冥剣術士ナズナ

アオピーナ

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現界ノ章:SECTION2『ルメリア襲来編』

EP:SOWRD 031 氷の牢獄に立ち入る者

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 ターチスの鼻を掴んだまま、ルメリアは一度顔を離して残忍な笑みを浮かべて言う。

「お姉様に猶予を与えます。ルメしかいらないと答えてくれたら、あなたの首は自由にします。でもその代わり、今後一切の呼吸はルメのお口の中でしてもらいます。また、ルメしかいらないと答えてくれなかった場合は、今すぐあなたの首をへし折ると同時に氷の拘束に壊死の術式を打ち込んで四肢を粉砕します。でも大丈夫です。『霊魂』を取り逃がさないようにしておきますので、一生ルメの手厚い看病を受けながらルメと楽しく過ごせますから。この氷の屋敷の中で、一生、悠久の時を、この可愛い可愛い妹分のルメと共に……。あ、でもでも、その場合はターチスお姉様がルメのことをルメ姉様と呼んで下さいね。ルメ姉様……ああっ、なんていい響き……! 勿論、拒否権はありませんっ。だって、お姉様の舌も既にルメの支配下にあるのですから! ああ、しかしどうしましょうっ。これをターチスお姉様が言ってくれる日が来たなら、ルメはもう、嬉しさのあまり昇天しそうです……っ!」

 自分に都合の良いことを、自分で作り出した世界に浸って周囲に押し付ける。それが、狂愛者と化したルメリアの壊滅的な思想であり、価値観であり、人生観だ。
 その恐ろしさたるや、ターチスは既に誰よりも鮮明に知り得ていた。

 だからこそ、ターチスは。

 ルメリアの姉として、師として、彼女に生き方を教えた者として、その責務を果たさなければならない。

『――だったら、勝手に昇天してしまえばいいじゃない』

 聞こえる筈の無い声が、氷の牢獄に木霊する。

「ターチスお姉様の、お声……」

 重度のトリップ状態から我に返ったルメリアは、鼻と首を掴まれ、舌までも凍らされていて声すらまともに発することが出来ない筈のターチスを確認し、首を傾げる。

 だが、遅れてようやく気付く。これはターチスが霊力を使って見せている幻覚、幻聴のようなもの。しかし、とルメリアは思案する。

「ターチスお姉様の霊力は、ルメがきちんと削いだ筈……」

 昨晩の学校での攻防、そして今も、彼女の霊力を勝手に使って剣霊術である『白焔』を松明に灯し、それをこの氷牢を始めとした屋敷中に散りばめているため、そもそも満足に霊力を使える筈が無いのだ。
 なのに、

『いい加減、お前のその「拙い演技」は飽きたのよ。本当は何をどうすればいいか、それこそ、「正義」のリンドゥ・ミレー以上の合理的判断と「慈愛」のセチア・ディーニ以上の信仰力を発揮できる筈のお前なら』

「なにを、言っている……のですか?」

『分からない? ルメリア・ユーリップ……お前はこのわたくしとは違い、初めから完成されていた存在なのよ。わたくしのような、ターチス・ザミのような劣化版と違ってね』

「そんな筈、ありません……」

 理解に苦しむ言葉の連続に対し、ルメリアはターチスの鼻と首から手を離して両手で頭を抱え、左右に激しく振る。

「ルメが完成されていたなどっ! お姉様が劣化版であるなどっ! そんなことはございませんっ! だって、ルメはあなたに救われた……あなたに、生き方を、生きる意味を、生きる理由を教えてもらった! ルメは、ルメは……っ」

 眼下にて、舌を凍らせていた氷が溶け、鼻と首も自由になって盛大に咳き込んでいるターチスに目もくれず、ルメリアはただ頭を抱えて悶えていた。

「違う、違う違う違う違う!! これは、ルメじゃないっ! こんな光景を、記憶を、経験を、ルメは何一つ知らないっ! ルメは、お姉様から作られたんだっ! お姉様から魂を授かったんだっ! だから、こんな……『出来損ないの家族』だなんていう幻覚は何一つ知らな——」

 嵐が渦巻き、割れそうな頭。そこにふと、一筋の光が差した。氷が音を立てて割れるように、ビキビキと音が響く。
 やがて明滅していた視界がもとに戻り、何が起こっているのかを知る。

