106 / 107
客死
0.51 のがれられない宿命に
しおりを挟む
———— ガシャンッ!!
大きな音が廊下に響いて、オレは思わず入り口から廊下を覗き込んだ。
カイカイさんを閉じ込めていた倉庫の扉が大きく歪んでいた。ドアの前に倒した棚が手前に大きくずれて、カイカイさんの体の一部が外に出ようと蠢いているのが見えた。
ドアノブと棚を繋いでいるワイヤーが、かろうじてドアが大きく開くのを押し留めている。
このままじゃ、まるで逃げ場がない。カイカイさんがあんなに強いなんて、思ってもみなかった。オレは狼狽えて、思わず後退る。その時、足に何かが引っ掛かった。
見ると、棚の一部だったらしい、細長い金属製のフレームが床に転がっていた。丹は、同調しながら衝撃を与えれば無害化することができる。これだ、と思った。
深く考えている余裕はなかった。オレは落ちていたそれを拾い上げて、強く握りしめる。
結姫先生の診断によれば、オレは同調から離脱しやすい体質らしい。あと少しで、シュンさんたちが来る。それまでの間凌げればそれでいい。
一人でだって、やってやる!
「先生はここにいてください」
オレの言葉に、かすみ先生は驚いたようにこちらを向いた。そして、オレの手元を見てオレがこれからしようとしている事を察したみたいだった。
「なにを」と、焦った先生がオレの服の袖を引っ張った。
けれど、オレはそれをそっと跳ね除けた。
「行ってきます」
「ダメです……っ! 一也さん!!!!」
静止する先生の声を無視して、オレは部屋を飛び出した。
音叉を噛んで、カイカイさんの元に早足で近付いていく。
そして、2メートルくらい離れたところで立ち止まって、そいつと深く同調した。
『来い』
『オレはここにいる』
『ここに来い!!』
瞬間。
———— ガッシャンッ!!
ワイヤーが切れて、その衝撃で勢いよく棚とドアが弾け飛んだ。オレは動かなかった。
『あああああああああ』
カイカイさんは、おぼつかない動きでオレの方へ歩いてくる。
型足が外側に向かって折れ曲がっているのが見えた。手探りでこちらへ近寄ってくるところからして、目が見えていないみたいだ。
これなら、オレ一人でも無害化できる。そう自分に言い聞かせる。
シュンさんの聲を思い出す。切なくて、でも優しくて強い、あの聲を。あの聲を真似すれば、オレ一人でもこいつを殺せる気がしたから。
あの聲を記憶の底から掬い上げる。思い出しながら、なぜか涙が出る。
それが、まるで正解のように。
最後に一緒に共鳴した時の、あの聲が、オレの手元に帰ってくるように。
『おいで』
シュンさんの真似をして、あいつを喚ぶ。
すごい速度でオレの感覚がやつに吸い込まれるのを感じる。
それでも、音叉の音を辿って、オレは自分を見失わないようにする。
『きて』
『いますぐ』
『てをだして』
返ってくるその聲が懐かしい。なぜかそう感じる。
オレの感覚の主導権を握ろうとするそいつから、のらりくらりとオレは逃げる。
そして、オレのペースに巻き込んでゆく。
『あいたかった?』
『いたかった?』
『しりたかった?』
『てをつなぎたい?』
訊ねるオレの聲に、そいつは従順に応えてくる。
『あいたかった』
『いたかった』
『しりたくない』
『てをはなさないで』
そして、オレ達の意識が溶けてゆくのを感じる。
いけない事をしている感覚と、腹の底から突き上げるような快感がオレ達を支配する。
もっと。
もっと深く。
『もっと』
聲が近い。
音叉の音が遠くに聞こえる。
マズい。そう思う。
けれど、この聲に身を任せて、消え去ってしまってもいいように思う。
あぁ、ダメだ。
このまま。
溶けて、消えそうだ。
少しは、役に立てたのかな?
役に?
何の?
いや。
誰の?
