冥剣術士ナズナ

アオピーナ

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現界ノ章:SECTION2『ルメリア襲来編』

EP:SOWRD 027 無茶と無理、それを重ねる女への鉄槌

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 破壊の権化の魔の手から一時的に逃れた三人の女達は、ある場所に転移を終えたばかりだった。

 学校。
 昨晩、蓮花が菊田航太を再起不能に追いやり、永絆が藤実剛志をヴァージで捕食し——狂人ルメリアが襲来してターチスが連れ去られた場所。

『剣ノ刻限』が展開されていなくとも、今日は運よく学校関係者でさえ誰も居なかった。
 
 蓮花を虐めていた三人の女生徒に引き続き菊田も重傷を負い、そのクラスの担任である藤実の消失などといった事件が相次いで起こったことから警察の動きがあるのではと永絆は思っていたが、その影も丸っきり見当たらなかった。

 まるで、あの剣戟の夜と現実世界での出来事が乖離してしまっているかのように。

 しかし、何はともあれ。

「——だっはぁぁ……っ!」

 命からがら狂人の魔の手から逃れた功労者である永絆は、漆黒の大剣を杖代わりについて昇降口前の階段にどかっと腰を下ろしていた。
 息遣いが荒いのは、それだけ魔気と体力を使ったことの表れである。

「ありがと……ナズ姉。ナズ姉の機転が無ければ、今頃あたしたちは瓦礫と一緒に壊されてた」

 蓮花は柔らかな声音でそう言って、永絆の隣に座りながら彼女の背中をさすっている。

 その傍らで、愛火は永絆に心配げな眼差しを向けていた。蓮花は、今度は永絆の肩を抱き寄せるや否や胸に抱き収める。

「……悪いな、蓮花。またこんなところに戻ってきちまって」

 蓮花の腕の中で彼女を気遣った謝罪をした永絆に、愛火は俯き、蓮花は一瞬目を見開いたあと、すぐに口元を緩め、

「全然、悪くないよ。……それに、ナズ姉が居てくれたから、この学校も、あたしにとっては少なくとも悪い思い出ばかりじゃなくなったんだよ?」

 そう言って、蓮花は下駄箱を、ガラス張りの扉越しに見遣る。
 
 鈴木由奈の蹴りは痛かった。息の苦しさや肋骨が砕けていないか、その破片が内臓に刺さっていないか不安だったのも本当のことだ。
 
 井口による強制ゲロも、田口の強烈なつねりも、全てが苦しくて痛かった。

 でも、そんな暗い記憶さえも、今なら永絆に会うまでに必要だった道のりとして割り切ることが出来る。そんな心情の変化を、永絆も今の蓮花の声音から感じ取ることが出来て安堵していた。

 永絆は蓮花の抱擁をゆっくりと解き、

「さて、と。蓮花成分を補給できたところで、本題に入らせてくれ」

 寄越した視線に蓮花と愛火は軽く頷き、永絆もまた軽く息を吸って続ける。

「『滅廻』は、だるま落としのようなギミックだと思ってる」

 急にそんなことを言い出した永絆を、蓮花と愛火はポカンと口を開けて同時に見るのだった。
 永絆は笑い出しそうになるのを空咳でごまかし、言葉を継ぐ。

「さっき、私は『滅廻』で『この場に居る事実』を破壊した。すると、普通はアパート前からアパートの部屋の中、そうじゃなくてもその近くには居ないといけないってことになるだろ?」

 自分でも完全には理解できていないこの件を、永絆は熟考しつつ噛み砕きつつ述べていく。

「言われてみれば……」
 
「そうねぇ……」 

 と、蓮花と愛火は息ぴったりに答える。

 永絆は頷き、

「だがどうやら事はそう簡単ではないらしい。そもそも、自分の存在事実を破壊した後に転移する場所がガチャガチャみたいな感じだったら、私はここに来るだろうって確信は持てていなかった。まあ、もしこのシステムがガチャってたんなら、課金次第で場所や威力が選べる仕様になってそうでそれはそれで面白そうだけどな」

 箸休めのつもりで言ったジョークは、ゲームをあまり嗜まない蓮花と愛火にとっては首を傾げる程度のたわごとでしか無く。

 オホン、と永絆はわざとらしく咳払いし、

「要は、カラクリがあるってことだ。愛火さんも私と蓮花の記憶を覗いたから知ってると思うが……昨夜、ちょうどこの学校のこの場所で、私は蓮花と自分に一度ずつ『滅廻』を使った。思い返してみれば、剣能発動後に転移して地点はここではなく上空だった……剣能を使った地点ではなく、だ」

