75 / 107
代赭
0.37 土を強く踏締めて
しおりを挟む
「甘いもの、苦手ではありませんか? それに、体重制限とかしてないですか? あ! 結姫先生には秘密ですよ! これ、結姫先生にプレゼントで作ったんです! でも、ちょっと自信なくて……味見、していただけると嬉しいなぁ、と思って」
「ふっ、大丈夫っす。結姫先生にも言わないんで」
ちょっとだけ必死なかすみ先生に笑いながら、オレはケーキの切れ端らしき焼き目が多めについた一つを手に取って、ゆっくり口に運んだ。
口に入れた途端、思った通りのバターの香りが鼻を抜けた。咀嚼すると、ふわふわだと思った見た目よりも随分となめらかで、しっとりして。
すごく、おいしい。しつこくない、けれど満足感のある甘みがかすみ先生らしいな、と思った。
「……超おいしいっす」オレは感激しながら、食べかけの残りも口に放り込む。
これは、何回でも食べたいかも。オレの好きな味だ。
「結姫先生、喜ぶと思う」
そうとも言うと、かすみ先生は「良かった~!」と嬉しそうに顔を綻ばせた。
「実はこのレシピ、委員長に教えていただいたんですよ!」
「……シュンさん?」
「はい。委員長はお料理上手でいらっしゃいますから」
「…………へぇ」
オレはちょっと複雑な気持ちがして、ケーキを味わいながら目線を反らす。
かすみ先生が何かを察したように「えっと……」と呟きながらオレの顔を覗き込んだ。
「その後…………委員長とは、いかがですか?」
「その後?」
オレが尋ね返すと「はい」と、かすみ先生が頷いた。
「同調共鳴検査の後、共鳴深度について一也さんが随分と悩んでいたと……。結姫先生が心配していらっしゃいましたよ」
「あぁ……」オレは呟いて下に視線を向ける。
「もしよろしければ、ケーキ、もう一つ召し上がりませんか? 作りすぎちゃったので」
かすみ先生が言って、オレに近くにあった椅子を勧めてくれる。
そして、紙コップを机の傍にあるカゴから取り出して、慣れた手つきで冷蔵庫から取り出した紅茶を注いでくれた。
「残ってしまっても、手作りなので消費期限が短いんですよ」
駄目押しするみたいに、そう言うかすみ先生の言葉に押されて、オレは素直に勧められたパイプ椅子に座った。
気が付くと、机の上にはいつの間にかお手拭き用のティッシュとか、紙皿、楊枝まで用意されていた。
オレはそれを見て、なんだか懐かしくて。
母さんのことを思い出して、ちょっと目頭が熱くなる。母さんも、オレと一緒にいるときはこうやって世話を焼いてくれた。
自分でやるって言っても「ついでだから」とか言って目の前にいろんなものが並べられて。いつの間にかティッシュ箱がオレの隣に移動していたり。使わないって言ってるのに「フォーク使う? スプーンにする? 箸がいいかな」とか。いろんなことを尋ねてきたり。飲み物が勝手に用意されていたり。
看護師だったっていうのもあるのかもしれないけど。こういう、些細なことに気が付くところって、きっと “母らしい” っていう部分なのかもしれない。
煩わしいって、そのときは思っても、オレはことあるごとに、こうして他人の仕草を見て母さんのことを思い出してしまう。
オレは人の性別に疎い方だけれど。昔から言われてる女性らしさって言われる部分の偉大なところって、もしかしてこういう “ささやかにいつもそばにある愛情” なのかもしれない。
あぁ、思っていたより随分と、愛されていたのかも。オレは。思わず涙が出そうになって、唇を噛んだ。
「あら……いかがしましたか?」
先生の言葉に、オレは咄嗟に「いや」と言った。
けれど、顔を覗き込まれた時に、オレが涙目であったことがおそらくバレて。かすみ先生がひどく心配そうな顔に変わったのがよく分かった。
「何というか……」と、オレは口ごもる。
「かすみ先生を見て……死んだ母さんのこと、思い出して」
「私を見て?」
「そういう……オレのこと……っ、心配して、手を焼いてくれるところが……」
オレは思わず涙が溢れて下を向いた。
やだな。
なんで、こんなにうまくいかないんだろう。
ようやく生活に慣れてきたと思っても。ふとした時に思い出すんだ。
きっと、シュンさんと琉央さんのことを考えたせいだ。だからこんな感傷的な気持ちになるんだ。
母さんがいなくなって、悲しくて。その気持ちから逃げるためにここにきたのに。結局逃げられなくて。
やっと見つけた自分の生きる価値だって。一生懸命にやったって。全然シュンさんに追いつける気もしない。
どれだけ頑張ればいいんだ。どれだけ頑張れば、オレは。この悲しみから逃れられる?
