冥剣術士ナズナ

アオピーナ

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現界ノ章:SECTION2『ルメリア襲来編』

EP:SOWRD 023 異世界帰還者

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 不敵に笑う愛火の指先から発現した光の棒。それが永絆と蓮花に刺さっているという状況について、二人の思考は一瞬停止していた。
 だが、それも束の間で。

「愛火さん……これは、一体どういう……」

 問いかけると同時、別に痛みや苦しみがある訳では無いと気付く。それは恐らく蓮花も同じで、二人は訳も分からずに顔を合わせ、

「ごめんなさぁい。これは別に嫌がらせでも、ましてや蓮花ちゃんへの牽制でも無いの。——二人の魔気や剣能の詳細を確認しておきたくて、ねっ」
 
 ウインクと共に、光の棒は霧散する。そして、確かに、と永絆は一人納得する。

 たった今、愛火が言ったように『何かを覗かれるような感覚』があったのだ。
 しかし、永絆や蓮花はまだそういった芸当が出来る訳では無い。

 であれば、これは四年も前から魔剣を手にしていたという愛火だからこそ出来る熟練の技なのだろうか。

「おおむね、永絆ちゃんがしているであろう推測通りよ」

「……え」

「ふふ、当たってたかしら?」
 
 今度は蠱惑的に笑むと同時に指で顎を上げてくる愛火を、永絆は咄嗟にあしらうことが出来ず、

「うおっほんっ!」
 
 わざとらしく咳払いした蓮花が、その指をミシミシと音が鳴るぐらい強く握り締めて話を元に戻す。

「どうしてアンタがそれを知る必要があったのか、そして何でアンタがターチスさんやルメリアのことを知っているのかを聞いてもいいですか、ねっ!」

 語尻を強く言い放つと共に指を払い、身を乗り出していた愛火は「あららぁ、随分と邪険にされてしまっているわぁ」と指を撫でながら再び腰を落とし、

「ガルルルル」

 蓮花は猛犬の如く愛火を存分に威嚇しながら、永絆にべったりと引っ付いて座り直す。

「うーん……」
 
 自分が当事者であるとはいえ、この険悪なムードをどうにかしたいと考えだしてすぐに、永絆はいくつかの疑問を述べる。

「ぶっちゃけ、愛火さんはどこまで知ってるんです?」

「そうねぇ。例えばそう、『今あなたが持つヴァージちゃんの中に実は「クソ教師」の毒針の魔剣も含まれていて、「ヤリチンドラ息子」が持っていた魔剣は残念ながら行方不明』ということぐらいは知っているわ。あ、因みに元の術士二人の呼び方は二人の記憶をチラ見した時のものをそのままトレースしたものだから、私個人はその二人とは何の面識もないわよ」

 さも当然であるかのように述べられた答弁に、永絆と蓮花は口を開けたまま呆然としていた。そして一拍挟んだ後、永絆は「はぁ……」と嘆息混じりに聞く。

「なるほど、今この瞬間、私達が巻き込まれた面倒事の全てを知られたってわけですね」

「そぉいういうことぉっ。でも勿論、あなた達が知り得ない情報も知っているわぁ……例えば、魔剣使いとしての成長の仕方とか」

「魔剣使いとしての、成長……?」
 
 オウム返しで疑問符を浮かべた永絆に、愛火は「そっ」とスープを一口飲んで唇を湿らせ、

「漫画とかでよくある成長パート。それを魔剣使いである私達が実践するのは案外簡単なのよ」

「今から修行を重ねろと……? でも、愛火さんが今知ったように、私達には時間が無いんです。いや、正確にはルメリアとターチスが霊力の回復にどれだけの時間がかかるか次第なんですけどね」

 言葉に出してより一層高まった不安をはねのけるために、永絆はバターの塗られたトーストを素早く噛み砕いて喉奥に流し込む。
 すると、愛火が何とも無いといった口調で答える。

「今日の夕方あたりじゃないかしら」
「ぶふぉっ!」

 あっさりと返ってきたそれに、永絆は盛大にむせた挙句パンの残りを喉に詰まらせてしまった。

「ちょっ、ナズ姉!? ……もう、何やってんの~っ……ぺろり」

 慌てて蓮花が水を差し出し、汚れた口周りを布巾で拭いていく。そしてどさくさに紛れて唇の周りを舐め取る彼女に対し、愛火は「あらあらぁ」と頬に手を当てて微笑ましそうに言った。

