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客死
0.99 シノの夢 /dl-/hn
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いつも同じ夢を見る。この短編集のような夢達を見る僕自身の心理を、僕は未だ解明することができない。
何編もある夢の中で、今日は後味の悪い夢を見た。
*
(薄暗い、湿った場所に僕は立っている)
全ての苦しみを生み出したこの場所を、とうとう、この手で壊す時が来た。
ここは洞窟だ。そして目の前には、白く濁った液が満たされた硝子の太い円柱水槽が所狭しと並んでいる。
この薄暗い洞窟こそ、俺達の生まれた故郷。
けれど、今をもってこの場所は、もはや葬り去るべき過去となる。
(まるで僕らの研究室のような設備を備えたその場所は、配された高性能な機材に似つかわしくない剥き出しの岩の洞窟の中だった。
革新的な技術と不釣り合いな箱物だ)
『客死こそ忌むべき人の罪深さ』
そんな言葉を思い出すけれど、俺達にはまるでそぐわない。
(どんな意味だろう)
俺は手に持っていたものを顔の前に掲げる。貴族の手から盗み出した小さな瓶だ。
(盗んだ、とは? それに、貴族というのは、どういう存在なんだろう)
それを、薄暗い光に照らして中身を透かす。赤黒い、粘り気の強いのその液は、動かす度に推し図れない動きをする。
(生きているような動きで、それは正しく“丹”に違いないように思う)
鼓動を感じる。
(“丹”と同じように)
蠢く■■に、俺は問いかけるように振響する。
(音叉も共鳴もなしに)
『聴こえる』
俺は謂う。そして返ってくる応えは痛々しい。
『ひとりなのは』
『どうして』
『いたいの』
『悲しい』
『哀しい』
『だれもいない』
『そうだね』
俺も応えて聲を溢す。
『もうすぐ孤独が終わりを告げる』
『はやく』
『やめて』
『くるしいよ』
『わかるよ、だから』
『俺が■を殺してあげる』
(まさにこの感覚は“丹”との“同調”に違いない)
(それなのに、“音叉”も“共鳴”もなしに、何故僕はこんなにも穏やかでいられるんだろう)
(まるで“丹”と相容れないと思っている現実の僕の方が、間違っている気さえするように)
俺は、ゆっくり洞窟の中を進んでいく。
そして、一番奥まで足を進めて、ふと顔を上げる。
右側に透いた液が満たされた円柱水槽が姿を現す。
青い光に照らされたその真ん中には、ぼうっと光に照らされた何かが浮かんでいる。
赤ん坊だ。
臍に赤黒く細い鉄筒が臍の緒のように繋がっている。あと少しでこの世に産み落とされる。貴族の話によれば、赤黒い色は、それが間近だという合図らしい。
(産み落とされる? どういうことだろう)
俺達の、絶望の終わりの始まり。きっと、この赤ん坊が、この小さな世界の救世主になる。
(小さな世界とは、どこの世界のことなんだろう)
もはやこれはこの世に人として生を受けることはない。
幸せだな。羨ましいな。
俺だって、この世に生まれ落ちたくなんてなかったのに。
(何を言っているんだろう)
(けれどつまり。僕もこの赤ん坊と同じ。恐らく生み出された命、ということなんだろうか)
(そんな気がする)
遠くから、誰かの足音がこちらに近付いて来るのが聞こえる。追っ手だ。随分と遅かったけれど、やっとここまで辿り着いたらしい。
「見つけたぞ!」
その声に振り返ると、白い一枚続きになった布を身に付けた大人達が、数多の武器を片手に何人も入り口にいるのが見えた。
こちらに向かって走ってくる。
その姿に俺は思わず笑ってしまう。裾の長い布に足が絡まって、随分走りにくそうだ。
そんな姿じゃ、俺に追い付くはずないだろう。
俺はにやけながら、横にあった木の箱に飛び乗る。
そのまま、洞窟の壁をよじ登って、赤ん坊の入った水槽の上を半分覆う鉄板の上に立つ。
大人達が、惚けたような、困った顔で僕を見る。
これから俺が何をするか、まるで解することができないんだね。
「教えてあげる」
俺は大人に向かって言い放つ。
「これをここに入れたらどうなるのか」
そして、赤い液の入った瓶をちらつかせる。
大人達の表情が変わった。
「どこでそれを手に入れた!」
「貴方達には関わりがないことだよ」
「何を考えている!」
「今すぐそこを降りろ!」
「撃つぞ!」
「何をするか、知りたい?」
「煩瑣い!」
「訳の分からない事を言うな」
「そこを降りろ!」
「三番!」
「っ、」
三番。
その呼び名に、思わず俺の身体が固まる。
まるで真名を呼ばれたかのように。
(この夢の中で語られる“真名”とは一体何のことなのだろう)
身体の手綱を奪われる。
(手綱を奪われる。この感覚は、まるで、)
三番。
俺の名前。
酷い名前だ。
今まで俺が自らの真名だと信じてきた名前。けれど、もはやこれは僕の本当の真名じゃない。
俺は今までこの紛い物に縛られ続けてきた。
悔しい。ひどく悲しくて、涙を通り越した怒りで顔が歪む。働かされ、蹴られ、叩かれ、扱かれ。捨てられるなんていう。
あんな辱めを。
俺はもう、二度と許さない。
(まさか、僕は奴隷だったのか?)
