【破壊令嬢アヌリウム】「竜の血を宿す少女は業灼拳で全ての敵を破壊する。赦しを乞うてももう遅いですわ」

アオピーナ

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第一幕『亜人追放』

頁004 団欒の章──④裏切り

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『さようなら』。
『薄汚い』。
『クソ亜人』。
 
 婚約者であり、愛しい相手でもあるイネクスから、魔法のかけられた弓矢を向けられてそう言われて。

 アヌリウムは、言葉を発せなかった。
 だが、イネクスは白い空間を背景に、獰猛な笑みで端正な顔を歪めながら続ける。

「僕の家が、お前達亜人種がこの世にとっていかに穢れた存在かを突き止めたんだ。それに便乗して、『教団』はすぐに情報を流布した。あの脳内お花畑の置き物と言われていた国王もすっかりと隣国の傀儡になっちまって、ノリノリでそれを承諾したよ。――まずは、ここ。華園都市ブルーミスに『亜人追放令』は発令された」

「――――」

 アヌリウムは、彼が紡ぐ言葉の意味をまったくもって理解出来ない。いや、既に思考が停止して考えるのを止めてしまっている。

 腕の中で抱き締めているリーベも、泣き止むのをやめて困惑している様子だ。背後ではいまだに爆発と業火が荒れ狂い、壮麗な屋敷は音を立てて崩れ落ちていく。

 イネクスは弓矢を構え直して言う。

「お前ら亜人種がマナと共に撒き散らしている微弱な粒子。それがこの大陸を浸し、やがて一つの病を引き起こす。純粋な人間が持ちうるマナ、そして扱う魔法を酷く歪め、術者自身に甚大な危害を食らわせるってことがね。――『天性術質』もその一環さ。君が得意げに火を消して行ったパフォーマンスも、『亜人脅威論』に含まれるってわけ。もっとも、人の身に人ならざる存在を宿しているという時点で、恐ろしいこの上無いけどね」

「……ふざけないで」

「あ?」

「こんな一日に満たない間に、街どころか、都市全体が、訳の分からない理由でわたくし達を追放する筈がありませんわ! 追放という面に関しては、あなたに対して適応されるのが摂理というもの!」

 反論していて、胸が痛んだ。この時点で、いやイネクスが目の前でこちらに弓矢を向けている時点で、もう今までのように彼と共に過ごすことは出来ないからだ。でも、もうそんなことはどうでもいい。

 現状について、聞き出すだけ聞き出して。屋敷の皆を助け出して。次どうするかは、その後に考える。

「まだ分かっていないようだね、アヌリウム」

「なにを……」

「あの呪法刻印を見ろよ」

 そう言って彼が手で示した先には、先程アヌリウムも発見した無数の魔法陣がある。少し遠くにある山々の表面や、庭園など、至る所に刻まれた紫紺の術印。
 
 しかし、術式の意味は知っていても内容までは知らない。イネクスは続ける。

「リバーシル家が発明した、対亜人種用の『魔法力抑制術式』ってとこだよ」

 ご丁寧な説明をありがたく思う余裕は無かった。
 気が付けば、脚から力が抜けて屋根の上に崩れ落ちていた。当然、その後の勢いは止まらず屋根の上から落下してしまう。

「……っ!」

 アヌリウムは咄嗟に脳内で術式を組み立てて、火属性魔法の基本である『フレア』を背から放出。そのお蔭で僅かに勢いは緩んだが、抱えているリーベのこともあって、地面に叩きつけられることには変わりなかった。

「が、はぁ……!」

 壁のすぐ傍、身体が弾んで息が止まる。
 それでも、感じる重みと体温からリーベが無事だと分かる。

「お姉様っ!!」

 リーベが胸元から顔を上げて滂沱と涙を零しながら、アヌリウムの名を叫ぶ。三つも離れてる彼女にとっては、この惨状は恐怖なんて一言では済まされない。アヌリウム自身、まだイネクスのことや『亜人追放令』なんてものに心の整理が出来ていないのだ。

