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「———————— へぇ、君が暁星一也くんかぁ」
この日、一番最初にオレが出会った防衛士官は、キツネみたいな目をした、金髪の痩せた40代くらいの男性士官だった。
シュンさんがお上から充てがわれたらしいこの小さな執務室は、建物の北側の端にある。士官達の執務室が並ぶ南側とは建物の正面玄関を挟んで反対側だ。それだから、わざわざ士官が一人でふらっとやって来るなんて驚いたけれど、オレは反射的に立ち上がって、すぐにその人に「はい」と返事を返した。
「宜しくお願いします」
そう言ってから、オレは深くお辞儀をした。
『自身の失態は直属の上官の失態になる』と高校で習ったばかりだった。
俺が頭が下げたのを見て、その人は「へぇ」と一言呟きながらオレを舐める様に目線を動かした。
「随分と若いんだねぇ。いくつ?」
聞かれて顔をあげる。なんだか嫌な目つきだな、と少し思った。
「18です」
答えると、ふぅん、と言いながらその人は腕を組んだ。
「若い子ばっかり集めて、もしかして何方かの趣味?」
顔の中心に力が籠る。趣味って何だよ。思わずそんな言葉が頭を過ぎった。けれど目の前の防衛士官はそれを目敏く見つけたみたいで、薄い唇の端をニヤッと歪ませた。
「随分と厳しい顔をするんだね。何か言いたい事でも?」
「いえ」
オレは咄嗟に答えて頭を下げる。そして嫌気が差したのを誤魔化して、見えないように奥歯を強く噛んだ。
『上官に失礼な態度をとってはならない』と、高校で教わった言葉を必死で思い出していた。
嫌な感じだ。
「ご用件は何でしょうか、弥生中佐」
助け舟を出すみたいに、隣に居たシュンさんが一言そう声を発した。
中佐という事は、この人はシュンさんより上官なのか。道理で偉そうな訳だ、とぼんやり思う。弥生中佐と言われたその人は、いや、と一言呟いてから、腕を組んで品定めするみたいにオレのことをもう一度見やった。
「死神の新しい相棒はどんな奴だろうなと思って。挨拶もしにこないものだから」
「正式な挨拶は今月末にさせていただく予定でしたので。大変失礼致しました」
シュンさんが言ってお辞儀をする。
死神。
シュンさんのことそんな風に言うなんて、失礼なのはこの人の方だろ。とは、さすがに言えなかったし、顔にも出せなかった。けれどオレはそのあんまりな言いように尚更苛ついた。
弥生中佐がこちらに近付いて来る。それからニヤついた顔のままシュンさんの前まで来て、何か囁くようにシュンさんの耳元に顔を寄せた。
「前任を殺したのも君だろう? 事故のように装って、“同調” とやらで殺したんじゃないのか?」
シュンさんが微かに固まる。何言ってんのあんた。と、思わず言いそうになって唇を噛んだ。
天井にある監視マイクに聞こえないように、それでいてオレには聞こえるように呟いた中佐は、そのまますっとシュンさんから体を離した。性格悪すぎだろ。
じっと見つめていたら、中佐の細長い目と目が合った。思わず少しだけ目線を逸らす。
中佐がオレに向かって小さく呟いた。
「君も、殺されない様に気をつけたまえよ」
眉間にシワがよった。身体が強張る。頭に血が昇りそうだった。
口から咄嗟に言葉が出そうになるのを一生懸命に堪えた。こんな時、何て返せばいいんだろう。
シュンさんのことを庇いたいのに、うまい言葉が返せないし思いつかない。分からない。苛ついてうまく考えられない。
オレは目線を下に落として押し黙る。
上手に言葉を返したり誤魔化して笑えるほど、オレは大人じゃなかったんだと、痛いほど思い知らされる。こんな事も、オレにはできないのか、と。
中佐の口元がニヤッと歪んだ気がして、オレは奥歯を強く噛んだ。
その時。ドアがノックされて、ドアの向こうから「失礼します」と高めの声が聞こえた。
結姫先生の声だ。
結姫先生が後から合流するというのは、ここに来た時にシュンさんから聞いていた。
「入りたまえ」
弥生中佐が勝手にドアに向かって声をかける。すると、すぐにドアが開いて、白い手提げ袋を下げた結姫先生が静かに執務室に入って来た。
「弥生中佐、おはようございます」
結姫先生がすました顔で外向きの声を出す。その声を聞いて、結姫先生に初めて会った時の事をオレは思い出した。
「おはよう卯ノ花隊長。こんな所まで、今日は何の用かな?」
「書類を届けに参りました。それと、昔馴染みにご挨拶を少し」
「そうか。ご苦労」
「恐れ入ります」
結姫先生が綺麗に笑って、それから丁寧にお辞儀をした。その姿を観察するみたいに中佐が結姫先生を眺める。そして考えるように間を空けて「そうだ」と呟いた。
「君、折角あの穴倉研究室からここまで出て来たのだから、今夜夕食でも一緒にどうかな」
その言葉に、結姫先生が途端に冷たい顔になる。そして、その顔から出ているのが信じられないほど可愛い声で「申し訳ございません」と首を傾げた。
「先約がございまして」
「ふぅん、誰と?」
「死神と、ディナーの先約が」
先生の言葉に、オレは少し顔が引きつった。今まで堪えていた苛つきをが飛んでいくほどその言葉に驚いからだ。
それと同じタイミングで、中佐も眉毛を少しピクッと動かして、すぐに小さくふふっと笑った。
「まるで小説のタイトルだね」
