌握出来たと自覚したその時。
世界が、黒く染まった。
夜空よりも濃い暗黒が、凍結という現象を孕んで夜を覆っていく。それは地上も同じだった。眼下に建ち並ぶビル群が、高々と聳える鉄塔が、全て黒く凍っていく。
勿論、あくまで『剣ノ刻限』の中であるこの世界に一般人は居ない。しかし、だからといって、このままみすみす黒い大寒波を野放しにすれば、いつしか結界すら破壊して現実世界に甚大な被害が及んでしまうだろう。
「あはっ」
黒く凍り、いずれ壊死する世界の行く末を。
ルメリアはただ、笑顔で見守っていた。自分が持つ真の力はこれほど美しいのかと。そんな、今までにない胸の高鳴りに身と心を委ねて。
だが同時に、それは盲目でもあった。
「お姉、様……?」
ターチス・ザミの姿が、どこにも無かった。彼女の頬から垂れていた鮮血、彼女が吐いていた血、彼女が発していた白焔——そのどれもが跡形も無く消えていた。
まさか、と。
ルメリアは直感した。まさか、ターチスは既にこの漆黒の終焉に飲まれてしまったのではないかと。
『——「昔」を思い出すわね。まったく』
途端、どこからか消えた筈のターチスの声が降り注いだ。
ルメリアは反射的に、真上を見上げる。
そこには確かに、彼女の姿があった。
「そのお姿は……なるほど、いいです。いいですとも。ルメの本気に、あなたは全力で応えてくれる……そういうことですよね!」
黒く凍てついた世界を打ち壊すように、ひび割れた景色に気高き白を従えてその存在は降臨していた。
天輪を冠し、鋭い端正な顔を持ち、天使の如く翼をはためかせる純白の剣霊獣——『白焔の魔虎』。
『霊魂』を宿す器が死した直後にのみ顕現するその存在、そのシステムは、大剣霊として最上且つ最強の力を発揮する。
『少し、物思いに耽りつつ……』
凛とした音色でそう言うのを聞いたルメリアは、流れる様な動作で黒空に無数の氷弾を生じさせ、
『貴女が抱く間違った全てを正しましょうかしら』
壊死の凍結をものともせずに、世界を白き炎で包み込んだのだった。
その太陽は悪しきを焦がし、その隕石は万象を壊す。
徐々に肥大化していく白焔の球体を片手の指先に従える『純潔』の大剣霊は、隕石——黒氷の塊を両手で現出させている『節制』の大剣霊に問う。
「ところで貴女は今、『正常な』貴女なの?」
桃髪と白焔のドレスを大気圏で靡かせるターチスに、ルメリアは形のいい眉をしかめて答える。
「何を仰っているのか、全くもって意味が分かりません。ルメはいつだって、正常……誠心誠意、正々堂々、ターチスお姉様を愛しております」
「そう、そうそうそう。なら、話は早いわ。こんな下らない茶番、このわたくしが今すぐにでも終わらせてあげる」
「下らない茶番、ですか。確かに、お姉様にとってはその程度のことでしか無いのでしょうね、この逢瀬は。……でも」
歯軋りが聞こえた。その直後には既に、ルメリアは茜色よりも一段と濃い闇に彩られた上空に居た。ターチスよりも遥か上空、それも、人類が何らかの手段を用いらなければ生きて到達ないし通過することが出来ない大気圏の、さらに上。
そんな暗黒に近い世界で、無垢を示す白髪の白磁の肌、そして黒氷で象られたドレスは神々しく見える。
そして、点々と煌めく星々と壮大なる宇宙を背後に従えて、ルメリアは、より一層肥大化した黒氷の塊を両手で押し上げて頭上で構え、
「ルメにとっては、この時間すら甘美なひと時。だから、受け取って下さい。この、どこまでも大きく限りない愛情の塊を……っ!」
白い素肌が火照り、甲高い金属音が微かに響いた刹那。
破壊の権化が。
漆黒の氷弾が。
まさに隕石のような形で地上に降り注いだ。
だが当然、その射線上にはターチスが顕現させた白き太陽があって。
「はぁ。まったく、貴女は本当に手が焼ける妹分ですわね」
溜息を零し、しかし彼女の表情はまんざらでもないといった様子で。微笑で緩んだ口元をターチスは舌なめずりし、指先の集約されている巨大な太陽を瞬かせる。