「悪い、思わずびっくりしちまって。……で、愛火さんはどうしてルメリアが動くのが今晩だって分かったんですか?」

「女の勘よ、と言いたいところだけど、実際にはもう既に材料が揃っていたの。……彼女たちがこの世界に訪れたのが昨晩、永絆ちゃんが魔剣を始めて手にしたその十数分前ってことが、あなたたちの記憶から判明した。大剣霊はその性質上、異界に順応するために人間よりも少しばかり時間が掛かるとされているわ。通常の剣霊は二日から五日、そして大剣霊は……」
 
 と、愛火は二人それぞれに目配せし、

「二十四時間。そして今までの時間を差し引けば——」

「つまり、あと五、六時間ぐらいしか無いってことか……」
 
 光明が差したようで、しかしそれはあまりにもか細いものだった。
 それは蓮花も同じ考えのようで、

「そんぐらいしか時間無いの? たった六時間って……ナズ姉との初エッチの目標時間より少ないなんて……」

「いやどんだけハードでスローなのやろうとしてるんだよ。私が持たんわ」
 
「大丈夫よぉ。時間に関して言えば十分な対策が取れるわ。量より質って言うでしょ?」

 愛火の言葉に、永絆と蓮花は再び彼女に顔と耳を向ける。
 当人はトーストを上品にかじって続ける。

「夜、私の店に襲い掛かってきた魔獣の群れ……あなたたちも分かっている通り、恐らくは永絆ちゃんのヴァージちゃんに引き寄せられているんだと思うの。本来なら私や蓮花ちゃんが持つ様な魔剣でも奴らは勘付くや否や引き寄せられて——」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 そこへ、永絆が顎に手を当てて思案げな態度で問う。

「話の論点から少しずれるんですが、ターチスの話が本当なら、八本の『冥位魔剣』と他の下位魔剣がこの世界に散らばったのはごく最近の筈。一、二週間のラグなら蓮花や藤実、菊田のケースがあるから良いにしても……なんで四年も前から魔剣を手にしている愛火さんが魔獣の存在を前々から知っていて——そして何より、どうしてその『冥位魔剣』であろう魔剣を持っていたんですか?」

「————」

 核心に触れる問いに、愛火は一瞬目を見開くと、手に持っていたトーストを皿に置いて目線を下げて沈黙を作った。

 別段、霞咲愛火のことを信用していない訳ではない。
 それどころか、もし仮に彼女が悪党であって、それこそ異世界側のターチスと対立する存在であったとしても、永絆はきっと彼女に切っ先を向けることが出来るかどうかと問われたら、すぐには結論を出せないだろう。
 
 でも。
 今、隣には蓮花が居る。このどこまでも健気で心優しい少女が、永絆の味方でいてくれている。
 だから、永絆は切り込む。まずは、愛火の本性に、斬り込みを入れる。
 
「答えてください。そうしたら、私はようやく、心からあなたを信用できるから……」

 わずかに震え出す手を、蓮花がそっと握ってくれた。柔らかな感触と暖かな温度が伝わり、目線だけで「ありがとう」と礼を言う。

「私は……」

 やがて、愛火が返答を紡ぐ。

 彼女は俯いていた顔を上げ、普段の慈しむようなそれとは打って変わって真剣な眼差しで、永絆と蓮花を真っ向から射抜いて言った。

「——オーディア魔剣響国に、『異邦人』として囚われていたの」

 今度は、永絆と蓮花が驚く番だった。

 そして、愛火は淡々と語り始める。

 異世界で、魔剣術士が蔓延る本場の国で過ごした激動の日々を——。



「これ、は……映像なのか?」

 いつの間にか訪れていた空間。
 暗闇に包まれ、地面は無く身体は浮遊している。

 愛火が何かを紡ぐ同時に放り込まれたこの場所は、一体何を意味するのか。
 そうした自問自答をしていると、

「あれは……ロユリと、ターチス?」
 
 見覚えのある少女たちの姿と、玉座のような荘厳な椅子や部屋が目の前にあった。
 ロユリに関してはそれ以降の夜の激戦時に邂逅を果たしている。だから見間違える筈はないが──、
 