「お褒めに預かり大変光栄です中佐。中佐もご一緒にいかがですか?」
「いや、結構」言って、中佐が踵を返す。
「また機会があったらよろしく頼むよ」
中佐がやたら丁寧に呟いて、ゆっくりした足取りで執務室から出て行く。
オレ達はそれを見送って、中佐が部屋から出た瞬間に、三人同時に大きくため息を吐いた。
この日、一番最初にオレが出会った防衛士官は、キツネみたいな目をした、金髪の痩せた40代くらいの男性士官だった。
シュンさんがお上から充てがわれたらしいこの小さな執務室は、建物の北側の端にある。士官達の執務室が並ぶ南側とは建物の正面玄関を挟んで反対側だ。それだから、わざわざ士官が一人でふらっとやって来るなんて驚いたけれど、オレは反射的に立ち上がって、すぐにその人に「はい」と返事を返した。
「宜しくお願いします」
そう言ってから、オレは深くお辞儀をした。
『自身の失態は直属の上官の失態になる』と高校で習ったばかりだった。
俺が頭が下げたのを見て、その人は「へぇ」と一言呟きながらオレを舐める様に目線を動かした。
「随分と若いんだねぇ。いくつ?」
聞かれて顔をあげる。なんだか嫌な目つきだな、と少し思った。
「18です」
答えると、ふぅん、と言いながらその人は腕を組んだ。
「若い子ばっかり集めて、もしかして何方かの趣味?」
顔の中心に力が籠る。趣味って何だよ。思わずそんな言葉が頭を過ぎった。けれど目の前の防衛士官はそれを目敏く見つけたみたいで、薄い唇の端をニヤッと歪ませた。
「随分と厳しい顔をするんだね。何か言いたい事でも?」
「いえ」
オレは咄嗟に答えて頭を下げる。そして嫌気が差したのを誤魔化して、見えないように奥歯を強く噛んだ。
『上官に失礼な態度をとってはならない』と、高校で教わった言葉を必死で思い出していた。
嫌な感じだ。
「ご用件は何でしょうか、弥生中佐」
助け舟を出すみたいに、隣に居たシュンさんが一言そう声を発した。
中佐という事は、この人はシュンさんより上官なのか。道理で偉そうな訳だ、とぼんやり思う。弥生中佐と言われたその人は、いや、と一言呟いてから、腕を組んで品定めするみたいにオレのことをもう一度見やった。
「死神の新しい相棒はどんな奴だろうなと思って。挨拶もしにこないものだから」
「正式な挨拶は今月末にさせていただく予定でしたので。大変失礼致しました」
シュンさんが言ってお辞儀をする。
死神。
シュンさんのことそんな風に言うなんて、失礼なのはこの人の方だろ。とは、さすがに言えなかったし、顔にも出せなかった。けれどオレはそのあんまりな言いように尚更苛ついた。
弥生中佐がこちらに近付いて来る。それからニヤついた顔のままシュンさんの前まで来て、何か囁くようにシュンさんの耳元に顔を寄せた。
「前任を殺したのも君だろう? 事故のように装って、“同調” とやらで殺したんじゃないのか?」
シュンさんが微かに固まる。何言ってんのあんた。と、思わず言いそうになって唇を噛んだ。
天井にある監視マイクに聞こえないように、それでいてオレには聞こえるように呟いた中佐は、そのまますっとシュンさんから体を離した。性格悪すぎだろ。
じっと見つめていたら、中佐の細長い目と目が合った。思わず少しだけ目線を逸らす。
中佐がオレに向かって小さく呟いた。
「君も、殺されない様に気をつけたまえよ」
眉間にシワがよった。身体が強張る。頭に血が昇りそうだった。
口から咄嗟に言葉が出そうになるのを一生懸命に堪えた。こんな時、何て返せばいいんだろう。
シュンさんのことを庇いたいのに、うまい言葉が返せないし思いつかない。分からない。苛ついてうまく考えられない。
オレは目線を下に落として押し黙る。
上手に言葉を返したり誤魔化して笑えるほど、オレは大人じゃなかったんだと、痛いほど思い知らされる。こんな事も、オレにはできないのか、と。
中佐の口元がニヤッと歪んだ気がして、オレは奥歯を強く噛んだ。
その時。ドアがノックされて、ドアの向こうから「失礼します」と高めの声が聞こえた。
結姫先生の声だ。
結姫先生が後から合流するというのは、ここに来た時にシュンさんから聞いていた。
「入りたまえ」
弥生中佐が勝手にドアに向かって声をかける。すると、すぐにドアが開いて、白い手提げ袋を下げた結姫先生が静かに執務室に入って来た。
「弥生中佐、おはようございます」
結姫先生がすました顔で外向きの声を出す。その声を聞いて、結姫先生に初めて会った時の事をオレは思い出した。
「おはよう卯ノ花隊長。こんな所まで、今日は何の用かな?」
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「そうか。ご苦労」
「恐れ入ります」
結姫先生が綺麗に笑って、それから丁寧にお辞儀をした。その姿を観察するみたいに中佐が結姫先生を眺める。そして考えるように間を空けて「そうだ」と呟いた。
「君、折角あの穴倉研究室からここまで出て来たのだから、今夜夕食でも一緒にどうかな」
その言葉に、結姫先生が途端に冷たい顔になる。そして、その顔から出ているのが信じられないほど可愛い声で「申し訳ございません」と首を傾げた。
「先約がございまして」
「ふぅん、誰と?」
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