空が、世界が、二色に染まった。
その直後には、既に。
隕石と太陽が、激突していた。
音と色は消え、それなのに無形の感覚が二人の大剣霊を襲う。モノクロに染まった世界は獰猛に荒れ狂い、衝突の余波がどれだけ地上に響くのかも分からない。
もっとも、ここは『剣ノ刻限』の結界範囲内で、現実世界にこの災厄の影響が齎されることは無い。
だが、しかし、それでも。
複製された無人世界だとしても、二人の大剣霊による全開の衝突の影響には目を覆いたくなるものがあった。
例えば、今この瞬間に起こった衝突。
その影響で、東京の半分が陥落していた。そしてそれは主に、黒く霧散していくことによるものだった。
ターチスはその有様を認めると、天使が持つ様な一対の翼を広げて噴煙を払い、夜空を滑空しながら笑み共に言う。
「『節制』の霊位を冠しておきながら、この有様。中々皮肉なものね、ルメリア」
ターチスが彼女の名を呼んだ途端、大気が凍てつき、夜空よりも黒々と染まっていった。
白焔の使い手がその剣霊術を放つよりも早く、ほんの一瞬で、黒氷が辺り一面を支配する。
しかし、厳密に言えば、それは凍結が周囲へ波紋したのではなく、無数の氷塊が瞬時に形成されるという現象によるものだった。
それを示すのは、数え切れない程に量産された『四角い氷塊』の群れ。
その中に、幾つかの人体の破片があった。
ある氷塊には『指』。
ある氷塊には『髪の毛』。
ある氷塊には『眼球』。
ある氷塊には『足首』。
ある氷塊には『首』。
ある氷塊には『腰』。
ある氷塊には——、
「くふ、くふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……っ」
少女の静かな笑い声が、黒く凍てついた夜空の下で響き渡る。
「ターチスお姉様の『全部』、このルメが冷凍保存いたしましたぁ。『壊死』の術式についてはご安心下さいませ。ルメが微細な調整を施したため、色は黒くても術式は発動しないようになっています。これからは、一部位ごとにルメがきちんと愛でて、舐めて、食べてさしあげますので……」
夕焼け色の瞳を淫靡に細め、恍惚とした表情でそう語ったルメリアを。
一陣の熱風が八つ裂きにし、轟音と共に無数の氷塊諸共、あっという間に爆ぜさせた。
それと共に、低い笑い声が空中に木霊する。
魔女のような、悪魔のような、高慢で高飛車な女の笑い声。
「わたくしの記憶では、ルメリア。貴女の力は『この程度のもの』はなかった筈なのだけれど」
聖火を両手に灯した女神が、爆炎の渦中で照り輝いて佇んでいた。
指先だけではなく、両の五指それぞれに白焔を灯し、細い光の柱を形作っている。
「憐れなルメリア。己の欲に囚われてしまったが故に本来の力を引き出せず、あまつさえ、なけなしの剣霊術を師であるわたくしにしか刃を向けられないなんて」
まるで心底からそう思っているかのようにそう呟いたターチス。
大剣霊というその超常めいた力と存在ゆえに、永絆や蓮花、愛火を始め、人々は彼女達をどこか完成された存在として見ているが、実際のところは少し違う。
ターチスもルメリアも、『人としての思考・思想』を組み込まれていることに触れれば、普通の人間と何ら変わりないのである。
故に、
「——どうして」
いたいけな少女が嘆くように問いかける。
「本当に、どうして……どうして、お姉様は分かってくれないのですかっ。どうして、お姉様はルメの全てに応え、受けいれてくれないのですかっ!」
黒き氷の衣装をまとった少女は、三度その身を世界に晒す。ただ、その容貌は今までと少し違っていた。
蝶が持つような羽がはためき、それに加えて竜の尻尾が二本蠢いているのは『霊魔』をその身に宿して扱っている本来の姿ではあるが。
額から角のように、背中から骨のように、五指から爪のように。
黒くありきたりな、それでいて十字架を模した『剣』が、色々な部位からその姿を晒していた。
ターチスは、にやりと口角を釣り上げながら言った。