「つまり、『滅廻』で今自分がそこに居るって事実を破壊した場合、次に出現する場所はランダムじゃなくて何かしらの法則があるってこと?」

「流石、ベテラン魔剣使いの愛火さん。多分、そういうことになる。そんで、その法則っていうのはある意味、ゲームのデータセーブと似たようなギミックだ」

 愛火が先に理解し、また彼女の質問が思いのほか永絆の説明を分かり易くしてそのお蔭でようやく理解したことなどなどが悔しかったのか、蓮花は「むむむ」と両方の人差し指でこめかみをぐりぐりし、必死にアイデアを浮かべようとしている。

 そして、驚くことにその努力は実を結びんだ。蓮花は「あっ」と声を上げると、そのまま永絆を真正面から見て、

「そのセーブみたいなことは、ナズ姉が剣能を発動した瞬間に行われる……?」

 降ってきた仮説をそのまま問うた蓮花に、永絆はサムズアップして、

「正解だ」

「わぁーいっ!」 

 小難しい顔から一転、満面の笑顔で飛び跳ねる彼女を永絆と愛火は微笑ましく見つつ、

「その予想が確信に変わったのは、ついさっき、ルメリアの剣霊術によって受けた瀕死の事実を『滅廻』で破壊した時だ。普通なら壊死の事実が破壊されたんだから、肉体が万全になってどこか近くの適当な場所に飛ばされるか、わざわざ転移しなくてもそのままそこに居るままでいい筈なんだ」

「それでも、永絆ちゃんはあの時、ルメリアの背後に……しかも、跳躍した状態で転移した」

 顎に手を添えてそう付け加えた愛火に、永絆は「そ」と頷いて続ける。

「わざわざ背後に飛ばせる意味はどこにあるのか……もっとも、私がルメリアを仕留めやすくしてくれたってんならそりゃあ有難い話だけど、どうやらそういうことではないらしいんだ。……そこで、一つの仮説が浮かんだ」

 永絆は人差し指を立て、

「その時々にヴァージが剣能を発動させた地点が、『滅廻』で存在位置を破壊した際の転移先なんだと思ったわけだ。だから——」

「だからあの時、ナズ姉はルメリアの背後に飛んでたんだねっ。ちょうどその地点はドラゴン狩りの時にあたしと一緒にヴァージでランデブーした場所だったからっ」

 ドヤ顔で述べようとした根拠を蓮花にあっさりと看破された挙句、横取りされ、永絆は「お、おうよ」と微かな動揺を見せながら答える。
 
「この場所で『滅廻』を使った時も、私が最後にヴァージの剣能を使ったのが空中だったから、宙でかっこよく登場したってことになる。そこで、だるま落としだ。ルメリア出現前、そしてドラゴンに向けた『滅喰』……そのさらに前に剣能を発動させたここへの転移。剣能発動最終地点への転移が『滅廻』発動後の法則だとしたら」

 そこで一度区切ると、永絆は階段に立てかけておいた大剣を握り直し、

「こいつの使い方によっては、無敵のルメリア対策とターチス奪還の両方が可能になるかもしれねぇ……それに——」
 
 手札はそれだけではない。永絆は、剣を握る右腕のブラウスの袖を捲り、皮膚に刻まれているそれを二人に見せる。

「それって……」

 蓮花は心当たりのある様子を見せ、

「大剣霊との、契約の証……ね」

 愛火は過去の異世界で見聞きした情報や経験と照らし合わせたのだろう。
 二人の理解の速さを永絆は心強く思い、作戦と呼ぶにはあまりにも単純でリスキーな考えを口にする。

「この刻印を使って、ターチスを見つける。……そんで、『滅廻』を駆使して死を防ぎつつエスケープ地点も確保した後、ターチスに私の魔気の殆どを与えて本領を発揮させる。後は、ターチスが、どうにか……」

