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客死

0.73 聲で繋がれるように

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 シュンさんは器用に胸元から音叉を取り出して、腕に叩き付けてから口に咥えた。その澄んだ音を入り口にして、オレの聲を辿って、一瞬にしてヤツと深く同調する。

『会いたい?』

 聴こえる。熱い。シュンさんの聲だ。

『———— ねぇ』

 ぐんと。頭が鉄球を入れられたみたいに重くなる。重力を錯覚する。シュンさんがオレを道連れにして、どんどんと深くまで潜っていくのを感じる。

『   』

 赤黒く染まって、抜け出せない。底が見えない。深い闇。触った時だけ、あたたかくて、埋もれてそのまま消えてしまいたくなる。

『———— シュンさん』

 オレはシュンさんを喚んだ。途端、シュンさんの息遣いを手元に感じて、深くオレ達が繋がっている感覚を感じた。オレがシュンさんの枷なんだ。嬉しい。それと一緒に自分がシュンさんを繋ぎ止めていることを深く認識する。オレはいつの間にか口から離していた音叉を、もう一度腕に叩いて咥えた。

 離さない。絶対に。あんたのこと、ひとりにしない。

もっとやっと

 そう問われるから。

いるよ会えた

 そう応える。



『いたい』
『いたい』
『たすけて』
『いたい』



 喚んでいる聲にお互いのが消されそうになる。それでも、音叉の音がオレを自分に繋ぎ止めて、オレがシュンさんを繋ぎ止める。

 深くなる。どんどん、肉を抉る。

 心臓が強く脈打って、全ての感覚が遠くなる。オレにもその感覚が伝わって、脂汗が吹き出してくる。

 腹の底からすごく重たい快感が、身体中を引っ掻かきながら駆け抜ける。

 そして、一瞬。ツンと身体が緊張して、オレは、いや、シュンさんはと一つに重なった。

 それが、一番奥に辿り着いた合図だった。シュンさんがホルスターから拳銃を取り出した。

『それなら』

 シュンさんの聲が響いた。妖しい聲だ。丹に誘われるような聲じゃない。まるで、シュンさんのほうがヤツを誘っているみたいな聲だった。

殺して助けてあげる』

「『終わりだよ』」

『      』

 シュンさんの鋭い刃のような聲が聞こえて、次の瞬間、パンッ、と大きな銃声が廊下に響き渡った。カイカイさんの聲は無かった。その代わり、ヤツの身体が小刻みに震えて、どんどん黒く変色してゆくのをで感じ取った。

 無害化だ。

 それと同時に、オレの中でいままでの感覚が凄まじい勢いでフラッシュバックする。その中を溺れないように、シュンさんの手を離さないように、なんとか正気を保ちながら、元の位置に戻ってくる。

 気持ち悪いと気持ちいいの間。その間を蛇行しながら、なんとか感覚を取り戻す。


「———— はっ、」


 いつの間にか息を止めていたみたいだった。オレは息を思いっきり吸って、散らばった感覚をかき集める。

 視界が戻ってくる。手の感覚と、匂い、生唾を飲んだ感覚も感じた。

 戻ってきた。良かった。

 オレは肩で息をしながら、結局使うことが無かった棚のフレームを床に落として下を向いた。カラン、と落としたフレームが音を立てた。その音がオレの耳に届いたことも、オレが自分に戻ってきたことを教えてくれる。

 良かった。本当に良かった。

 急に身体が震えてくる。寒気がしてきた。そうか、怖かったんだ。今更になってそれを思い出す。

 オレが思わずしゃがみ込むと、シュンさんがカイカイさんだった肉の塊から降りてきて、オレをぎゅっと抱きしめた。後ろから、慌てたような足音も聞こえる。かすみ先生だ。

 シュンさんがオレの顔を覗き込む。オレは、ハッとして、シュンさんの腕を払い除けた。

「っちょ……っ! なにやってんのあんた、抱きつくなよ、」

「一也……、よかった。心配したんだよ、一也……」

オレが顔を背けると、今度はシュンさんが泣きそうな顔でオレの頭を撫ではじめる。

「あぁあ、もう、ちょっと……やめてくださいっ」

 オレは眉間にシワを寄せながら、叱られた大型犬みたいな顔でオレを見つめるシュンさんを引き剥がそうと試みた。

 すると、今度は後ろから「一也さん!」と、怒ったような、心配したようなかすみ先生の声が聞こえて、オレはそちらを振り返った。かすみ先生が泣いていた。

「なんて、なんて無謀な事を……っ」

 オレは思わず「すんません」と謝った。けれど、かすみ先生の涙は止まらなくて。

「死んだらどうするんですか」
「あなた方のために私たちは生きているのに」
「自ら無茶をしないでください!」

 などなど、普段のかすみ先生からは考えられないくらい強い口調で諭された。

 そんなかすみ先生の様子に、オレがあんまりにも不甲斐なかったからだと思う。シュンさんが先生をなだめてくれて、オレはやっとの思いでかすみ先生の際限ない説教から解放されたのだった。
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