「ようやく発揮し始めたわね。——『剣神ノ子』。その力の極一部分だけれど」
そうして白焔燃え盛る両手をルメリアに向けた矢先、
「そのような名前、ルメは知らない」
ルメリアの残像、その指先の剣が、ターチスの指先の炎柱と交錯していた。
「……っ!」
同じ大剣霊ですら簡単では目で追えない、その速度、迸る冷気と霊気。しかし同時に、ターチスは全て理解していた。
今対峙しているのが、この『残像』だという事実。そこから導き出される結果はただ一つ。
「わたくしも、残像……?」
「流石、ターチスお姉様です」
時が巻き戻るような。いやもっと正確に言えば、音すら置き去りにして時が記憶もろとも、流転していくような感覚。
その先には、どこかの空の上でターチスがルメリアの剣爪に貫かれている光景があった。空間が歪み、景色が千切れるような情報の錯綜。
一拍遅れて、最初の残像がコマ送りのようにターチスとルメリアの現在地に帰結していく。
ルメリアはただ、ターチスに斬りかかって彼女を貫いただけだ。
だが、その速度と威力があまりにも桁外れだった。
「ご、ぱ……っ」
大量の鮮血を桃色の唇から吐き出すターチスの頬を、ルメリアは剣の爪で撫でながら静かに微笑む。
「ターチスお姉様が仰っていた意味が、ようやく分かりました」
ルメリアは、頬を剣爪で浅く裂かれて滴り落ちる鮮血をターチスの白磁の素肌ごと舐め取りながら、熱い吐息と共に続ける。
「わたくしは、ターチスお姉様のモノとなるべくして生まれ、貴女をこの手で殺すために研磨を積み重ねてきた存在」
真っ赤な舌は徐々に深くなっていく切り口を生き物のように這い、血と共に肉を撫でていく。
「ルメは、そのために完成された存在」
己の生き方を、生きる意味を、ルメリアは完全に自覚した。その瞬間、スイッチが切り替わったような音を、彼女は聞いていた。
そして、ルメリアは自分自身の全てを把握し、掌握出来たと自覚したその時。
世界が、黒く染まった。
夜空よりも濃い暗黒が、凍結という現象を孕んで夜を覆っていく。それは地上も同じだった。眼下に建ち並ぶビル群が、高々と聳える鉄塔が、全て黒く凍っていく。
勿論、あくまで『剣ノ刻限』の中であるこの世界に一般人は居ない。しかし、だからといって、このままみすみす黒い大寒波を野放しにすれば、いつしか結界すら破壊して現実世界に甚大な被害が及んでしまうだろう。
「あはっ」
黒く凍り、いずれ壊死する世界の行く末を。
ルメリアはただ、笑顔で見守っていた。自分が持つ真の力はこれほど美しいのかと。そんな、今までにない胸の高鳴りに身と心を委ねて。
だが同時に、それは盲目でもあった。
「お姉、様……?」
ターチス・ザミの姿が、どこにも無かった。彼女の頬から垂れていた鮮血、彼女が吐いていた血、彼女が発していた白焔——そのどれもが跡形も無く消えていた。
まさか、と。
ルメリアは直感した。まさか、ターチスは既にこの漆黒の終焉に飲まれてしまったのではないかと。
『——「昔」を思い出すわね。まったく』
途端、どこからか消えた筈のターチスの声が降り注いだ。
ルメリアは反射的に、真上を見上げる。
そこには確かに、彼女の姿があった。
「そのお姿は……なるほど、いいです。いいですとも。ルメの本気に、あなたは全力で応えてくれる……そういうことですよね!」
黒く凍てついた世界を打ち壊すように、ひび割れた景色に気高き白を従えてその存在は降臨していた。
天輪を冠し、鋭い端正な顔を持ち、天使の如く翼をはためかせる純白の剣霊獣——『白焔の魔虎』。
『霊魂』を宿す器が死した直後にのみ顕現するその存在、そのシステムは、大剣霊として最上且つ最強の力を発揮する。
『少し、物思いに耽りつつ……』
凛とした音色でそう言うのを聞いたルメリアは、流れる様な動作で黒空に無数の氷弾を生じさせ、
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