オレは、どうしたらいい?
「ふっ、大丈夫っす。結姫先生にも言わないんで」
ちょっとだけ必死なかすみ先生に笑いながら、オレはケーキの切れ端らしき焼き目が多めについた一つを手に取って、ゆっくり口に運んだ。
口に入れた途端、思った通りのバターの香りが鼻を抜けた。咀嚼すると、ふわふわだと思った見た目よりも随分となめらかで、しっとりして。
すごく、おいしい。しつこくない、けれど満足感のある甘みがかすみ先生らしいな、と思った。
「……超おいしいっす」オレは感激しながら、食べかけの残りも口に放り込む。
これは、何回でも食べたいかも。オレの好きな味だ。
「結姫先生、喜ぶと思う」
そうとも言うと、かすみ先生は「良かった~!」と嬉しそうに顔を綻ばせた。
「実はこのレシピ、委員長に教えていただいたんですよ!」
「……シュンさん?」
「はい。委員長はお料理上手でいらっしゃいますから」
「…………へぇ」
オレはちょっと複雑な気持ちがして、ケーキを味わいながら目線を反らす。
かすみ先生が何かを察したように「えっと……」と呟きながらオレの顔を覗き込んだ。
「その後…………委員長とは、いかがですか?」
「その後?」
オレが尋ね返すと「はい」と、かすみ先生が頷いた。
「同調共鳴検査の後、共鳴深度について一也さんが随分と悩んでいたと……。結姫先生が心配していらっしゃいましたよ」
「あぁ……」オレは呟いて下に視線を向ける。
「もしよろしければ、ケーキ、もう一つ召し上がりませんか? 作りすぎちゃったので」
かすみ先生が言って、オレに近くにあった椅子を勧めてくれる。
そして、紙コップを机の傍にあるカゴから取り出して、慣れた手つきで冷蔵庫から取り出した紅茶を注いでくれた。
「残ってしまっても、手作りなので消費期限が短いんですよ」
駄目押しするみたいに、そう言うかすみ先生の言葉に押されて、オレは素直に勧められたパイプ椅子に座った。
気が付くと、机の上にはいつの間にかお手拭き用のティッシュとか、紙皿、楊枝まで用意されていた。
オレはそれを見て、なんだか懐かしくて。
母さんのことを思い出して、ちょっと目頭が熱くなる。母さんも、オレと一緒にいるときはこうやって世話を焼いてくれた。
自分でやるって言っても「ついでだから」とか言って目の前にいろんなものが並べられて。いつの間にかティッシュ箱がオレの隣に移動していたり。使わないって言ってるのに「フォーク使う? スプーンにする? 箸がいいかな」とか。いろんなことを尋ねてきたり。飲み物が勝手に用意されていたり。
看護師だったっていうのもあるのかもしれないけど。こういう、些細なことに気が付くところって、きっと “母らしい” っていう部分なのかもしれない。
煩わしいって、そのときは思っても、オレはことあるごとに、こうして他人の仕草を見て母さんのことを思い出してしまう。
オレは人の性別に疎い方だけれど。昔から言われてる女性らしさって言われる部分の偉大なところって、もしかしてこういう “ささやかにいつもそばにある愛情” なのかもしれない。
あぁ、思っていたより随分と、愛されていたのかも。オレは。思わず涙が出そうになって、唇を噛んだ。
「あら……いかがしましたか?」
先生の言葉に、オレは咄嗟に「いや」と言った。
けれど、顔を覗き込まれた時に、オレが涙目であったことがおそらくバレて。かすみ先生がひどく心配そうな顔に変わったのがよく分かった。
「何というか……」と、オレは口ごもる。
「かすみ先生を見て……死んだ母さんのこと、思い出して」
「私を見て?」
「そういう……オレのこと……っ、心配して、手を焼いてくれるところが……」
オレは思わず涙が溢れて下を向いた。
やだな。
なんで、こんなにうまくいかないんだろう。
ようやく生活に慣れてきたと思っても。ふとした時に思い出すんだ。
きっと、シュンさんと琉央さんのことを考えたせいだ。だからこんな感傷的な気持ちになるんだ。
母さんがいなくなって、悲しくて。その気持ちから逃げるためにここにきたのに。結局逃げられなくて。
やっと見つけた自分の生きる価値だって。一生懸命にやったって。全然シュンさんに追いつける気もしない。
どれだけ頑張ればいいんだ。どれだけ頑張れば、オレは。この悲しみから逃れられる?
