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現界ノ章:SECTION2『ルメリア襲来編』
EP:SOWRD 020 敗戦の夜
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暖かな陽光を浴びながら、永絆は草原の真っ只中に居た。
手を額にかざして空を見上げる。
白く煌めく太陽。その下に立つだけで自然と心地よくなるのは、果たしてただの思い込みだろうか。
なんとはなしに、永絆は座り込んで颯爽と吹き付けるそよ風に身を委ね——
「——お姉様は、ルメのものです」
不意に聞こえた声が、永絆の心を搔き乱した。
「女狐共の入る余地など、どこにも無い」
涼風に冷気が加わり、凍てつくそれが肌を刺す。緑の絨毯は漆黒に凍りついてゆき、遂には自分が立つところにまで到達する。そして、爪先から徐々に崩壊が始まり、自分という存在が欠落していくのを感じる。
否、実際に、波月永絆の身体は崩落の只中にあった。
黒々と、どこまでも黒い氷に、雪に、凍土に侵され、存在を消されていく。
やがて、『死』が訪れる。
*
「——あああああああっ!?」
目を開けるや否や、永絆は盛大に掛け布団とシーツを乱し、頭を抱えて発狂し出した。折角蓮花が着替えさせてあげたパジャマと解いた長髪に皺が寄ってしまう。
「ナズ姉!?」
蓮花は、エプロンを着けたままキッチンから慌てて駆け寄っていく。
「起きたのは嬉しいけど一体どうしたの!? 何か変な夢でも見たの? それとも欲求不満なの!?」
縦横無尽に頭を振り回す永絆を、蓮花は必死に押さえる。だが、幾つかの疑問が口からついて出たが、やはり真っ先に脳裏を過るのはルメリア・ユーリップが残した爪痕だ。
狂愛者としての振舞いはもはや一級品で、それ以上に恐ろしい剣霊術。それは本領を発揮したターチス・ザミと同等であり、恐らくほんの僅かな差がルメリアに勝利の天秤を傾けた。
そして恐らく、永絆は——、
「……悪い、もう、大丈夫だ」
いつの間にか落ち着いた永絆が蓮花の手を握ってそう言った。もしかすれば無意識のうちに蓮花の方から握っていたのかもしれないが、今はそれについて思案する場合ではなく。
「私は、また……」
「ううん。今回は、違う。……『瀕死が覆る』なんていう、そんな奇想天外なことは起きてないよ」
「……そっか……」
二人の間に、沈黙が流れる。手を繋いでいるのに、やけに空気が重く、距離が遠く感じる。
永絆は、蓮花に何かを隠している。いや、隠していた。しかし、それもああして露わとなっては意味がなくなるのではないか。
「ナズ姉、話して」
「え……?」
「あたしが瀕死になって、それをナズ姉がどうにかしたんだろう直後にナズ姉に起きた出来事……まるで、『蘇生』みたいなあの力の正体を……っ」
気付けば、蓮花の語気は強くなっていて、彼女自身、泣きそうになるのを必死に堪えていた。
それもその筈だ。だって、あの剣能はどう見ても普通じゃない。そして、永絆はそれを扱うことを想定していたかのように見えた。
あの、使い手すらも糧とするような、禍々しい漆黒の大剣を。
「……ごめん。話すタイミングが無くて……いや、それは言い訳だな。だから、今からその詳細を話すよ。だけど、だいぶ狂った内容だから、その……落ち着いて聞いてくれ」
そう前置いて、永絆は語り始めた。
剣能『滅廻』と呼ばれる、超常の詳細を。
*
自分で話していても思う。この力は狂っていて、それでいて何よりも頼ってしまう悪魔のような代物だと。
現に、永絆は自分へ三回、蓮花に一回と、既に四回も『滅廻』を使用している。