「――っ」

 それでも、今するべきなのは嘆くことではない。皆を守るために、反撃することだ。

 そうして心を奮い立たせ、再び火属性上位魔法を発動させようと意識を集中させ――、

「あ、れ……?」

 ――マナが極度に減っていることに気付く。

 寸前にイネクスが言っていたことが脳裏を掠めた。

『対亜人種用の「魔法力抑制術式」ってとこだよ』

 数多の呪法陣に囲まれているという事実。それはつまり、今そうであるように、アヌリウムの魔法力もまた弱体化しつつあるということだ。

 それならば、残るは体術しかない。視線を上方に移し、まだ白い空間があることを確認する。

 だが、そこにイネクスの姿は無かった。
 刹那、

「……おねえ、さま……」

 リーベの右耳に、矢が突き刺さっていた。

「――ぇ」

 瞳から光を失った小柄な少女は、そのまま血を垂らしてアヌリウムの胸元に倒れ込む。
 状況を理解できていないアヌリウムは、思考に反して鋭敏に反応する耳で足音を捉えた。次に、声が続く。

「地下都市に追いやるのは長男、もしくは長女だけでいい。それ以外の家族は全て始末する。それが教団の出した命令なんだよ。だから、ごめんね。妹ちゃん……殺しちゃったぁ!」

 大きく見開いた眼球を動かすと、傍らに光る弓矢を持ったイネクスが立っていた。彼がさも当然の如く放った文言がパズルのピースのように脳内に散らばって蠢いている。

 イネクスが、リーベの右耳から勢いよく矢を抜いた。

 血が、どばっ、と溢れ出し、草花とアヌリウムのドレスを赤黒く汚していく。

「あ、あ、ああ……っ」

 喉を掻き毟りたくなるような、形容し難い感情が込み上がってくる。今にも心臓が破裂しそうで、全身に張り巡らされた血液は灼熱を伴って沸騰していて。

「おい、お前ら。アレ持ってきて」

 感情が慟哭する一方で、世界を鮮明に映す瞳は、いつの間にかその場に姿を現していた何人かの黒いローブを羽織った者たちを捉える。

 イネクスが発した雑な命令に彼らは従い、焼け落ちていく屋敷の中へと入っていく。だがそれも一瞬のことで、まるで始めから準備されていたかのように、一人ひとりが何かを持ってきて再びイネクスの前へと戻る。

「ソレを、この女にまじまじと見せてやれ」

 冷ややかにそう言ったイネクスはその場から半歩下がり、黒ローブの者達は自分たちが抱えるそれを見せてきた。

 それは、

 何個かの頭で、

 やけに見覚えがあるなと思ったら、

 父と、母と、使用人たちの、

 首から上だった。

「――あ、なん、で……こんな、酷い、ことが……」

 絶望が、現実への認識に霧をかける。だが目の前で、髪を掴まれてぶら下がっている大切な人達の顔を見て、激情の嵐は加速する。

「ああ、あああ、ああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

「あーと、僕、ヒステリックな女も嫌いなんだよね」

 ぐちゃり、と。

 矢で右眼を貫かれた。他ならない、イネクス自身によって。

「あぅ……? ぐ、あぁ……っ」

 それだけでなく、なぜか声までも出しづらくなり、身体も段々と痺れてきて。

「……ご、ろす……」

 普段の自分であれば出さないような声を、言葉を、微笑を浮かべているイネクスにぶつける。

「ぜった、いに……おまえを、ごろす……っ」

「ああ、そうかい。それはぜひ頑張ってくれ。僕はこれからもっと上にいき、君は暗く汚い地下で一生を奴隷として過ごすだろう。そのまま没落の一途地獄ツアーを楽しんでおいで」

 ははは、と軽薄な笑い声と共に、イネクスはその場を後にする。「あとは任せたよ、愚図共」と言い残し、黒ローブたちがアヌリウムへと手を這わせていく。

「――亜人なんかじゃなければ、君と結婚してたかもね。アヌリウム」

 最後の言葉は、もはや聞こえなかった。

 ――殺す。

 心中で殺意が産声を上げる。

 ――殺す。

 憎悪が業火となり身を焼いていく。

 ――殺す。

 悲劇よりも、喪失よりも、復讐心の方が強く。

 そのまま、アヌリウムの意識は闇の底に沈んでいった。


 次に目を開けて映ったのは、鈍色の鉄格子だった。
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