オレは、どうしたらいい?
0
▶︎ TSUKINAMI project【公式HP】
▶︎ キャラクター設定
★ X(旧Twitter)|TSUKINAMI project【公式HP】
<キャラによる占いも好評公開中!>
▶︎ キャラが今日の運勢を占ってくれる!
★ X(旧Twitter)|Cafe Dawn【仮想空間占いカフェ】
====================
TSUKINAMI project とは
アートディレクターの赤月瀾が
オリジナルキャラクターで
いろんなことをするコンテンツ。
====================
▶︎ キャラクター設定
★ X(旧Twitter)|TSUKINAMI project【公式HP】
<キャラによる占いも好評公開中!>
▶︎ キャラが今日の運勢を占ってくれる!
★ X(旧Twitter)|Cafe Dawn【仮想空間占いカフェ】
====================
TSUKINAMI project とは
アートディレクターの赤月瀾が
オリジナルキャラクターで
いろんなことをするコンテンツ。
====================
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。

扉の向こうは黒い影
小野 夜
ホラー
古い校舎の3階、突き当たりの隅にある扉。それは「開かずの扉」と呼ばれ、生徒たちの間で恐れられていた。扉の向こう側には、かつて理科室として使われていた部屋があるはずだったが、今は誰も足を踏み入れない禁断の場所となっていた。
夏休みのある日、ユキは友達のケンジとタケシを誘って、学校に忍び込む。目的は、開かずの扉を開けること。好奇心と恐怖心が入り混じる中、3人はついに扉を開ける。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
逢魔ヶ刻の迷い子3
naomikoryo
ホラー
——それは、閉ざされた異世界からのSOS。
夏休みのある夜、中学3年生になった陽介・隼人・大輝・美咲・紗奈・由香の6人は、受験勉強のために訪れた図書館で再び“恐怖”に巻き込まれる。
「図書館に大事な物を忘れたから取りに行ってくる。」
陽介の何気ないメッセージから始まった異変。
深夜の図書館に響く正体不明の足音、消えていくメッセージ、そして——
「ここから出られない」と助けを求める陽介の声。
彼は、次元の違う同じ場所にいる。
現実世界と並行して存在する“もう一つの図書館”。
六人は、陽介を救うためにその謎を解き明かしていくが、やがてこの場所が“異世界と繋がる境界”であることに気付く。
七不思議の夜を乗り越えた彼らが挑む、シリーズ第3作目。
恐怖と謎が交錯する、戦慄のホラー・ミステリー。
「境界が開かれた時、もう戻れない——。」
『怪蒐師』――不気味な雇い主。おぞましいアルバイト現場。だが本当に怖いのは――
うろこ道
ホラー
『階段をのぼるだけで一万円』
大学二年生の間宮は、同じ学部にも関わらず一度も話したことすらない三ツ橋に怪しげなアルバイトを紹介される。
三ツ橋に連れて行かれたテナントビルの事務所で出迎えたのは、イスルギと名乗る男だった。
男は言った。
ーー君の「階段をのぼるという体験」を買いたいんだ。
ーーもちろん、ただの階段じゃない。
イスルギは怪異の体験を売り買いする奇妙な男だった。
《目次》
第一話「十三階段」
第二話「忌み地」
第三話「凶宅」
第四話「呪詛箱」
第五話「肉人さん」
第六話「悪夢」
最終話「触穢」

もしもし、あのね。
ナカハラ
ホラー
「もしもし、あのね。」
舌足らずな言葉で一生懸命話をしてくるのは、名前も知らない女の子。
一方的に掛かってきた電話の向こうで語られる内容は、本当かどうかも分からない話だ。
それでも不思議と、電話を切ることが出来ない。
本当は着信なんて拒否してしまいたい。
しかし、何故か、この電話を切ってはいけない……と……
ただ、そんな気がするだけだ。
Catastrophe
アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。
「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」
アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。
陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は
親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。
ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。
家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。
4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる