破壊令嬢アヌリウム~伝説の竜と契約した奴隷少女は、己を追放した世界に復讐する~

アオピーナ

文字の大きさ
上 下
1 / 6
第一章 グロリア地下都市脱獄編

頁001 奴隷少女の死

しおりを挟む
 ポツン、と雫が頬を叩く。
 
 その拍子に目を覚ますという事実が、未だ少女の生を実感させる。

 もう殆どぼやけてきている視界には、大きな不安に駆られるほどの暗闇と、

 ――助け、て……――

 ――死にたくないよ――

 ――おかあさん、おとうさん……――

 数多の、叫び。不気味に、断続的に点くマナの灯りが、少女の姿をおぼろに映す。

 少女の赤毛は、本来なら美しく靡くだろうその艶を失くし、所々が黒ずんでいた。
 そして、彼女が纏う一枚の灰色のローブにもほつれや傷が目立って――純白の素肌には、無数の擦過傷があった。

 黄金色の瞳には、もう光は無い。切り傷や痣、変な方向に曲がっている指。これらをもってしても、少女の意識を本格的に目覚めさせることはもう、叶わない。

 少女は、死に際に居た。

 ポツン、と雫が頬を叩く。

 知らず知らずのうちに意識を失っていた少女は、再び目を覚ます。途端、彼女の瞳に鉄格子が映った。
 無機質なそれだけはやけに頑丈で、きちんちと光沢を放っている。恐らく、少女たちを逃がさないようにするためだろう。

「――おい、奴隷たちはどうなっている?」

 少し離れた辺りにある松明に照らされた階段から、男の声が聞こえた。それに呼応して、複数の男の声が「はッ!」と張り上げられる。
 その、突然の大声に鉄格子の中に囚われた者達は悲鳴を上げたが、揃って声を張り上げた男達に、彼らに構っている余裕は無い。

「……二七五番、二八七番……そして二九六番が、もう少しで処分になるかと」

 淡々とした男の声が『二九六番』と発した瞬間、赤毛の少女の肩が大きく震えた。ここ最近で、最も明確な反応であった。

 それからも、リストアップされた番号のみが読み上げられ、やがてその報告が終わると、

「分かった分かった。ひとまずはそれで充分だ。屍と化したアレ共には屍らしく、地上の養分にでもなってもらおう。貴様らが読み上げた者達の処分、一時間後に決行とする。いいな? 看守の愚図共」

 それなりに若く、低く、冷たい声が、看守と呼ばれた者達により一層の緊張に駆られた返事を上げさせる。
 怒号のようにも聞こえるそれは、呻く奴隷たちの恐怖を煽るのには十分なものだった。

『処分』。
『二九六番』。

 赤毛の少女は、その二つの単語を頭の中で並べ、

 ――ああ、わたしは死ぬんだ。

 やけに冷静に、達観したようにそう悟ったのだった。もっとも、これまで死んだ方がマシな思いを何度も味わってきた者としては、死ぬこと自体は恐怖でも何でもないのかもしれない。

 看守が、カツン、カツン、と靴音を鳴らして近付いてくる。用済みの奴隷を、早く始末するためだろう。力こそ全てであるこの帝国では、弱者は強者によって蹂躙され、ボロ雑巾のように使い潰されて一生を終える。

 赤毛の少女――いや、この大地下都市の深部に居る者たちに関しては、実の親すら分からず、孤児院に引き取られることもなく、さも当然であるかのように使い捨ての奴隷として、この地下で生きるしかない。

 実に、色褪せた人生だった。読み書きもろくに出来ないが、少女は感覚的にそう思った。
 もう、眠ろう。次に目を閉じれば最後、この暗くて怖くて汚い最底辺から逃れることが出来る。

 そう思って、少女は目を閉じた。

 ――今まで見て触れてきた情景が、凄まじい速さで逆流していく。

 走馬灯だと、少女は思った。

 しかし、

『――お主は、死にたいと思っておるのか?』

 真っ白な空間に響く、老人のような声。その場所で、赤毛の少女は自らの赤毛すら見て触れられないぐらい、透明になっていた。
 肉体が無いということは、これは死後の世界か。だが、それにしては投げかけられた問いがおかしい。

『志半ばで、まだ歳端もいかない子供だろうに……。まだ、その浅い生に続きがあると分かっていても、お主は死して自らの生を閉ざそうと思っておるのか?』

 意味が分からない問い。
 だって、仕方が無いではないか。抗う術はなく、その気力すらも無い。諦め切って、何が悪いというのか。

『……では、お主はなにゆえここに居る?』

 再三放たれた質問が、少女の意識を動揺させた。「あなたが呼んだんでしょう?」と問い返すのは簡単だが、そういうことではない。
 
 無形の意識は、淡く赤い光を発していた。

 刹那、辺り一面に緑が広がっていき、明滅して現れた白い巨竜が少女を中心にとぐろを巻く。

『生きたいから……生き延びて己が望む生を謳歌したいから……違うか?』

 気が付けば、少女は「あ……っ」と声を発せていた。
 
 肉体が、あった。

 少女は確かめるようにして、その小さな両手を開閉する。しかし、未だ困惑は消えない。
 
 不意に、目の前に獰猛な竜の顔が現れた。

『頼むからそうじゃと言っておくれんか! お主が儂の要求に応じんと、儂もこの世から消えてしまうの! 誇り高き伝統のある儂の伝説が終わってしまうのっ!』
 
 竜は、涙目でそう叫んだのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

望んでいないのに転生してしまいました。

ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。 折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。 ・・と、思っていたんだけど。 そう上手くはいかないもんだね。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...