52 / 107
露命
0.37 儚い夢が頭を擡げる
しおりを挟む
「———— うおっ!」
砂埃が舞う。叩きつけるような風圧に、俺の体も吹き飛ばされた。空中で咄嗟に体制を整える。
右脚全体で着地して、口に入った砂をぺっ、と吐き出した。
何だ。
風が吹いた方向を目を凝らす。よく見えない。辛うじて持っていた刀の柄を握り直しながら立ち上がる。
柄を叩いて血振りをして上段に構えた。左膝が少し痛い。膝を打ったみたいだ。
段々砂埃が止んでくる。10メートル程先。暗い広場の中央。地面に大きな打痕が見えた。
上から何かが落ちてきた?
打痕の中央に人型の何かが見える。俺は急いでハクくんの傍に寄った。
「何あれ、人?」
「分からん」ハクくんが呟く。
打痕を取り巻く濃い土煙もだんだん薄らいでくる。色形がはっきり見えてきた。赤黒い。丹だ。
人型だけれど、そのシルエットには首が無い。初めて見た。なんであんなものが空から降ってきたんだ。
「空から首なしカイカイさんが降ってきた……」
俺が呟くと「経緯は後で捜査しよう」とハクくんが答える。
「それに、アイツを “カイカイさん” と定義するのは尚早だ。三形は脳が丹に侵されることを発端に自立徘徊する」
「え、じゃああいつ———— 」
俺が言った。次の瞬間。
凄まじいスピードで奴がこちらに向かって突進してきた。
早い。
すかさずハクくんの前に出て、攻撃を鍔で弾き返す。跳ね返った奴の胴体には無数の目が付いている。俺は目を逸らさないまま、音叉を叩いて咥える。
ツンッ、と音が額のあたりに響いて沁みる。
そしてすぐに。意識が引きずられる。ぐっと息が詰まる。
聲が俺の中に入ってくる。
『おいで』
『いっしょにいて』
『でておいで』
俺は動揺する。
突進してくる体を往なす。
『助けて』
速度も。温度も色も。
『きもちいいよ』
『もっと深く』
『ちかくにきて』
『いやだ』
『いかないで』
『よんでる』
「……っ!」
さっきの聲に似てる。
『ねぇ』
危ない。咄嗟だった。
凄まじい勢いで突進してきた奴を避けた。
後ろでゴッと音がした。ハクくんに当たった?
「ハクくん!」
俺が思わず振り返った。
その時 ————
『ね』
「 ———— っ!」
視界の端を赤いものが掠った。
しまった。
次の瞬間、左腕に痛みが走った。奴の腕が伸びて、大きく歪んだ手が俺の左腕を握っていた。
まずい、と思った。
けれど、冷静な頭の端で、大丈夫だ、と俺は判断した。人の手みたいな感触。おそらくまだ硬化が弱い。丹の濃度は薄いはずだ。
それに服の上から掴まれただけ。同調して無害化すればまだ丹病が深刻化するのを防げる。
どちらにせよ早く終わらせないと。
俺は奥歯を噛んだ。奴が構える。もう片方の腕は硬化している。
腕を縮める反動を使って俺に突撃する気だ。
まずい。
思った瞬間。奴が体を飛跳ねさせた。突進してくる。目前に迫った。
寸前、俺は力を込めて体を右前方に回転させた。奴の攻撃を避けて懐に入る。刀を下段逆手に構えた。
ヒュッと刀が風を切って、俺を掴む奴の腕にめり込んだ。
そして、一気に腕を切り落とした。
『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』
聲が痛い。
「うぐっ」
思わず嘔吐く。音叉はとっくに口から放しているのに。
どうして、こんなにも同調してしまうんだ。奴から体を離して、未だ俺の腕を掴む奴の手を、腕を振って放り投げた。
奥歯を噛む。
奴を視界から外さずにハクくんの姿を探す。
いない。いない。どこだ!?
焦る。
それがいけなかった。
『ね』
途端に。俺の心にできた隙間に、ぐっと何かが入り込む。
心が自分のものでなくなる。
ヤバいと思った時には遅くて。
身体の主導権が、無くなったみたいに。身体の力が抜けていた。
『あいたかった』
『いたいよ』
『しんじゃう』
『てをはなさないで』
涙が出る。
どうして。同調が深すぎる。目の前が霞む。流される。
理性に反して体がその聲に委ね始める。
なんなんだコイツ!
『きて』
あ。
ちょっと。ダメかも。
ここまでが全て一瞬の出来事なのに。まるでコマ送りするみたいに。何秒にも感じて。
奴が目の前に迫って来る。動けない。
動けない。
さっき握られた左腕が痛い。
体が動かない!
痙攣する目で必死に周りを見る。
視界の端で捉えた左腕は血が滲んでいた。ああ、これのせいだ。
腕を掴まれただけだと思ったのに。傷をつけられていたのか。
毒が回ったように体が動かない。丹が体に周りはじめているんだ。
体が膝からがくっと崩れる。体の主導権が奴に完全に握られた。
目の前にまで来た奴が、大きく腕を振り上げる。
うわ。これ、死んだかも。
砂埃が舞う。叩きつけるような風圧に、俺の体も吹き飛ばされた。空中で咄嗟に体制を整える。
右脚全体で着地して、口に入った砂をぺっ、と吐き出した。
何だ。
風が吹いた方向を目を凝らす。よく見えない。辛うじて持っていた刀の柄を握り直しながら立ち上がる。
柄を叩いて血振りをして上段に構えた。左膝が少し痛い。膝を打ったみたいだ。
段々砂埃が止んでくる。10メートル程先。暗い広場の中央。地面に大きな打痕が見えた。
上から何かが落ちてきた?