「…………」

 右目に、穴が空いていた。

 それを血走った左目をギョロリと動かして確認したのち、身体や部屋中に無数の穴が空いていることに気付く。

 ルメリアはターチスの腹に降ろしていた腰を上げ、ベッドの上から飛び降りて氷牢の中を見渡す。

「……なるほど」

 破損した右目と周りの削れた部位を、黒い氷を走らせてから元に修復すると同時。

 ——牢獄の中を満たしている『濃密な霧』で、全てを察した。

「げほっ、ごほっ……どうやら、来たようね。あの、やさぐれ魔剣使い」

 未だベッドで拘束されながら咳き込んでいたターチスは、面白おかしくそう言って、瞳だけを動かしてルメリアを見、

「さあ、どうするのかしら? 『節制』の大剣霊」

「……っ」

 寸前のところで思い通りにならない状況に歯噛みしつつ、だけれど一度取り逃がした不穏分子がまさか自分達からのこのこと死にに来るという好機に笑みを浮かべ、ルメリアは氷牢の扉を開けると、

「ターチスお姉様はそのままそこで待っていて下さいね。ルメはすぐに戻りますから」

 そう言い残し、氷の牢獄を後にして薄暗い廊下を進んでいく。右目やその周り、身体に受けた傷も、既に癒えていた。

 霊力はもはや万全に近い。これならば、余興程度にしか足り得なかった先程の氷像とは比べ物にならない程の力を発揮できる。

「目障りな虫共め……お前達とお前達が大切に思うもの、全てぶっ壊してやるです」

 そう言うや否や、ルメリアは早速、氷漬けの開けた広間で一人の侵入者と対峙する。

「何度もピンポンしたけど出てこないから上がってきちゃった。もしかして、愛しのターチスお姉様とおせっせしててご多忙だったかな? だとしたらメンゴね」

 耳障りな声音。挑発的な態度。

 その癖、昨晩の戦いではナズナの影に隠れながら怯えていた弱者。しかし先程は妙に魔剣を使いこなし、遣わした使い魔もあっという間に倒していた。

 学校の制服に身を包んだ、赤みがかった髪を首筋まで伸ばして満面の笑みを浮かべて佇む少女。

 確か、名は——、

「――あたしは片喰蓮花。どう? この際、試してみない? 互いに狂おしい程愛する相手が居る者同士、どちらの愛が『本物』なのかってのをさ」

 意味不明な口上を切って、鋼鉄が渦を巻く魔剣を顕現させた少女に対し、ルメリアは、

「あは、あはっはははははっ!! ゴミ虫がぎゃーぎゃーうるさいですよ。ルメはとっくに怒っているんです。八つ当たりしても……いいですよね?」

 悲鳴のような甲高い音を立てて、ルメリアの周囲と屋敷が無数の氷の棘を形成していく。
 そして、氷が一つ一つ、夜を迎えた空のように黒く塗られていくのを見て、レンカと名乗った少女は不敵に微笑んだ。

「無駄に氷が多いなぁ……」

 レンカは渦を巻く魔剣を切っ先から濃霧を発する。
 確か、剣名は『アヌ・ヤツフェム』。『冥位魔剣』に含まれる一本だ。

「しかしそんな猪口才な剣一本で、この『節制』の大剣霊ルメリア・ユーリップに勝てると思っているのなら、慢心もいいところ!」

 ルメリアは背後からも幾つかの巨大な氷弾を発生させ、手のひらをレンカに向ける。

「いやいや、あたし如きが一人であんた様に勝てる訳が無いじゃないですか、やーだー……でもその代わり、そのおっかない氷たちはかき氷にして平らげてやるけどね」

 彼女がぺろりと舌なめずりした直後、濃霧が、炸裂する。霧中で斬撃を繰り出す、厄介な剣能を持つ魔剣。

 だがしかし、たとえどれほど強力な剣能でも、幾つもの魔剣を知り得ている大剣霊にとっては強敵になる筈も無く。

 ましてや、あのロユリが絡んでいるともなれば、ルメリアが把握していない訳がない。

「他の二人もすぐに見つけ出し、特にあのナズナとか言う女狐はすぐに殺して『冥剣』は永遠に溶けない氷塊の呪縛の中に放り込む。そして、死ぬよりも遥かに辛く苦しい目に遭わせながら、奴の目の前でルメがターチスお姉様を存分に堪能するのです……っ」

「うひゃあ、そこまで来ると流石に引くね」

「黙れ、下等で下劣な人間が! 今ここで、その醜く腐った骨肉を晒してばらばらに冷却してやりますよ。まあ、すぐに壊れて消えてしまうけれど」

 両者共に、絶妙な間合いをとって相対する。
 だが、張り詰めた空気、均衡はすぐに解かれ、

「霧斬りアイリス……っ!」

「剣霊術第三術式項……」

 二者、動く。

 霧と氷が、狂乱を始める。

「剣能発動『斬り霧の舞い』!!」

「――『全てを壊す黒き氷弾《リボル・ブリザッデ》』」

 濃霧と、無数の氷弾が衝突する。

 一体の大剣霊と一人の魔剣使いの剣舞が、幕を開けた——。
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