『鴉』「遺伝子が定めた相棒と共鳴せよ」天涯孤独の高校生が “国家機密組織” に加入し怪異達に立ち向かう

赤月瀾

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0.45 にている肉と違える血

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「あーあ。せっかくレン一也の制服デビュー間近で見れると思ったのに」

ツツジが隣で呟いて、静かに僕との共鳴を切る。

 岸吹区の高層ビル郡の一区画。この辺りで丹の反応の一部が確認された。

 連なってそびえ立つ鉄筋コンクリートの高層ビル群に加え、高速道路が隣接するこの地区では、障害物によって同調による探索が全く役に立たない。

 従って、僕等は区画の東側と西側に分かれ、同調に加えて目視での探索を行う事を余儀なくされた。

 東側にある地下通路は隣にある高層ビルの地下倉庫と繋がっている。人気もなく薄暗いこの場所が一番怪しい。そう思ったが。どうやらハズレだったらしい。

 僕とツツジで隈なく探索したにも関わらず、丹どころか痕跡さえも見つけることができなかった。

 高層ビル一棟を挟んだ西側は、現在シノシュンとレンが探索を行なっている。そちら側には大型の地下駐車場と、小さな工場跡地に建てられた倉庫があった。あそこにいるのかも知れない。

 しかし、向こう側は街灯も多い明るい場所だ。昼間でも人の出入りが多い上に、深夜も人通りが皆無とは言えない。

 焦燥感を感じる。何に、とは具体的に述べられないが。僕らしくなく、嫌な予感がする。シノを向こう側に行かせなければよかったと強く思う。

 僕がツツジを連れて西側に行くべきだった。ないしは、シノの発言に僕がノーを突きつけて、無理矢理にでも一緒にペアを組んでしまえば良かった。

 そうしたら、きっとこんなに焦る事は無かった。そんな気がする。

 しくじった。強くそう思う。けれど、この気持ちの正体が知れない。

 何故。シノは、共鳴深度の低いレンを連れて行ったのか。アイツらしくない。シノが任務で、ああやって他人を頼る様子を、付き合いが長い僕でさえ見たことがないのに。

 予想外の行動に動揺している?

 どうして、と————


「———— 二人のこと心配?」

 レンの制服デビュー云々うんぬんに何も返事をしなかったからか、ツツジが痺れを切らしたようにいつもと変わらない調子で僕に尋ねてくる。

「……共鳴深度が低いのに、大丈夫か、とは思うね」

「あぁ~、確かにねぇ~」

 僕の言葉にツツジはそう言って「それなら急いで応援に行こうよ」と僕の肩を叩いた。それに押されるように、僕は止まっていた足を動かし始める。

ハク琉央くん、シノちゃんの事になると超絶心配性発動するよね」

 地下歩道にそんなツツジの声が響く。

「……否めないね」僕は言った。

 素直にそうだと思ったからだ。

 シノに死んでもらっては困る。ただ。僕がどれだけそう思っていても、アイツには何も伝わらない。

 アイツはいつも自分の死に向かって真っ直ぐ進んでいく。ツツジの言葉を借りれば、アイツは『現世に未練がない』のだ。

あの人東雲零樹がいなくなってからずっと。否。もしかしたら、それよりもずっと前から。アイツは生きること、それ自体に未練がないように見える。“生きる理由” という重りが無ければ、文字通り今にも天に昇っていきそうなほどに。

 僕を見出しておいて。あまつさえ僕をここまで連れてきたのはアイツなのに。アイツは、僕をいつも、置き去りにする。

「俺の事もちょっとは心配してよね」

 ツツジが言って、少し怒った顔をしながら僕の方を見る。なんの話だ。僕は首を傾げる。

「君に関しては僕がいつも側にいる。心配の必要はない」

「ん~~…………それ語弊しか含まれてない気がするから言い方変えた方がいいと思うけど、俺はホントの意味分かるから言い直さなくていいよ」

 何を言いたいんだ君は。そういう気持ちを込めてツツジを見下ろすと、ツツジは、はぁ、と小さくため息を吐いた。

「ハクくんってそういうとこあるよね」とでも言いたいんだろう。

 言いたいことは分かる。だからと言って、その言葉に含まれる真意は僕には分かりかねるが。

 階段を登って地下通路から歩道に出る。秋風がビルの間を抜けて強く僕等に吹き付けた。

「レンがいるから大丈夫だよ」

 ツツジがふいに呟く。

?」

 僕が聞くと、ツツジはうん、と呟いてから僕に向かって首を傾げた。

「レンに任せられないって思ってそうだなぁ、と思って。シノちゃんのこと」

「……信頼はしてる」僕は言った。

 けれど、少し、何か違う気がして考え込む。信頼という言葉に含まれる意味と、この感情がうまく合致しない。

 分からない。闇の中を泳いで、深い底にある何かを手探りで探しているみたいに。そうやって少し、この気持ちを記憶の中から掘り出して。ああ、と。やっと思い至る。

 初めてレンの、恐らく実戦でしか聞けない“本当の”聲を知った時のことを思い出して。そうして、僕が他人事で理解するに留まっていた感情が、自分の持ち得る語彙と結び付いたように腑に落ちる。

「シノの事を、任せたいと思う。だけど。羨ましいし……とても悔しい、のかもしれない……。僕に出来なかった、シノを助けるという行為を、レンが、出来てしまうのが」

「そう」

「だから、妬ましい」

 僕の言葉に、ツツジは珍しく目をまん丸にして「うぇ~、」とひどく驚いた顔をした。

「めずらし~……。ハクくんって、そういう感情全部欠落してるのかと思ってた」

「僕をなんだと思ってるんだ君は」

「え? “ハクくん” 」

「…………はぁ。……そうだね。僕は “ハク傳 琉央” だよ」

 僕はため息混じりに呟いて上を向いた。空の星が綺麗に見える。そういえば、レンと行ったあの田舎も星がよく見えた。

 レン自身が嫌いな訳ではない。それは確かだ。大切な仲間だし、可愛い後輩だ。けれど心の奥底で、それ以上に割り切れない感情が、僕のそういった認識を引きずり下ろそうとする。

「昔の事引きずってるの?」

 ツツジに尋ねられて、僕は考え込む。

 引きずっている。違いない。

 けれど、どの事だろう。シノとの間に、僕に理解し得ない、恐らく感情の機微に疎い僕にとって難しい案件が多すぎて。そもそも。引きずる、引きずらないの問題ではなく、僕の中で一からまだ理解できない事柄さえ山積みなんだ。

 大学であの時出会った、その瞬間から。

 それでも。

「そうだね」

 僕は言ってツツジを見る。

 月に照らされた躑躅色に安堵を覚えたのはどうしてだろう。そうやって気が緩むから。

「僕は、シノに命を拾われたようなものだからね」

 そんなふうに、思ってもみない言葉を吐いてしまうんだ。ツツジだけには。

「それって———— 」

 ツツジが言い掛けた。

 その時だった。

 ビルの向こう側にある倉庫から、ドンッ、と何かが地面に強く落ちる音が響いてきた。

 デジャヴというのは。悪い事ばかりに、恐らく適応されるらしい。
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