打痕の中央に人型の何かが見える。俺は急いでハクくんの傍に寄った。
「何あれ、人?」
「分からん」ハクくんが呟く。
打痕を取り巻く濃い土煙もだんだん薄らいでくる。色形がはっきり見えてきた。赤黒い。丹だ。
人型だけれど、そのシルエットには首が無い。初めて見た。なんであんなものが空から降ってきたんだ。
「空から首なしカイカイさんが降ってきた……」
俺が呟くと「経緯は後で捜査しよう」とハクくんが答える。
「それに、アイツを “カイカイさん” と定義するのは尚早だ。三形は脳が丹に侵されることを発端に自立徘徊する」
「え、じゃああいつ———— 」
俺が言った。次の瞬間。
凄まじいスピードで奴がこちらに向かって突進してきた。
早い。
すかさずハクくんの前に出て、攻撃を鍔で弾き返す。跳ね返った奴の胴体には無数の目が付いている。俺は目を逸らさないまま、音叉を叩いて咥える。
ツンッ、と音が額のあたりに響いて沁みる。
そしてすぐに。意識が引きずられる。ぐっと息が詰まる。
聲が俺の中に入ってくる。
『おいで』
『いっしょにいて』
『でておいで』
俺は動揺する。
突進してくる体を往なす。
『助けて』
速度も。温度も色も。
『きもちいいよ』
『もっと深く』
『ちかくにきて』
『いやだ』
『いかないで』
『よんでる』
「……っ!」
さっきの聲に似てる。
『ねぇ』
危ない。咄嗟だった。
凄まじい勢いで突進してきた奴を避けた。
後ろでゴッと音がした。ハクくんに当たった?
「ハクくん!」
俺が思わず振り返った。
その時 ————
『ね』
「 ———— っ!」
視界の端を赤いものが掠った。
しまった。
次の瞬間、左腕に痛みが走った。奴の腕が伸びて、大きく歪んだ手が俺の左腕を握っていた。
まずい、と思った。
けれど、冷静な頭の端で、大丈夫だ、と俺は判断した。人の手みたいな感触。おそらくまだ硬化が弱い。丹の濃度は薄いはずだ。
それに服の上から掴まれただけ。同調して無害化すればまだ丹病が深刻化するのを防げる。
どちらにせよ早く終わらせないと。
俺は奥歯を噛んだ。奴が構える。もう片方の腕は硬化している。
腕を縮める反動を使って俺に突撃する気だ。
まずい。
思った瞬間。奴が体を飛跳ねさせた。突進してくる。目前に迫った。
寸前、俺は力を込めて体を右前方に回転させた。奴の攻撃を避けて懐に入る。刀を下段逆手に構えた。
ヒュッと刀が風を切って、俺を掴む奴の腕にめり込んだ。
そして、一気に腕を切り落とした。
『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』
聲が痛い。
「うぐっ」
思わず嘔吐く。音叉はとっくに口から放しているのに。
どうして、こんなにも同調してしまうんだ。奴から体を離して、未だ俺の腕を掴む奴の手を、腕を振って放り投げた。
奥歯を噛む。
奴を視界から外さずにハクくんの姿を探す。
いない。いない。どこだ!?
焦る。
それがいけなかった。
『ね』
途端に。俺の心にできた隙間に、ぐっと何かが入り込む。
心が自分のものでなくなる。
ヤバいと思った時には遅くて。
身体の主導権が、無くなったみたいに。身体の力が抜けていた。
『あいたかった』
『いたいよ』
『しんじゃう』
『てをはなさないで』
涙が出る。
どうして。同調が深すぎる。目の前が霞む。流される。
理性に反して体がその聲に委ね始める。
なんなんだコイツ!
『きて』
あ。
ちょっと。ダメかも。
ここまでが全て一瞬の出来事なのに。まるでコマ送りするみたいに。何秒にも感じて。
奴が目の前に迫って来る。動けない。
動けない。
さっき握られた左腕が痛い。
体が動かない!
痙攣する目で必死に周りを見る。
視界の端で捉えた左腕は血が滲んでいた。ああ、これのせいだ。
腕を掴まれただけだと思ったのに。傷をつけられていたのか。
毒が回ったように体が動かない。丹が体に周りはじめているんだ。
体が膝からがくっと崩れる。体の主導権が奴に完全に握られた。
目の前にまで来た奴が、大きく腕を振り上げる。
うわ。これ、死んだかも。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
無能な陰陽師
もちっぱち
ホラー
警視庁の詛呪対策本部に所属する無能な陰陽師と呼ばれる土御門迅はある仕事を任せられていた。
スマホ名前登録『鬼』の上司とともに
次々と起こる事件を解決していく物語
※とてもグロテスク表現入れております
お食事中や苦手な方はご遠慮ください
こちらの作品は、
実在する名前と人物とは
一切関係ありません
すべてフィクションとなっております。
※R指定※
表紙イラスト:名無死 様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる