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客死
0.97 シノの夢 /dl-/sis
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大人達が逃げて行った方と反対側の路を進む。■■が追いかけてくる気配はない。
この先は行き止まりだ。けれど、その行き止まりのくの字に曲がった暗がりに、細い岩の隙間が見えてくる。俺達子供だけが通れる細い隙間だ。
俺は走り込んだ勢いそのままに隙間に身体を差し入れて、半ば無理矢理、身体を向こう側に押し込んだ。
やっとの事で身体を隙間から引っ張り出す。そのせいで擦りむいた腕と胸がひどく痛い。けれど、構っていられない。
暗がりを手探りで進む。すると少し奥まったところに、岩に隠れるように立て掛けられた竹の梯子が手に当たった。
『 』
怒号が遠くから聞こえてくる。
まるで地の底から響くような。聲になりきれない音だ。
とうとう始まったんだ。
(何が始まったっていうんだ)
俺はその覚束ない竹の梯子に手を掛けて、そのまま一気に駆け上る。
「うあああああ ————」
—— 断末魔だ。
(あの声は、大人達のものだろうか)
まだ声は遠い。今のうちに、早く逃げないと!
(あの蜘蛛人間から、ということか?)
暫く上ると、頭が薄い岩に当たった。
頭突きすると微かに動く。この梯子を掛けた時に置いた石蓋だ。俺は力を振り絞って、その蓋を肩と腕で一気に上に押し上げた。
途端。
(眩しい)
外の明るさが目に染みて、思わず目を瞑る。恐る恐る薄く開けて、目が慣れてくるのを少し待つ。
ここに来た時は夜だったはずなのに、もうすっかり日が高い。
辺りが少しずつ見えるようになってくる。
雲ひとつない。碧い空が見えた。今日という日に、いっとう相応しい空だと思った。
『シノーーーっ!』
呼ばれて顔を上げる。
遠く。岩の崖の上から、俺に向かって手を振る人の姿が見えた。
■■だ!
俺は梯子を上り切って、岩蓋を退かした穴から這い出した。そして彼に向かって力の限り走り出す。
(どうやら僕は、地面に空いた巨大な穴の、その側面に掘られた洞窟から出て来たらしい。そして、ここは穴の縁の手前にある、少し低い平らな岩の上。崖に見える、彼がいる場所がちょうど穴の縁の頂上だ)
俺は彼のいる所の真下まで辿り着いた。それを見た彼が、こちらに向かって綱を投げる。綱の端が輪っかになるように括ってある。
俺はその輪っかに足を引っ掛けた。二回強く引くと、それを合図にして綱が勢いよく巻き上げられ始める。
身体を綱に預けて、俺は上まで上っていく。下を見ると、大きな穴の側面にへばり付くように沢山の洞窟の入り口が見えてくる。
その一つから、焦ったように大人達が走って出てくる。そしてその後ろから、赤黒い、身体が大きくなったあの赤ん坊だった■■が勢いよく姿を現したのが見えた。
大人達が、襲われている。
■■の背中から生えた触手が、人間を串刺しにする。串刺しにされた人間が刹那にして赤黒く変色して、人間で無くなっていく。ただの肉となって、そして、■■に取り込まれていく。
一つになっていく。
俺は目を瞑る。
あの穴の中から上に上がる路は全部壊してきた。中で逃げ惑う大人達が、ここまで上がってくる術はない。穴の中で恐怖を味わい続ければいい。
かっての俺達のように。
(かつての僕ら。それを、夢を見ているこの僕自身は想像ができないのだけれど)
綱の動きが止まって、その瞬間に手を引かれて身体が上に引き上げられる。頂上に達したんだ。
(綱は、大きな回転式巻き取り機で巻き上げられていたらしい)
『良かった』
手を引いてくれた彼が、謂って直ぐに俺をぎゅっと抱き締めた。強く、けれど包むように。夜の帳に似た彼の聲のように。
(この感覚を、僕は知っている気がするんだ)
『死んだかと思った、シノ……』
謂われて、俺も少し目の奥がつんとした。俺の聲がひどく震えているのを感じたから。そのせいで、忘れていた恐ろしさをきっと思い出したのかもしれない。
『俺は死なないよ』
そう応えたけれど、心の奥底では俺も胸を撫で下ろす想いだった。
『知ってるよ。でも、恐ろしい聲がここまで聴こえてきたから』
彼が謂って下を見やる。俺もつられて同じ方を向いた。俺達の生まれた場所。けれども苦しみが生まれた悪しき場所。
その場所が壊されていく。生み出されたものによって。
『Sar lag zal tlaw n-i!』
(人をこの世に残す意味は無くなった)
『Je bal n-i! l』
(どうか そうであるように)
彼が謂った。
『そうだね』
俺は応える。
それでも。少し心につかえるものを感じて、少し考え込む。
この気持ちはなんだろう。
もう戻れない。始まってしまった。
俺達の生まれ故郷を破壊した。これで試験管の赤子はもう生まれない。
(試験管の赤子。それはやはり、その名の通り、人工生命体という事なのか?)
そうか。
(“僕” は一体何なんだろう?)
俺達で、最後なんだ。
(最後の、試験管の赤子、ということ?)
そう考えると、■■と出会えたこの場所を憎み、消すことが、彼と出会えた、“そのこと”を“消すべきことだった”と言っているみたいで。
もしかして。酷く悲しくなるのかもしれない。
彼を見る。彼の、澄んだ夜のような瞳と目があうから。
『シノ』
喚ばれてこんな気持ちになるなんて。
嗚呼。苦しい。
この気持ちに、例えば真名を無理矢理付けて、この気持ちを解して、操ることができたなら。俺は楽になれるのか。
彼に会わなければ良かった。
(そんな事、本当は思っていないくせに)
こんな気持ちになるなら。初めから会わなければ良かった。
俺達があと少しの命である事を、俺は知っているから。
(あと少しの命。その事も、僕にはよく分からない)
(けれど、この切ない気持ちは、僕も痛いほどよく分かる。だって、こんなにも、飽きる事なく、毎回、零樹を思い出すんだから)
俺なんか、生まれなければ良かったんだ。
(どうして、僕は忘れられないんだろう)
この先は行き止まりだ。けれど、その行き止まりのくの字に曲がった暗がりに、細い岩の隙間が見えてくる。俺達子供だけが通れる細い隙間だ。
俺は走り込んだ勢いそのままに隙間に身体を差し入れて、半ば無理矢理、身体を向こう側に押し込んだ。
やっとの事で身体を隙間から引っ張り出す。そのせいで擦りむいた腕と胸がひどく痛い。けれど、構っていられない。
暗がりを手探りで進む。すると少し奥まったところに、岩に隠れるように立て掛けられた竹の梯子が手に当たった。
『 』
怒号が遠くから聞こえてくる。
まるで地の底から響くような。聲になりきれない音だ。
とうとう始まったんだ。
(何が始まったっていうんだ)
俺はその覚束ない竹の梯子に手を掛けて、そのまま一気に駆け上る。
「うあああああ ————」
—— 断末魔だ。
(あの声は、大人達のものだろうか)
まだ声は遠い。今のうちに、早く逃げないと!
(あの蜘蛛人間から、ということか?)
暫く上ると、頭が薄い岩に当たった。
頭突きすると微かに動く。この梯子を掛けた時に置いた石蓋だ。俺は力を振り絞って、その蓋を肩と腕で一気に上に押し上げた。
途端。
(眩しい)
外の明るさが目に染みて、思わず目を瞑る。恐る恐る薄く開けて、目が慣れてくるのを少し待つ。
ここに来た時は夜だったはずなのに、もうすっかり日が高い。
辺りが少しずつ見えるようになってくる。
雲ひとつない。碧い空が見えた。今日という日に、いっとう相応しい空だと思った。
『シノーーーっ!』
呼ばれて顔を上げる。
遠く。岩の崖の上から、俺に向かって手を振る人の姿が見えた。
■■だ!