死という絶対的な事象すらも破壊する力。一見聞こえはいいが、『滅喰』を使う時点で術士の永絆から大量の魔気と血を吸っていることを鑑みるに、事象そのものを壊すこの剣能のコストは相当なものと思われる。
そう、剣の中の空間にてロユリがさりげなく言い残していた『代償』。この内容が分からない以上、永絆も安易にこの力に頼る訳にはいかないのだ。
そういったことも含め、今蓮花に全てを話し終えた。
そして、蓮花の反応は——、
「……狂ってなんか、ないよ」
「ぇ……」
「その力はともかく、ナズ姉は狂ってなんかないよ! だって、藤実もルメリアも強くて生半可な手じゃ勝てなかった……いや、ルメリアにはある意味負けちゃったようなものだけど……でも、それでもナズ姉は必死に勝機を引き寄せるために、その手段を使ったんでしょ? それに、ナズ姉が必死になる時に必ずあたしの安否が頭にあることも、知ってるから」
握った手に力を込めてそう言ってくれた蓮花に、永絆は一瞬照れつつも、俯いて苦笑交じりに返す。
「……私は、そんな優れたヒーローじゃねぇよ。藤実に勝てたのはターチスと『冥剣』のお陰で、それでも自分は決して弱くなんかないって思った矢先に、ターチスとルメリアに埋めようが無い力の差を見せつけられた……だから——」
「だから、何?」
「だか、ら……」
「文字通り、命を賭してまであたしを助けてくれた人を、ヒーロー以外のなんて呼べばいいの?」
「————」
目尻に涙を浮かべて、蓮花は永絆を必死に肯定してくれている。いや、少し違う。自分をどこまでも卑下しようとする永絆に、少しでもいいから自分自身を愛して欲しいと思ってくれているのだ。
さっき、呵責の念と共に吐瀉物を撒き散らしたトイレの一角で、そう誓ったばかりだったではないか。
「ナズ姉がナズ姉自身をどれだけ嫌っても、あたしはその嫌悪が跡形もなく消えておつりがくるぐらい、ナズ姉を愛する。いや、今もう既に好きすぎておかしくなるぐらいなんだけどね」
そう言って苦笑を見せる蓮花に、永絆はベッドの上から勢いよく抱き着く。
「ふぇっ!?」と戸惑い照れる彼女の腹に顔を埋めながら、永絆は言う。
「なんか、もう、あの戦いの後から少ししか経ってないのに色々と擦り切れて……それなのに私のことを心底から好きだって言ってくれる女の子がいて……もう、なんか色々ヤバい。とことん甘えて目一杯慰めて欲しい。その後にワンチャン……」
「いや今ワンチャン望んでる場合じゃないでしょ」
そう言いつつも、蓮花は永絆の藍髪を優しく撫で、もう片方の手で抱き寄せてくれる。
仄かな甘い香りが鼻腔をくすぐり、抱擁の暖かさと髪を掬う指先が気持ちよく、永絆はまるで赤子のような気持ちで蓮花に一生涯甘えた果てに死んでいきたいと思った。
そう思ったが故に、
「ひゃあっ! ちょ、ちょっと、ナズ姉?」
自然、頭上で鼓動を刻む豊かな双丘に手を這わせてしまっていた。円を描くように、さながら大仏の頭を撫でるかのように触れる傍ら、もう片方の手は制服のブラウスの下に忍ばせて柔肌に這わせていく。
「とことん、甘えさせてくれ」
「ん……っ、意味違うでしょ、ナズ姉……っ」
蓮花が漏らす艶やかな喘ぎと鼻腔を満たす香りを五感で味わいつつ、永絆は顔を離して蓮花を見上げる。
蓮花はそんな永絆の表情を間近で見て、目眩のようなものを感じた。
火照った頬に熱っぽく潤んだ瞳、加えて降ろした藍髪から覗かせる上目遣い。母性と性愛がくすぐられる感覚が否めないのだろう。蓮花は「しょ、しょうがないんだから……」とまんざらでもない様子で折れ、頬を朱く染めてそっぽを向く。
そして何度か別の方に視線を逸らしながら、
「いいよ、ナズ姉なら。そういうつもりだったし、そういう話だったし、いつかそういう風になるんだろうなぁって思ってたし……だから、少し、というか思いのほかずっと早い気もするけど……」