「っ! 愛火、さん?」
 
 程なくして両者の対峙に割って入ったもう一人の女性。服装は向こう側の風土に合ったドレスを着ているが、明らかに霞咲愛火だった。
 そして現れるや否や、ターチスからアイスピックに似た小さな物を渡されて何かを言われている。渡された得物は恐らく、先の夜に彼女が剣能を使っていた魔剣だろう。
 
「ナズ姉……?」

 突然、隣に現れた蓮花が永絆の名を呼ぶ。その声は酷く震えていて、

「どうした、蓮花。気分でも悪いのか?」

「それもあるけど、それ以上に……怖い。ここ、どこなの? 真っ暗で何も見えないし、意識を集中すればするほど吐き気が込み上げて来るんだけど……」

「真っ暗で、何も見えない? ……あの三人の映像も、か?」

「三人? 映像? 何の話か分からないよ。ナズ姉には何か見えているの?」

 おかしな話だった。永絆だけに見えて、蓮花に見えないという齟齬。それだけでなく、蓮花は体調に悪影響を受けている。つまり、拒絶されているとでもいうのか。

「拒絶……?」

 不意に閃きが生じ、永絆は己の右腕に目を移す。
 
 ——虎の紋様が、淡い白光を放っていた。

「ターチスの加護の、紋様……そうか、これが私だけを守って……?」

 であれば、この映像や空間は愛火が異世界から持ち帰ってきた向こう側の技術の産物。

 だから、同じ異世界出身であるターチスの加護を受けている永絆は順応でき、そうでない蓮花は拒絶を受けている。

 だが、変調は右腕だけでなく。

「うぐ……っ」
 
 左腕にも、微かな痛みを覚えていた。見てみれば、そこにはほんの些細な変化——何かの痕が何らかの形を帯び始めているという現象が起こっていた。
 
「何なんだ、一体……」

「ナズ姉、早く出よう? こんなとこ、一秒たりとも長く居たくないよ」

 自分の身を抱いて震えている蓮花を抱き締め、永絆は「そうだな」と言い、

「愛火さん! もういい、いったんここから——」

 出してくれ。その言葉は続かなかった。
 それは愛火が彼女たちの意図を察したからではなく、単純に異変が起きたからで。

 プツン、とテレビの電源が消える様にして映像が途切れ、暗がりの空間も消失を遂げた。

 そして。

「永絆ちゃん! 避けてッ!」
 
「————」

 現実に回帰した直後に目に飛び込んできたのは、巨大な『足』だった。

 次いで、その奥に半壊した天井と降り注ぐ瓦礫を認め、

「──レイ・レイジング!!」
 
 無数の閃光が、爆ぜた。

 視界の端で、愛火がアイスピックの切っ先を大な足に向けて立っているのが映る。
 足はあっという間に数多の肉塊に姿を変え、濁った血と共に雨となって部屋中に降り注ぐ。
 
「一体、何が起こって……」

 無意識に抱き締めていた蓮花が疑問を漏らした直後、

「ヴァージ! 今すぐ私と蓮花を乗せてここから外へ連れ出せ!」

 愛火はぎりぎり射程圏外に居るから大丈夫だろう。だが、今この瞬間、永絆と蓮花は非常に危うい。
 だって、今、頭上では。

「アイツ、片脚持ってかれた腹いせに何か吐こうとしてやがるッ!」

 青い鱗を纏うドラゴンが、大口を開けて何かを放とうとしているのだ。瞳は鋭くこちらを射止めており、脳内では警鐘が鳴り響いていて、それらを一挙に認識した直後。

 ——赤黒い雷光と共に顕現したヴァージに乗り、窓を突き破って部屋を脱した。

「う、くぅ……っ」

 襲い掛かる風圧に耐えつつ蓮花を抱き締めたまま何とか窮地を脱したことに安堵し、

「ナズ姉、これ……ヤバくない?」

 顔を上げた蓮花が漏らした感想に、永絆もまた呆然として返す。

「いや、ヤバいどころの話じゃないだろ……」

 アパートを踏み潰していたのは、青色の巨竜だった。しかし、敵はそれだけに留まらず、アパートの周囲に数え切れないほど同じぐらいのサイズを誇るそれらが蔓延っていたのだ。


 ——永絆たちは、数匹のドラゴンによって完全に包囲されていた。
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