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露命

0.37 儚い夢が頭を擡げる

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「———— うおっ!」



 砂埃が舞う。叩きつけるような風圧に、俺の体も吹き飛ばされた。空中で咄嗟に体制を整える。

 右脚全体で着地して、口に入った砂をぺっ、と吐き出した。

 何だ。

 風が吹いた方向を目を凝らす。よく見えない。辛うじて持っていた刀の柄を握り直しながら立ち上がる。

 柄を叩いて血振りをして上段に構えた。左膝が少し痛い。膝を打ったみたいだ。

 段々砂埃が止んでくる。10メートル程先。暗い広場の中央。地面に大きな打痕クレーターが見えた。

 上から何かが落ちてきた?

 打痕の中央に人型の何かが見える。俺は急いでハクくんの傍に寄った。

「何あれ、人?」

「分からん」ハクくんが呟く。

 打痕を取り巻く濃い土煙もだんだん薄らいでくる。色形がはっきり見えてきた。赤黒い。丹だ。

 人型だけれど、そのシルエットには首が無い。初めて見た。なんであんなものが空から降ってきたんだ。

「空から首なしカイカイさんが降ってきた……」

 俺が呟くと「経緯は後で捜査しよう」とハクくんが答える。

「それに、アイツを “カイカイさん” と定義するのは尚早だ。三形は脳が丹に侵されることを発端に自立徘徊する」

「え、じゃああいつ———— 」

 俺が言った。次の瞬間。

 凄まじいスピードで奴がこちらに向かって突進してきた。

 早い。

 すかさずハクくんの前に出て、攻撃をつばで弾き返す。跳ね返った奴の胴体には無数の目が付いている。俺は目を逸らさないまま、音叉を叩いて咥える。

 ツンッ、と音が額のあたりに響いて沁みる。

 そしてすぐに。意識が引きずられる。ぐっと息が詰まる。

 聲が俺の中に入ってくる。

『おいで』
『いっしょにいて』
『でておいで』

 俺は動揺する。

 突進してくる体を往なす。

『助けて』

 速度も。温度も色も。



『きもちいいよ』
『もっと深く』
『ちかくにきて』
『いやだ』
『いかないで』
『よんでる』



「……っ!」

 さっきの聲に似てる。

『ねぇ』

 危ない。咄嗟だった。

 凄まじい勢いで突進してきた奴を避けた。

 後ろでゴッと音がした。ハクくんに当たった?

「ハクくん!」

 俺が思わず振り返った。

 その時 ————



『ね』



「 ———— っ!」

 視界の端を赤いものが掠った。

 しまった。

 次の瞬間、左腕に痛みが走った。奴の腕が伸びて、大きく歪んだ手が俺の左腕を握っていた。

 まずい、と思った。

 けれど、冷静な頭の端で、大丈夫だ、と俺は判断した。人の手みたいな感触。おそらくまだ硬化が弱い。丹の濃度は薄いはずだ。

 それに服の上から掴まれただけ。同調して無害化すればまだ丹病が深刻化するのを防げる。

 どちらにせよ早く終わらせないと。

 俺は奥歯を噛んだ。奴が構える。もう片方の腕は硬化している。

 腕を縮める反動を使って俺に突撃する気だ。

 まずい。

 思った瞬間。奴が体を飛跳ねさせた。突進してくる。目前に迫った。

 寸前、俺は力を込めて体を右前方に回転させた。奴の攻撃を避けて懐に入る。刀を下段逆手に構えた。

 ヒュッと刀が風を切って、俺を掴む奴の腕にめり込んだ。

 そして、一気に腕を切り落とした。



『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』



 聲が痛い。

「うぐっ」

 思わず嘔吐く。音叉はとっくに口から放しているのに。

 どうして、こんなにも同調してしまうんだ。奴から体を離して、未だ俺の腕を掴む奴の手を、腕を振って放り投げた。

 奥歯を噛む。

 奴を視界から外さずにハクくんの姿を探す。

 いない。いない。どこだ!?

 焦る。

 それがいけなかった。



『ね』



 途端に。俺の心にできた隙間に、ぐっと何かが入り込む。

 心が自分のものでなくなる。

 ヤバいと思った時には遅くて。

 身体の主導権が、無くなったみたいに。身体の力が抜けていた。

『あいたかった』

『いたいよ』

『しんじゃう』

『てをはなさないで』

 涙が出る。

 どうして。同調が深すぎる。目の前が霞む。流される。

 理性に反して体がその聲に委ね始める。

 なんなんだコイツ!



『きて』



 あ。

 ちょっと。ダメかも。

 ここまでが全て一瞬の出来事なのに。まるでコマ送りするみたいに。何秒にも感じて。

 奴が目の前に迫って来る。動けない。

 動けない。

 さっき握られた左腕が痛い。

 体が動かない!

 痙攣する目で必死に周りを見る。

 視界の端で捉えた左腕は血が滲んでいた。ああ、これのせいだ。

 腕を掴まれただけだと思ったのに。傷をつけられていたのか。

 毒が回ったように体が動かない。丹が体に周りはじめているんだ。

 体が膝からがくっと崩れる。体の主導権が奴に完全に握られた。

 目の前にまで来た奴が、大きく腕を振り上げる。



 うわ。これ、死んだかも。
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