蓮花もまた、永絆を真正面から見て言った。
「吸ってもいいよ? ……あたしの、お、おっぱい」
その言葉、いつもの永絆なら「言質取ったり!」騒ぎ立てるだろうが、
そう、今の彼女は常のそれとは少し違って些かマシになってしまっているので、
「……その、非常に言いにくいんだが、そういうつもりで言ったわけじゃあ──」
「は?」
折角の雰囲気をぶった斬った弁明。
これに対し、蓮花は当然キレる。
「れ、蓮花?」
「あのさぁ」
寸前の甘く優しい声とは違う、低く冷たいそれ。さしもの永絆もピンと背筋を正し、
「女の子をその気にさせたんだよ?」
気がつけば、両肩を掴まれてベッドに押し倒されていた。
(え。私が受け? ……じゃなくて、こりゃ一体どういう……)
困惑する永絆を他所に、蓮花は真顔で続ける。
「ラノベや漫画に出てくる、思春期な癖して痛いくらいに鈍感臭い主人公じゃないんだからさぁ……いい加減、腹くくりなよ」
鼻と鼻が辺り、互い吐息が混じり合う距離で淡々とそう言う蓮花に対し、永絆は困惑を露わにしながら視線を四方に巡らせて問う。
「いや、その、私にしては珍しく純粋な欲求っていうか? そもそもよくよく考えてみれば、私がここでお前と情事に耽ったら犯罪になるんじゃあ……」
「どうでもいいよ、そんなの」
有無を言わさない答え、そして方から腕、手のひらへと移動される蓮花の手に、永絆はただならぬ気配を感じ取る。
目を離さないまま、気が付けば両手の指先が絡めとられていた。蓮花はベッドの上に膝からにじり寄ると、そのまま片脚の膝を永絆の股間にパジャマ越しに押し付け、熱い吐息を漏らす。
「ナズ姉が居ればそれでいいんだもん。愛の前にいかなる物事も関係ない。ずっと我慢してきたんだよ? ずっと、ずっと、ずっと……だからさぁ、もういいよね?」
「れ、蓮花さん? その、展開がいきなりな気が……っていうか、よくよく考えて? 私はアラサーでお前は花の女子高生で——ひゃう!?」
永絆が突然喘いだのは、彼女のパジャマの中に手を這わせ、腹の肉を軽く摘まんだからだ。
「今更そんなに大人ぶっても無駄だよ、ナズ姉」
「れ、蓮花……っ」
淫靡に笑む女子高生。そして完全にされるがままとなっているアラサー女。犯罪という二文字を打ち消す不可思議な状況に、さらなる艶美が彩られる。
「蓮花、いったん落ち着け……! 今疲れてるし体調も——」
情けない文言が未だ放たれる永絆の唇を、蓮花の滑らかな人差し指が塞いだ。
「ん……っ」
漏れ出た声はどちらのものか。そんなものは分からず、永絆は突然のことに頭を真っ白にする。
(そうか、私、今からJKに犯されるのか……)
「なぁずねえっ」
腹を摘まんでいた指先が、さらに上、形の良い双丘を手中に収めようと這っていく
(まあ、それも悪くないか……というか、蓮花なら寧ろ——)
甘い吐息と艶やかな声。情愛が赴くままに指先を進める蓮花に対し、永絆も目を閉じて委ねようとした。
その時。
がさっ、とした物音がやけに大きく響いた。
「——ッ!?」
真っ先に蓮花が顔を離し、その勢いで永絆は「ぐぇっ」ベッドに押し付けられ、
「——永絆ちゃん……誰なの? その子はぁ」
何が何だか分からず扉の方を見てみると、そこには胸元が空いた紫色のドレスを着た、薄く緑がかった髪を伸ばしたグラマラスな美女が一人、コンビニの袋を足元に置いて半目で二人を見ていた。
彼女の顔と、今自分が置かれた現状とを繋ぐ解が、永絆の脳内で反射的に導き出され、
「ち、違うんです! これは——ごえっ!?」
弁明しようとした矢先、
「ナズ姉。誰なの、あの女」
首がもげそうになるほどに勢いよく、強制的に頭を蓮花に向き直らせられ、彼女の凄まじい殺気と冷気に見舞われることとなった。
二人の女に生じた誤解を解くために、疲労困憊のアラサー女はさらに疲弊するのだった。
手を額にかざして空を見上げる。
白く煌めく太陽。その下に立つだけで自然と心地よくなるのは、果たしてただの思い込みだろうか。
なんとはなしに、永絆は座り込んで颯爽と吹き付けるそよ風に身を委ね——
「——お姉様は、ルメのものです」
不意に聞こえた声が、永絆の心を搔き乱した。
「女狐共の入る余地など、どこにも無い」
涼風に冷気が加わり、凍てつくそれが肌を刺す。緑の絨毯は漆黒に凍りついてゆき、遂には自分が立つところにまで到達する。そして、爪先から徐々に崩壊が始まり、自分という存在が欠落していくのを感じる。
否、実際に、波月永絆の身体は崩落の只中にあった。
黒々と、どこまでも黒い氷に、雪に、凍土に侵され、存在を消されていく。
やがて、『死』が訪れる。
*
「——あああああああっ!?」
目を開けるや否や、永絆は盛大に掛け布団とシーツを乱し、頭を抱えて発狂し出した。折角蓮花が着替えさせてあげたパジャマと解いた長髪に皺が寄ってしまう。
「ナズ姉!?」
蓮花は、エプロンを着けたままキッチンから慌てて駆け寄っていく。
「起きたのは嬉しいけど一体どうしたの!? 何か変な夢でも見たの? それとも欲求不満なの!?」
縦横無尽に頭を振り回す永絆を、蓮花は必死に押さえる。だが、幾つかの疑問が口からついて出たが、やはり真っ先に脳裏を過るのはルメリア・ユーリップが残した爪痕だ。
狂愛者としての振舞いはもはや一級品で、それ以上に恐ろしい剣霊術。それは本領を発揮したターチス・ザミと同等であり、恐らくほんの僅かな差がルメリアに勝利の天秤を傾けた。
そして恐らく、永絆は——、
「……悪い、もう、大丈夫だ」
いつの間にか落ち着いた永絆が蓮花の手を握ってそう言った。もしかすれば無意識のうちに蓮花の方から握っていたのかもしれないが、今はそれについて思案する場合ではなく。
「私は、また……」
「ううん。今回は、違う。……『瀕死が覆る』なんていう、そんな奇想天外なことは起きてないよ」
「……そっか……」
二人の間に、沈黙が流れる。手を繋いでいるのに、やけに空気が重く、距離が遠く感じる。
永絆は、蓮花に何かを隠している。いや、隠していた。しかし、それもああして露わとなっては意味がなくなるのではないか。
「ナズ姉、話して」
「え……?」
「あたしが瀕死になって、それをナズ姉がどうにかしたんだろう直後にナズ姉に起きた出来事……まるで、『蘇生』みたいなあの力の正体を……っ」
気付けば、蓮花の語気は強くなっていて、彼女自身、泣きそうになるのを必死に堪えていた。
それもその筈だ。だって、あの剣能はどう見ても普通じゃない。そして、永絆はそれを扱うことを想定していたかのように見えた。
あの、使い手すらも糧とするような、禍々しい漆黒の大剣を。
「……ごめん。話すタイミングが無くて……いや、それは言い訳だな。だから、今からその詳細を話すよ。だけど、だいぶ狂った内容だから、その……落ち着いて聞いてくれ」
そう前置いて、永絆は語り始めた。
剣能『滅廻』と呼ばれる、超常の詳細を。
*
自分で話していても思う。この力は狂っていて、それでいて何よりも頼ってしまう悪魔のような代物だと。
現に、永絆は自分へ三回、蓮花に一回と、既に四回も『滅廻』を使用している。
死という絶対的な事象すらも破壊する力。一見聞こえはいいが、『滅喰』を使う時点で術士の永絆から大量の魔気と血を吸っていることを鑑みるに、事象そのものを壊すこの剣能のコストは相当なものと思われる。