俺は三番じゃない。
俺は梓乃だ。
俺は生きてる。道具じゃない。
俺は今、俺以外の何者でもない!
俺は握っていた瓶を水槽の上に突き出す。
そして、そっと掌を開いた。
許さない。
その名前で呼んだこと、辱めたこと。
「後悔しろ。お前達の死を以て」
何編もある夢の中で、今日は後味の悪い夢を見た。
*
(薄暗い、湿った場所に僕は立っている)
全ての苦しみを生み出したこの場所を、とうとう、この手で壊す時が来た。
ここは洞窟だ。そして目の前には、白く濁った液が満たされた硝子の太い円柱水槽が所狭しと並んでいる。
この薄暗い洞窟こそ、俺達の生まれた故郷。
けれど、今をもってこの場所は、もはや葬り去るべき過去となる。
(まるで僕らの研究室のような設備を備えたその場所は、配された高性能な機材に似つかわしくない剥き出しの岩の洞窟の中だった。
革新的な技術と不釣り合いな箱物だ)
『客死こそ忌むべき人の罪深さ』
そんな言葉を思い出すけれど、俺達にはまるでそぐわない。
(どんな意味だろう)
俺は手に持っていたものを顔の前に掲げる。貴族の手から盗み出した小さな瓶だ。
(盗んだ、とは? それに、貴族というのは、どういう存在なんだろう)
それを、薄暗い光に照らして中身を透かす。赤黒い、粘り気の強いのその液は、動かす度に推し図れない動きをする。
(生きているような動きで、それは正しく“丹”に違いないように思う)
鼓動を感じる。
(“丹”と同じように)
蠢く■■に、俺は問いかけるように振響する。
(音叉も共鳴もなしに)
『聴こえる』
俺は謂う。そして返ってくる応えは痛々しい。
『ひとりなのは』
『どうして』
『いたいの』
『悲しい』
『哀しい』
『だれもいない』
『そうだね』
俺も応えて聲を溢す。
『もうすぐ孤独が終わりを告げる』
『はやく』
『やめて』
『くるしいよ』
『わかるよ、だから』
『俺が■を殺してあげる』
(まさにこの感覚は“丹”との“同調”に違いない)
(それなのに、“音叉”も“共鳴”もなしに、何故僕はこんなにも穏やかでいられるんだろう)
(まるで“丹”と相容れないと思っている現実の僕の方が、間違っている気さえするように)
俺は、ゆっくり洞窟の中を進んでいく。
そして、一番奥まで足を進めて、ふと顔を上げる。
右側に透いた液が満たされた円柱水槽が姿を現す。
青い光に照らされたその真ん中には、ぼうっと光に照らされた何かが浮かんでいる。
赤ん坊だ。
臍に赤黒く細い鉄筒が臍の緒のように繋がっている。あと少しでこの世に産み落とされる。貴族の話によれば、赤黒い色は、それが間近だという合図らしい。
(産み落とされる? どういうことだろう)
俺達の、絶望の終わりの始まり。きっと、この赤ん坊が、この小さな世界の救世主になる。
(小さな世界とは、どこの世界のことなんだろう)
もはやこれはこの世に人として生を受けることはない。
幸せだな。羨ましいな。
俺だって、この世に生まれ落ちたくなんてなかったのに。
(何を言っているんだろう)
(けれどつまり。僕もこの赤ん坊と同じ。恐らく生み出された命、ということなんだろうか)
(そんな気がする)
遠くから、誰かの足音がこちらに近付いて来るのが聞こえる。追っ手だ。随分と遅かったけれど、やっとここまで辿り着いたらしい。
「見つけたぞ!」
その声に振り返ると、白い一枚続きになった布を身に付けた大人達が、数多の武器を片手に何人も入り口にいるのが見えた。
こちらに向かって走ってくる。
その姿に俺は思わず笑ってしまう。裾の長い布に足が絡まって、随分走りにくそうだ。
そんな姿じゃ、俺に追い付くはずないだろう。
俺はにやけながら、横にあった木の箱に飛び乗る。
そのまま、洞窟の壁をよじ登って、赤ん坊の入った水槽の上を半分覆う鉄板の上に立つ。
大人達が、惚けたような、困った顔で僕を見る。
これから俺が何をするか、まるで解することができないんだね。
「教えてあげる」
俺は大人に向かって言い放つ。
「これをここに入れたらどうなるのか」
そして、赤い液の入った瓶をちらつかせる。
大人達の表情が変わった。
「どこでそれを手に入れた!」
「貴方達には関わりがないことだよ」
「何を考えている!」
「今すぐそこを降りろ!」
「撃つぞ!」
「何をするか、知りたい?」
「煩瑣い!」
「訳の分からない事を言うな」
「そこを降りろ!」
「三番!」
「っ、」
三番。
その呼び名に、思わず俺の身体が固まる。
まるで真名を呼ばれたかのように。
(この夢の中で語られる“真名”とは一体何のことなのだろう)
身体の手綱を奪われる。
(手綱を奪われる。この感覚は、まるで、)
三番。
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酷い名前だ。
今まで俺が自らの真名だと信じてきた名前。けれど、もはやこれは僕の本当の真名じゃない。
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そして、そっと掌を開いた。
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