1 / 9
キックオフ
Episode 1
しおりを挟む_____よし。
三河真琴はそっとタッチラインを見つめた。ふぅと息を吐いて華奢な腿を二回叩くと、大きく深呼吸をした。
_____試合が、始まる。
緊張で手に汗が滲む。真琴が地面を踏みしめると、スパイクの突起と砂利が擦れ合い心地よい音が鳴った。
「よーーーし!!!館華先制点!!!」
「っっしゃーーーー!!!!!」
館華高校サッカー部の円陣は、キャプテン・正田翔の一言から、全員で気合を入れるのがお決まりだ。真琴は正田の声に目を閉じ、息を吸い込んだ。
「頑張れーーーー!!!!」
真琴は正真正銘の、"ベンチスタメン"どころか、ベンチにすら入ることのできない、言ってみれば"ベンチ外スタメン"である。
「おいおい、オマエら女に声で負けてるぞ~?」
ベンチに座る先輩たちがフィールドに立つ11人に向かって横目で真琴を見ながら笑って言った。
そう、真琴は正真正銘の、"女"である。
お前らだってやっとこさベンチに入れただけじゃないか、と真琴は胸の中で思い切りガンを飛ばしてやった。
「そんなこと言ってますけどアタシ、すぐに先輩たち抜いてみせますから」
「お~~こわいこわい」
先輩たちは一斉に大袈裟に肩を持ち上げてフィールドに向き直った。こういうところだけは無駄に息の合う連中だ。真琴は小さくため息をついて、試合に集中した。
----------------------
小学生の頃、真琴は父の勧めでサッカーを始めた。父は生粋のスポーツ気質だったこともあり、何とか子供にスポーツをやらせたいと思っていたのだろう。父はいくつものスポーツを真琴に体験させた。しかしながら、水泳をやっても、体操をやっても、テニスをやっても真琴の才能が見出されることはなかった。全くの運動音痴というわけではなかったが、人並みもしくはそれ以下で、何より真琴自身特別やりたいとも思わなかった。
真琴にスポーツは向いていない、と母に言われたそうだが、諦めの悪い父がならばサッカーはどうかと食い下がった。当時はまだ女子サッカーが浸透していなかったこともあり、母は強く反対した。
にも関わらず、父は母に内緒でサッカーボールを買ってきて、仕事が休みの日には「釣りに行く」と嘘を吐いて真琴を連れ出しサッカーの相手をしてくれた。専ら、そんな下手な嘘は母には全てお見通しだったわけだが。
真琴はサッカーのルールこそ知らなかったものの、ボールを蹴るという行為に強く心を惹かれていった。サッカーを楽しいと思ったし、心からサッカーがやりたいと思った。父の目論見は成功したのだ。
いつの日か母親も黙認するようになり、中学でサッカー部に入部した時も真琴を応援した。真琴はFWとして実力を固め、「あの女の子、凄いわねえ」と保護者から一目置かれるほどになった。
そして今年四月。真琴は性別を超えたサッカーの頂点を見たいと大きな夢を掲げ、決して強豪ではないものの男女混合サッカー部のある館華高校に入学した。男女混合とはいえ、プレーヤーの男女比は実に32:1。それを知った母は再び強く反対したが、女子マネージャーや副顧問が女性であることを強みに真琴は必死に説得し、今こうしてプレーヤーとしてサッカー部に所属しているのだ。
--------------------
「ピーーーーーッッ」
試合開始を告げるホイッスルの音で真琴は我に返った。最初はマイボール。
_____試合が、始まる。
もう一度大きく深呼吸をして、真琴は蹴り出されたボールに意識を集中させた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
あの雨のように
浅村 英字
恋愛
生まれつき心臓の弱い主人公(稲垣 辰矢)は高校生活の中で犬駒 響空に思いを寄せる。
限られた辰矢の時間。終わりまでのカウントダウンが目と鼻の先である中、生徒達がひとつの命の為に日々を過ごしていく。
放課後の生徒会室
志月さら
恋愛
春日知佳はある日の放課後、生徒会室で必死におしっこを我慢していた。幼馴染の三好司が書類の存在を忘れていて、生徒会長の楠木旭は殺気立っている。そんな状況でトイレに行きたいと言い出すことができない知佳は、ついに彼らの前でおもらしをしてしまい――。
※この作品はpixiv、カクヨムにも掲載しています。
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる