【破壊令嬢アヌリウム】「竜の血を宿す少女は業灼拳で全ての敵を破壊する。赦しを乞うてももう遅いですわ」

アオピーナ

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第一幕『亜人追放』

頁001 団欒の章──①少女の名はアヌリウム

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 アヌリウム・アルヴィレッダは、水の街から少し離れた丘の上、壮麗な花畑に囲まれた豪奢な邸宅に住む麗しき貴族の令嬢である。

 風で靡く赤髪と、その下から覗かせる黄金色の瞳は宝石のような美しさで、お気に入りの白いドレスは黒いコルセットを着けることで少女を麗らかな淑女にみせる。

 十五の彼女は既にこの国一番の魔導師学園への進学が決まっており、実技・基礎座学・実践魔法学など、どれをとっても上位十名には必ず選ばれるほどの秀才である。

 そんな、アヌリウムという才女が生まれ育ったアルヴィレッダ家。

 人と活気にあふれたルクラミ街を治める領主としての役割を表向きとして、その裏では『七大冥竜』が一体、『業灼竜』を宿す血筋として、新たな魔法の術式の研究や国家に仇す存在を炙り出し、駆逐するなどといった番兵さながらの活躍もみせていた。

 その由緒正しきアルヴィレッダ家の長女たるアヌリウムは、自らの家族と家名を心の底から誇らしく思っており、日々の勉強、稽古、訓練、御役目に対して真摯に取り組んでいた。

 ――『業灼竜』を宿している者として。

「アヌリウム、お前の将来は本当に楽しみだ。俺がお前の母さんに惚れた時も、あいつが一流の魔導師だったのが一番の理由だからな。でも、お前は母さんすら超える魔導師になりそうだ」

 父・ツェギルが仕事の合間を縫って勉学を教えてくれる際、いつも決まって言ってくれる言葉。

 難解な魔法学の書物が壁一面の本棚にぎっしりと詰まった書斎でのこういったやりとりも、アヌリウムにとっての楽しみの一つだった。

「わたくし、お父様のようにもっと色々なことを知って本を出したいと思っていますの」

 一振りで山々を斬り裂くという逸話を持つ――元『魔導騎士長』のツェギルがよく話す若い頃の冒険譚や、最前線で母と共に活躍していた頃の話、そしてなにより魔法学に限らずこの世界のことについて知っている様々な物事を聞く時間は、持ち前の好奇心がうずいて楽しくて仕方が無かった。

 そして、他にも楽しみはいくつかある。
たとえば、母との料理の時間。

「アヌちゃんは本当に手際がいいのねぇ」

 頬に手を当ててうっとりしながら言ってくれた褒め言葉に、アヌリウムは包丁で三角獣の肉を切りながら、「フレミィお母様の教えが分かり易かったからですわ」と心の底から答えた。

 十五のアヌリウムを粉に持ちながらも、父同様、未だに皺の一つも無く滑らかな肌と衰えない美貌を持つ現役の魔導師。今は街中で実戦魔法学を教える塾を開いて教鞭を振るっている。

 アヌリウムにも遺伝しているその赤髪と変わらぬ美貌から、犯罪術者や敵国家から『紅蓮の魔女』として恐れられていたそうだ。

 同じ女性として、なにより今は魔術師であるアヌリウムにとって、フレミィは生涯における目標であり憧れの相手だ。

「そうそう。リーベがお姉ちゃんに遊んでもらいたいって嘆いていたわよ。後はもう焼くだけだから、遊んでいらっしゃい」

 母からそう言われ、アヌリウムは「でも……」と渋る。そんな彼女に、別の料理の準備をしていた若く美人な使用人の者達が、

「奥様のおっしゃったように、後はもう簡単な作業しかありませんので大丈夫でございますよ」

「それに、料理のお役目さえ取られては、いよいよ私達はいらないメイドになってしまいます」

 と口々に言ったので、アヌリウムは「分かりました」と答え、

「でも、わたくしにとってあなた達は決していらないメイドなんかではございません。いつもこの家を守ってくれて、支えてくれて感謝していますわ」

 満面な笑みでアヌリウムはそう言って、優雅に一礼した後に妹が待つ部屋へ向かった。自分の名を呼びながらすすり泣くような声が聞こえたが気のせいだろう。

 そして、二階の廊下を進んだ二番目の部屋の扉を開ける。

「あっ、お姉様! いらっしゃいっ」

 フレミィやアヌリウムと同じく赤い髪を、ツインテールにして跳ねさせる小柄な少女。アヌリウムより三つ下の可愛い妹だ。ピンクパールのベールが施されたベッドで楽しそうに弾む妹に、アヌリウムは――、

「リーベっ!」
「わわっ」

 ベッドに押し倒す勢いでリーベに抱き着き、そのまま彼女の白いワンピースドレスに顔を埋めて頬をすりすりさせる。

「ああ、わたくしの可愛い妹、リーベ。あなたはどうしてこんなに愛くるしいのかしら」

「お姉様、それはわたしがお姉様のだからという理由で十分ですよ」

 屈託のない笑顔でそう言ったリーベに、アヌリウムは声にならない声を上げる。リーベが生まれた瞬間……いや、フレミィのお腹の中に居た時から、アヌリウムは実の妹である彼女に首ったけだった。

 この世の全てが敵になろうが、リーベだけは、必ず守る。

 そう、固く誓えるほどに。

 そうして暫く抱き合った後、アヌリウムはリーベを連れて庭に出る。

「一日でも早くお姉様に近付きたいので、お勉強の見てもらおうと思ったのですが……」

「確かに勉学に励むことは重要ですわ。でも、あなた最近ずっと机に向かいっぱなしでしょう? 少しは気分転換もしてみるものよ」

 そんなやり取りがあって花々咲き誇る庭園に出た矢先、

「アリアスっ!」

 生い茂る森の向こうから、一匹の白い一角獣がリーベに勢いよく飛びついてきた。
 アルヴィレッダ家が使役している『霊獣』だ。   

 雪のように白く美しい肌はアヌリウム自身やリーベの様。しかしそれは柔毛で、小柄な体躯を暖かそうに包んでいる。
 水晶のような小さい角。それがアリアスの特徴である。

 リーベの頬を舐めて彼女と戯れるアリアスを見たアヌリウムは、「ずるい……っ」と嫉妬の声を漏らすが、実行に移すとなると流石にはしたないことは分かっているので、腕を組んで必死に耐える。

「さて、アリアスも来たことだし、我がアルヴィレッダ家が誇る『千彩花庭園』で走り回りますわよっ」

「お姉様、駆けっこなんてしたらお召し物が汚れてしまいますよ?」

「そんな心配はいりませんわよ。汚れなどわたくしの魔法で治してしまえばいいのですわ」

「でも……」

「ほら、行きますわよっ」

 渋る妹の手を引いて、アヌリウムは駆け出した。アリアスも短く鳴いて二人を追う。

 麗しき二人の少女と一匹の一角獣が花畑を駆ける様は、さながら一流の宮廷画家が彩る至高の絵画よりも華やいで映る。

「――また駆けまわっているのかい? アヌリウム」

 暫し庭園を走り回った先で、銀髪の少年から声が掛かった。黒いタキシードに身を包み、金色のネクタイを着けた端正な顔立ちの少年。

 玄関扉に続く石畳の道に立つ彼に、アヌリウムは微かに頬を赤く染めて応じた。

「これは、はしたないところを見せてしまいましたわね。イネクスさん」

 手を引かれて若干、ぜえぜえと言っていたリーベが「どうしてお姉様は、はしたないことをわざわざ――」と純粋な眼差しで問うたが、振り返った姉の魔獣の如く鋭い眼光を浴びて目を背けた。

 アヌリウムは、彼を前にするといつも、常の自分とは少し違った振舞いをしてしまう。

 ――婚約者が目の前に居るのだから、仕方無いのだが。

「リーベちゃんもアリアスも元気そうでなによりだ」

 膝に手をついて妹と霊獣に目線を合わせて朗らかに笑んでそう言うイネクスを、アヌリウムは愛おしく見遣る。

 この少年とは、父ツェギルの戦友の息子という繋がりで五年前に出会った。

 それから色々な行事で頻繁に会うようになり、ツェギルが酒の席で戦友と互いの子に対して熱く語らい、気が付けば縁談が進んでいて――それでも当の少年少女はまんざらでもないといった反応を見せ、いつしか許嫁として接するようになっていったのだ。

 そんな回顧と滲み出る温度に身を委ねるのも束の間、「大丈夫かい?」と間近に迫っていたイネクスの碧眼と目があって思わずどぎまぎしてしまう。

「な、ななな、なんでもありませんわっ。それり、今日はいかがなご用事で?」

「ああ、それなんだけど」

 ひときわ赤みが増した頬を両手で抑えて動揺するアヌリウムの心情に、しかしイネクスは気付かないといった様子で、タキシードの懐から一通の手紙を取り出して見せた。赤い宝石が着けられたそれは、確かにイネクスの家――リバーシル家のものだった。

「僕の家は近いうち、大規模な計画を始めようとしていていね。そのお披露目会みたいなのがあるから、詳細の言伝みたいなものだよ」

「なるほど……」
 
 魔法研究の最先端を担うアルヴィレッダ家ですら知り得ない情報。もしもそれをリバーシル家が持っているとすれば、父ツェギルは黙っていないと思うが――、

「ま、とりあえず楽しみにしててよ」

 パッ、と明るい笑顔でそう言った許嫁に、アヌリウムはこれまた頬を赤らめて頷くことしか出来なかった。
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