そう、剣の中の空間にてロユリがさりげなく言い残していた『代償』。この内容が分からない以上、永絆も安易にこの力に頼る訳にはいかないのだ。
そういったことも含め、今蓮花に全てを話し終えた。
そして、蓮花の反応は——、
「……狂ってなんか、ないよ」
「ぇ……」
「その力はともかく、ナズ姉は狂ってなんかないよ! だって、藤実もルメリアも強くて生半可な手じゃ勝てなかった……いや、ルメリアにはある意味負けちゃったようなものだけど……でも、それでもナズ姉は必死に勝機を引き寄せるために、その手段を使ったんでしょ? それに、ナズ姉が必死になる時に必ずあたしの安否が頭にあることも、知ってるから」
握った手に力を込めてそう言ってくれた蓮花に、永絆は一瞬照れつつも、俯いて苦笑交じりに返す。
「……私は、そんな優れたヒーローじゃねぇよ。藤実に勝てたのはターチスと『冥剣』のお陰で、それでも自分は決して弱くなんかないって思った矢先に、ターチスとルメリアに埋めようが無い力の差を見せつけられた……だから——」
「だから、何?」
「だか、ら……」
「文字通り、命を賭してまであたしを助けてくれた人を、ヒーロー以外のなんて呼べばいいの?」
「————」
目尻に涙を浮かべて、蓮花は永絆を必死に肯定してくれている。いや、少し違う。自分をどこまでも卑下しようとする永絆に、少しでもいいから自分自身を愛して欲しいと思ってくれているのだ。
さっき、呵責の念と共に吐瀉物を撒き散らしたトイレの一角で、そう誓ったばかりだったではないか。
「ナズ姉がナズ姉自身をどれだけ嫌っても、あたしはその嫌悪が跡形もなく消えておつりがくるぐらい、ナズ姉を愛する。いや、今もう既に好きすぎておかしくなるぐらいなんだけどね」
そう言って苦笑を見せる蓮花に、永絆はベッドの上から勢いよく抱き着く。
「ふぇっ!?」と戸惑い照れる彼女の腹に顔を埋めながら、永絆は言う。
「なんか、もう、あの戦いの後から少ししか経ってないのに色々と擦り切れて……それなのに私のことを心底から好きだって言ってくれる女の子がいて……もう、なんか色々ヤバい。とことん甘えて目一杯慰めて欲しい。その後にワンチャン……」
「いや今ワンチャン望んでる場合じゃないでしょ」
そう言いつつも、蓮花は永絆の藍髪を優しく撫で、もう片方の手で抱き寄せてくれる。
仄かな甘い香りが鼻腔をくすぐり、抱擁の暖かさと髪を掬う指先が気持ちよく、永絆はまるで赤子のような気持ちで蓮花に一生涯甘えた果てに死んでいきたいと思った。
そう思ったが故に、
「ひゃあっ! ちょ、ちょっと、ナズ姉?」
自然、頭上で鼓動を刻む豊かな双丘に手を這わせてしまっていた。円を描くように、さながら大仏の頭を撫でるかのように触れる傍ら、もう片方の手は制服のブラウスの下に忍ばせて柔肌に這わせていく。
「とことん、甘えさせてくれ」
「ん……っ、意味違うでしょ、ナズ姉……っ」
蓮花が漏らす艶やかな喘ぎと鼻腔を満たす香りを五感で味わいつつ、永絆は顔を離して蓮花を見上げる。
蓮花はそんな永絆の表情を間近で見て、目眩のようなものを感じた。
火照った頬に熱っぽく潤んだ瞳、加えて降ろした藍髪から覗かせる上目遣い。母性と性愛がくすぐられる感覚が否めないのだろう。蓮花は「しょ、しょうがないんだから……」とまんざらでもない様子で折れ、頬を朱く染めてそっぽを向く。
そして何度か別の方に視線を逸らしながら、
「いいよ、ナズ姉なら。そういうつもりだったし、そういう話だったし、いつかそういう風になるんだろうなぁって思ってたし……だから、少し、というか思いのほかずっと早い気もするけど……」
蓮花もまた、永絆を真正面から見て言った。
「吸ってもいいよ? ……あたしの、お、おっぱい」