俺は梯子を上り切って、岩蓋を退かした穴から這い出した。そして彼に向かって力の限り走り出す。
(どうやら僕は、地面に空いた巨大な穴の、その側面に掘られた洞窟から出て来たらしい。そして、ここは穴の縁の手前にある、少し低い平らな岩の上。崖に見える、彼がいる場所がちょうど穴の縁の頂上だ)
俺は彼のいる所の真下まで辿り着いた。それを見た彼が、こちらに向かって綱を投げる。綱の端が輪っかになるように括ってある。
俺はその輪っかに足を引っ掛けた。二回強く引くと、それを合図にして綱が勢いよく巻き上げられ始める。
身体を綱に預けて、俺は上まで上っていく。下を見ると、大きな穴の側面にへばり付くように沢山の洞窟の入り口が見えてくる。
その一つから、焦ったように大人達が走って出てくる。そしてその後ろから、赤黒い、身体が大きくなったあの赤ん坊だった■■が勢いよく姿を現したのが見えた。
大人達が、襲われている。
■■の背中から生えた触手が、人間を串刺しにする。串刺しにされた人間が刹那にして赤黒く変色して、人間で無くなっていく。ただの肉となって、そして、■■に取り込まれていく。
一つになっていく。
俺は目を瞑る。
あの穴の中から上に上がる路は全部壊してきた。中で逃げ惑う大人達が、ここまで上がってくる術はない。穴の中で恐怖を味わい続ければいい。
かっての俺達のように。
(かつての僕ら。それを、夢を見ているこの僕自身は想像ができないのだけれど)
綱の動きが止まって、その瞬間に手を引かれて身体が上に引き上げられる。頂上に達したんだ。
(綱は、大きな回転式巻き取り機で巻き上げられていたらしい)
『良かった』
手を引いてくれた彼が、謂って直ぐに俺をぎゅっと抱き締めた。強く、けれど包むように。夜の帳に似た彼の聲のように。
(この感覚を、僕は知っている気がするんだ)
『死んだかと思った、シノ……』
謂われて、俺も少し目の奥がつんとした。俺の聲がひどく震えているのを感じたから。そのせいで、忘れていた恐ろしさをきっと思い出したのかもしれない。
『俺は死なないよ』
そう応えたけれど、心の奥底では俺も胸を撫で下ろす想いだった。
『知ってるよ。でも、恐ろしい聲がここまで聴こえてきたから』
彼が謂って下を見やる。俺もつられて同じ方を向いた。俺達の生まれた場所。けれども苦しみが生まれた悪しき場所。
その場所が壊されていく。生み出されたものによって。
『Sar lag zal tlaw n-i!』
(人をこの世に残す意味は無くなった)
『Je bal n-i! l』
(どうか そうであるように)
彼が謂った。
『そうだね』
俺は応える。
それでも。少し心につかえるものを感じて、少し考え込む。
この気持ちはなんだろう。
もう戻れない。始まってしまった。
俺達の生まれ故郷を破壊した。これで試験管の赤子はもう生まれない。
(試験管の赤子。それはやはり、その名の通り、人工生命体という事なのか?)
そうか。
(“僕” は一体何なんだろう?)
俺達で、最後なんだ。
(最後の、試験管の赤子、ということ?)
そう考えると、■■と出会えたこの場所を憎み、消すことが、彼と出会えた、“そのこと”を“消すべきことだった”と言っているみたいで。
もしかして。酷く悲しくなるのかもしれない。
彼を見る。彼の、澄んだ夜のような瞳と目があうから。
『シノ』
喚ばれてこんな気持ちになるなんて。
嗚呼。苦しい。
この気持ちに、例えば真名を無理矢理付けて、この気持ちを解して、操ることができたなら。俺は楽になれるのか。
彼に会わなければ良かった。
(そんな事、本当は思っていないくせに)
こんな気持ちになるなら。初めから会わなければ良かった。
俺達があと少しの命である事を、俺は知っているから。
(あと少しの命。その事も、僕にはよく分からない)
(けれど、この切ない気持ちは、僕も痛いほどよく分かる。だって、こんなにも、飽きる事なく、毎回、零樹を思い出すんだから)
俺なんか、生まれなければ良かったんだ。
(どうして、僕は忘れられないんだろう)
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