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キックオフ
Episode 9
しおりを挟む「決まってるだろ、小学校前の公園だよ」
真琴は何でそんなことを聞くのか、という表情を、目を丸くして真琴を見つめる航平に向けた。
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「決まってるだろ、小学校前の公園だよ」
航平からこの提案を聞いたとき、ああそうか、と目の前の景色がパッと明るくなった気がした。
そうか、小学校前の公園か。今度のゲームでピッチャーを任されたから、と練習する航平に、半ば強引にサッカーの相手をやらせていた。航平はいつでも嫌そうな顔をしながら、それでいていつでも真琴のサッカーに付き合ってやるのだった。
あの公園の鉄棒をゴールに見立てて、公園の真ん中を貫く線上に立つ二本の桜の木の間をコートの横幅とした。
ルールは大抵、真琴がゴールすれば勝ち、というものだった。航平が勝つオプションは最初からなく、言ってみれば勝負というより真琴が「勝つまで続く」ゲームだった。
理不尽極まりないゲームであったが、航平はおい、とルールに文句を垂れながらもいつでも真剣に真琴の相手をしてくれた。
こんなことを放課後に1時間くらい、毎日やっていた。今ではたったの1時間だが、小学生にしてみればされど1時間、大切な時間だった。
「小学校前の公園か。」
帰りの電車で、真琴は静かに呟いた。いや、呟いていたと言うべきか。真琴の意識の外で、彼女の気持ちが漏れ出た。それは納得であり、興奮でもあった。サッカーをすることに対する興奮、そしてする仲間がいることへの安堵。航平という人間とサッカーができる喜びも、決してないわけではなかった。
翌日、放課後になると真琴は素早く荷物を片付けて航平の教室へ向かった。
彼のクラスを覗くと、航平はペンケースに筆記具をしまい込みながら、のんびりと複数の男子生徒と駄弁っていた。何をやっているんだか。
真琴は迷わず航平の元へ行き、「行くよ」と顎でドアの外を示した。
航平は真琴を見るなり目を丸くして、「どした?」と怪訝そうに聞いた。
「どしたじゃねーよ、行くよ」
「どこに?」
一体何でそんなことを聞くのか。昨日お前が提案したのに。
「決まってるだろ、小学校前の公園だよ」
航平はさらに目を丸くした。
「だ、だって、今日はオフじゃない」
「部活がオフでもサッカーはオンだ!」
航平と駄弁っていた男子生徒がクスッと笑った声が聞こえた。彼らは「サッカーはオンだってよ、じゃーなー」と真琴の発言を真似て航平をからかうように言い、去っていった。
航平は「えっおい」と小さく声をあげたが、すぐに大きなため息に変え、「もう、仕方ないなあ」とリュックを背負った。航平から「仕方ない」の言葉が出たら、それはもう真琴の勝ちを意味する。専ら、真琴は航平との問答で負けたことなどないのだが。
重たい足取りの航平の手を引っ張って教室を出た。
「部活のない日もやるのかよ、元気だなあ」
航平が気怠そうに、それでもって本気で感心したように言った。
「勿論!」
小学校前の公園は、もうすぐそこだ。
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