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露命

0.37 のぼせる程懐かしくなる

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『コイツはお前にやらないよ』



 一気に。激流の中から掬い上げられるみたいに。その聲に引っ張られるように全ての感覚が手元に戻ってくる。

 ハクくんの聲だった。

「『———— っ琉央ハクくん』」

 思わず聲が漏れる。朦朧とした俺の後ろから、ヒュッと風を切って何かが飛んでくる。

 動きが鈍い目でそれを追う。

 奴の残された脚にそれが引っ掛けられて、その様子から、見えたものがフックワイヤーであったと認識する。

 次の瞬間、ワイヤーが強く引っ張られて、奴の足が手前に引っ張られる。奴が思いっきり体制を崩した。

 カチッ、と音が広場に響く。

 途端、既に奴に掛けられていた放射線状のペグ付きワイヤーのリールが強く回転して、ワイヤーを巻き取り始める。ワイヤーが強く張るにつれて、それに引っ掛かった奴の体がどんどん地面に沈んでいく。

 その時、ヒュッと頭上で音が鳴った。

 見上げる。奴の腕だ。まだ本体にくっついている方の。

 ビュンッ、こちらに振り下ろされる。寸前。俺は腕を刀で往なして反対側に離脱する。

 もう一本の新しいワイヤーが俺の背後から飛んでくる。それが俺を襲った曲がりくねる腕を捉えた。

 引っかかったワイヤーが引っ張られる。そしてどんどん腕に食い込んで奴の動きを鈍らせていく。

 俺はワイヤーに沿って後ずさる。肩がハクくんの体に当たった。

 ハクくんが引っ張ったワイヤーを新しく地面に突き刺したペグに引っ掛けた。

 奴が身動きする度に、ワイヤーが奴の体に食い込んで行く。切り落とした左腕と左脚も動きが鈍い。

 俺は息を吐いてハクくんの傍に寄った。

「手間取ったね」ハクくんが言った。

「だって今日めっちゃおしゃべりなのに “同調” 深く決まらないんだもん」

「おしゃべりね。僕も気配を感じたくらいだ。よっぽど強いらしい」

 ハクくんの言葉に嫌な予感を感じる。何かが、いつもと違う。

「やっぱ変だよね」

 俺は奴を目線から外さずに、手探りで首に掛けた音叉を手に持った。

 いきなり現れたこと以外、いつも相手にしている丹と大きな差はない気はする。

 でも、聲が強い割にぼやけて聞こえる気がする。俺の気持ちの問題か。それとも違う要因か。

 どちらにせよ。早く斬って捨てないと。誰かに見られないうちに。

 腕に音叉を叩き付けて柄を咥える。頭に澄んだ音が響いた。

 意識を集中させる。

 途端。

 ぐわん、と。意識が下に落ちていく。

 まるで音を立てそうなほど引き摺られる。

『一緒がいい?』

『一緒がいい?』

『一緒がいい?』『おいで』

『一緒がいい?』『おいで』

 おかしい。

 こんなに同調しているのに。

『ねぇ』

『痛い』

『いたい』

『嫌』

 聲がこんなに近いのに。

『痛い? 痛い? 痛い? 痛い? 痛い? 痛い? 痛い?』

『よんで』

 なるほど。もしかして、俺の聲が届いてないのか?

 俺は足を踏み出して一気に走り込む。

 そして、右足を踏み込んで飛び上がった。

 ピンと張ったワイヤーを踏み台がわりにして、もう一度一気に飛び上がる。

『おいで』

 まずは俺の聲を聞く気にさせないと。

『黙れ』

 頂点から、一発突いて黙らせてやる。

「『話はそれからだよね』」

 空中で跳ね上がった体が一瞬止まる。

 間をあけて、体が降下する。

 風を全身に感じる。

 耳元で大きく風が鳴る。上着が大きく翻った。

 音叉を口から放す。

 ぐっと。腕に力を込めた。

 すっと刃が肉に刺さった。

 そしてすぐにゴッ、と鈍い感触を腕に感じる。骨に当たった音だ。

 刀身が奴の首から心臓を貫いていた。

 奴の肥大化した肩と背中に着地する。全身に衝撃が走って、手が痺れた。

『      』

 動かない。黙った。

 今だ。

 俺は音叉をもう一度叩いて強く噛んだ。

 深く息を吸う。

 吐く息と一緒に意識が中に入り込む。

『      』

『      』

 俺は必死に聲を探す。

 けれど。

 まるで眠ってしまったように、目の前の肉塊からの返事がない。

「『同調できない』」

 同調が遠い。遠いどころかそこに “丹がいない” みたいだ。

 おかしい。こんなこと一度もなかった。

 俺は自分から同調を切る。そして肉に深く刺さった刀の柄を握って勢いよく刀身を引き抜いた。

 その瞬間。

「は? なにこれ」

 どんどん丹の色が薄く弱まってゆく。そして、カイカイさんが黒ずんだ死体に戻ってゆく。

 まるで、丹を無害化した時みたいに。

 でも、なんだか様子が違う。俺は無害化した感覚はなかった。無害化した瞬間は、もっと丹が振動して死体が震えるはずなのに。

 おかしい。



『———— 魁、戻れ』

 共鳴の名残でハクくんの聲がした。

 瞬間。

 ビュオン、と音を立てて横から台風のような、激しく強い風が吹き付けた。
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