その言葉、いつもの永絆なら「言質取ったり!」騒ぎ立てるだろうが、
そう、今の彼女は常のそれとは少し違って些かマシになってしまっているので、
「……その、非常に言いにくいんだが、そういうつもりで言ったわけじゃあ──」
「は?」
折角の雰囲気をぶった斬った弁明。
これに対し、蓮花は当然キレる。
「れ、蓮花?」
「あのさぁ」
寸前の甘く優しい声とは違う、低く冷たいそれ。さしもの永絆もピンと背筋を正し、
「女の子をその気にさせたんだよ?」
気がつけば、両肩を掴まれてベッドに押し倒されていた。
(え。私が受け? ……じゃなくて、こりゃ一体どういう……)
困惑する永絆を他所に、蓮花は真顔で続ける。
「ラノベや漫画に出てくる、思春期な癖して痛いくらいに鈍感臭い主人公じゃないんだからさぁ……いい加減、腹くくりなよ」
鼻と鼻が辺り、互い吐息が混じり合う距離で淡々とそう言う蓮花に対し、永絆は困惑を露わにしながら視線を四方に巡らせて問う。
「いや、その、私にしては珍しく純粋な欲求っていうか? そもそもよくよく考えてみれば、私がここでお前と情事に耽ったら犯罪になるんじゃあ……」
「どうでもいいよ、そんなの」
有無を言わさない答え、そして方から腕、手のひらへと移動される蓮花の手に、永絆はただならぬ気配を感じ取る。
目を離さないまま、気が付けば両手の指先が絡めとられていた。蓮花はベッドの上に膝からにじり寄ると、そのまま片脚の膝を永絆の股間にパジャマ越しに押し付け、熱い吐息を漏らす。
「ナズ姉が居ればそれでいいんだもん。愛の前にいかなる物事も関係ない。ずっと我慢してきたんだよ? ずっと、ずっと、ずっと……だからさぁ、もういいよね?」
「れ、蓮花さん? その、展開がいきなりな気が……っていうか、よくよく考えて? 私はアラサーでお前は花の女子高生で——ひゃう!?」
永絆が突然喘いだのは、彼女のパジャマの中に手を這わせ、腹の肉を軽く摘まんだからだ。
「今更そんなに大人ぶっても無駄だよ、ナズ姉」
「れ、蓮花……っ」
淫靡に笑む女子高生。そして完全にされるがままとなっているアラサー女。犯罪という二文字を打ち消す不可思議な状況に、さらなる艶美が彩られる。
「蓮花、いったん落ち着け……! 今疲れてるし体調も——」
情けない文言が未だ放たれる永絆の唇を、蓮花の滑らかな人差し指が塞いだ。
「ん……っ」
漏れ出た声はどちらのものか。そんなものは分からず、永絆は突然のことに頭を真っ白にする。
(そうか、私、今からJKに犯されるのか……)
「なぁずねえっ」
腹を摘まんでいた指先が、さらに上、形の良い双丘を手中に収めようと這っていく
(まあ、それも悪くないか……というか、蓮花なら寧ろ——)
甘い吐息と艶やかな声。情愛が赴くままに指先を進める蓮花に対し、永絆も目を閉じて委ねようとした。
その時。
がさっ、とした物音がやけに大きく響いた。
「——ッ!?」
真っ先に蓮花が顔を離し、その勢いで永絆は「ぐぇっ」ベッドに押し付けられ、
「——永絆ちゃん……誰なの? その子はぁ」
何が何だか分からず扉の方を見てみると、そこには胸元が空いた紫色のドレスを着た、薄く緑がかった髪を伸ばしたグラマラスな美女が一人、コンビニの袋を足元に置いて半目で二人を見ていた。
彼女の顔と、今自分が置かれた現状とを繋ぐ解が、永絆の脳内で反射的に導き出され、
「ち、違うんです! これは——ごえっ!?」
弁明しようとした矢先、
「ナズ姉。誰なの、あの女」
首がもげそうになるほどに勢いよく、強制的に頭を蓮花に向き直らせられ、彼女の凄まじい殺気と冷気に見舞われることとなった。
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