 不意に、ぐらっ、と視界が揺れた。

「ナズ姉!」

「永絆ちゃんっ!」

 即座に二人がそれぞれ腕を持ってくれたお蔭で、永絆は地べたに転んで怪我をせずに済んだ。
 しかし、改めて厳しい現実を突きつけられたことも事実だった。

 蓮花と愛火は目配せして永絆を再び階段に座らせ、蓮花は永絆の額に自分のそれを当て、

「……相当、無理してるよね。今だって顔色悪いし、熱だってこんなに……っ」

「私、ハンカチ持ってるから濡らしてくるわ」

 愛火はそう言って、水道がある場所へと足早に向かっていった。

 永絆は、苦しさと情けなさの両方を痛感して頭を抱え、

「ごめんな……これからって時に、私は、こんな体たらくで……っ」

「もう、ネガティブっ。悪い癖だよ?」

 永絆が身体を微かに震えさせているのに気づき、蓮花はすかさず永絆の身体を抱き締める。

 しかし、永絆は荒い息を吐いたまま、どこを見ているのか分からない様子で呟く。

「『滅廻』で、今の状態を破壊すれば、いい……」

「え……?」

「そうだ。そもそも、この剣を使えば……全てがどうにかなる。そうと、きたら……」

 さらに熱を帯びていく永絆の身体と、警鐘を知らせる様に早くなる自身の鼓動。

 蓮花は、悟った。
 今この場で永絆に『滅廻』を使わせてしまったら、取り返しのつかないことになってしまうのではないだろうか、と。

 理科の小さな実験みたいに、永絆が手に握るヴァージがほんの小さな赤黒い雷光を発した。
 今にでも、永絆は剣能を使う気だ。
 そうなる前に、取り返しがつかなくなる前に。

「ヴァージ、『滅廻』……発——」
「ナズ姉」

 自らを破滅に導くその詠唱を、蓮花は永絆の唇に自身の指を捩じ込むことで遮った。

「むぐ……っ!?」
 
 困惑する隙に、蓮花は永絆の口から指を抜いたかと思えばあっという間に押し倒してしまう。

「……っ!」

 双眸に怒りを宿して永絆を地面に押し付ける蓮花。
 そんな彼女に対し、永絆は身体に力を込め、

「蓮、花ぁ……っ!」

 遂に大人としての底力を出して、剣を且つもう片方の手で蓮花の胸元を押し退け、彼女の顔を無理やり離した。

「こんな時に、お前は……っ!」

 依然、馬乗りの状態で永絆の腹の上に乗っている蓮花は、突き飛ばされた両腕をだらりと下げながら、しかし瞳には確かな憤怒を宿して言い返す。

「こんな時、だからこそだよ……ナズ姉は、ついさっきあたしと交わした約束をいとも簡単に破った! あたしは怒ってる! 今、猛烈に怒ってるんだっ! カッコつけてる癖にかっこ悪い、どうしようもないナズ姉に……あんたに、あたしはとてつもなく怒っているっ!」

 気が付けば、ぶら下げていた両手には力が込められ、永絆の両肩の傍に叩きつけられていた。
 そして蓮花の怒声に、永絆は唖然としていた。

 だって。
 だって、永絆は今この状況における最適な判断をした筈だ。最善のルートで目標に到達できる筈なのだ。

 なのに、どうして蓮花は怒っているのか。
なぜ、片喰蓮花は先のように再び、永絆を拒絶しようとするのか。

「私、が……間違っている? いや、そんな筈は無い。間違ってなんかいない、はず……」

「……きっと、ナズ姉は自分でそう思ってるよね……。でもさ、あたしは言ったんだ。あの時、『子供扱いをするな』って。……そりゃあ、この一言だけじゃあ何が子供扱いになるのかなんて察するのは難しいと思うけどさ……」

 やがて、蓮花は地についていた手を永絆の両頬に添え、怒気に満ちた瞳を閉じて胸元に顔を埋めて涙声で続ける。

「自己犠牲が当たり前なのが間違いだってくらいはさ……察して欲しかったな」

 哀しみと、悔しさと、半ば諦めが込められたような音色でそう言われて。

「そんな、ことは……っ」

 無い、なんて言えなかった。

 知らず内に、自分が何でもしなければいけないと。
 自分が動けばどうにかなると。

 勝手に、自分が選ばれた英雄のような気分に浸っていた。
 
「もう一度言うよ、ナズ姉」
 
 蓮花は脱力した永絆の手からヴァージの柄を引き抜いて傍に投げ捨て、虚ろになりゆく永絆の目を真正面から射抜いて言った。

「あたしを、子供扱いしないで。あたしを……一人の女として、それ以上に一緒に戦う仲間として、見て」


 確かな熱を帯びたその言葉を受けて、永絆は——、
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