「『おいで、一也』」
見知った、聲がオレを一気に覚醒させた。
凄まじいスピードで現実世界に引き戻される。
あの聲は。
あの、夜明けの神々しさを感じる、切なくて、浮き上がるようなあの聲は。
正しく、シュンさんの聲だった。
瞬間、ガチャンッ、と大きな音がして、上から風を切って何か大きな塊が降ってきた。オレは思わずしゃがみ込んで、そのまま後ろに倒れ込む。
「『ぎゃぁぁぁぁぁぁあああ』」
やつの叫び聲が痛くて、オレは咄嗟に耳を塞ぐ。
倒れたまま天井を見上げると、通気口を塞いでいた金属製の網のハッチが破られて、四方の一辺だけ天井にくっついた状態でぶら下がっていた。
「『この子は僕のだよ』」
声の方を見ると、カイカイさんの背中を踏み付けて、その背中に笑顔でナイフを突きつけているシュンさんと目が合った。
「待たせたね、一也」
大きな音が廊下に響いて、オレは思わず入り口から廊下を覗き込んだ。
カイカイさんを閉じ込めていた倉庫の扉が大きく歪んでいた。ドアの前に倒した棚が手前に大きくずれて、カイカイさんの体の一部が外に出ようと蠢いているのが見えた。
ドアノブと棚を繋いでいるワイヤーが、かろうじてドアが大きく開くのを押し留めている。
このままじゃ、まるで逃げ場がない。カイカイさんがあんなに強いなんて、思ってもみなかった。オレは狼狽えて、思わず後退る。その時、足に何かが引っ掛かった。
見ると、棚の一部だったらしい、細長い金属製のフレームが床に転がっていた。丹は、同調しながら衝撃を与えれば無害化することができる。これだ、と思った。
深く考えている余裕はなかった。オレは落ちていたそれを拾い上げて、強く握りしめる。
結姫先生の診断によれば、オレは同調から離脱しやすい体質らしい。あと少しで、シュンさんたちが来る。それまでの間凌げればそれでいい。
一人でだって、やってやる!
「先生はここにいてください」
オレの言葉に、かすみ先生は驚いたようにこちらを向いた。そして、オレの手元を見てオレがこれからしようとしている事を察したみたいだった。
「なにを」と、焦った先生がオレの服の袖を引っ張った。
けれど、オレはそれをそっと跳ね除けた。
「行ってきます」
「ダメです……っ! 一也さん!!!!」
静止する先生の声を無視して、オレは部屋を飛び出した。
音叉を噛んで、カイカイさんの元に早足で近付いていく。
そして、2メートルくらい離れたところで立ち止まって、そいつと深く同調した。
『来い』
『オレはここにいる』
『ここに来い!!』
瞬間。
———— ガッシャンッ!!
ワイヤーが切れて、その衝撃で勢いよく棚とドアが弾け飛んだ。オレは動かなかった。
『あああああああああ』
カイカイさんは、おぼつかない動きでオレの方へ歩いてくる。
型足が外側に向かって折れ曲がっているのが見えた。手探りでこちらへ近寄ってくるところからして、目が見えていないみたいだ。
これなら、オレ一人でも無害化できる。そう自分に言い聞かせる。
シュンさんの聲を思い出す。切なくて、でも優しくて強い、あの聲を。あの聲を真似すれば、オレ一人でもこいつを殺せる気がしたから。
あの聲を記憶の底から掬い上げる。思い出しながら、なぜか涙が出る。
それが、まるで正解のように。
最後に一緒に共鳴した時の、あの聲が、オレの手元に帰ってくるように。
『おいで』
シュンさんの真似をして、あいつを喚ぶ。
すごい速度でオレの感覚がやつに吸い込まれるのを感じる。
それでも、音叉の音を辿って、オレは自分を見失わないようにする。
『きて』
『いますぐ』
『てをだして』
返ってくるその聲が懐かしい。なぜかそう感じる。
オレの感覚の主導権を握ろうとするそいつから、のらりくらりとオレは逃げる。
そして、オレのペースに巻き込んでゆく。
『あいたかった?』
『いたかった?』
『しりたかった?』
『てをつなぎたい?』
訊ねるオレの聲に、そいつは従順に応えてくる。
『あいたかった』
『いたかった』
『しりたくない』
『てをはなさないで』
そして、オレ達の意識が溶けてゆくのを感じる。
いけない事をしている感覚と、腹の底から突き上げるような快感がオレ達を支配する。
もっと。
もっと深く。
『もっと』
聲が近い。
音叉の音が遠くに聞こえる。
マズい。そう思う。
けれど、この聲に身を任せて、消え去ってしまってもいいように思う。
あぁ、ダメだ。
このまま。
溶けて、消えそうだ。
少しは、役に立てたのかな?
役に?
何の?
いや。
誰の?
「『おいで、一也』」
見知った、聲がオレを一気に覚醒させた。
凄まじいスピードで現実世界に引き戻される。
あの聲は。
あの、夜明けの神々しさを感じる、切なくて、浮き上がるようなあの聲は。
正しく、シュンさんの聲だった。
瞬間、ガチャンッ、と大きな音がして、上から風を切って何か大きな塊が降ってきた。オレは思わずしゃがみ込んで、そのまま後ろに倒れ込む。
「『ぎゃぁぁぁぁぁぁあああ』」
やつの叫び聲が痛くて、オレは咄嗟に耳を塞ぐ。
倒れたまま天井を見上げると、通気口を塞いでいた金属製の網のハッチが破られて、四方の一辺だけ天井にくっついた状態でぶら下がっていた。
「『この子は僕のだよ』」
声の方を見ると、カイカイさんの背中を踏み付けて、その背中に笑顔でナイフを突きつけているシュンさんと目が合った。
「待たせたね、一也」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる