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露命
0.33 消えてしまわぬよう
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「うっわ、あっつい」
8月中旬、深夜のコンクリートジャングル。
昼間は灼熱で、佇むだけで命の危険を感じるその場所は、夜でも熱を溜め込んで、俺に容赦なく攻撃を仕掛けてきた。
都心各地に微量の丹が同時多発的に発生したらしい、とハクくんが突き止めたのが、昨日の晩の事。
お上に報告書を上げている間に、体が空いていた俺とハクくんで先に偵察に出ようと決めて出て来たのが約2時間前。
そうして、全体を把握出来たら明日の晩に、丹を4人で一気に叩こうとハクくんと算段をつけたのが今さっき。
俺とハクくんは身軽な格好でドライブがてら街を散策していた。
しかし。暑い。
ヘトヘトの俺とは対照的に、涼しそうな顔のハクくんは「そんなに暑い?」なんて俺を煽るような言葉を吐いてこちらを見る。
ハクくん、なんでこんなに暑いのに平気なんだよ。長袖なんか着ちゃって。意味不明。
俺は見るだけで暑いハクくんから視線を逸らして前を見る。
4人で夕飯を食べたあの日から、あっという間に1ヶ月が過ぎ去った。一也とシュンちゃんはまぁまぁ仲良くやっているらしい。
今日もシュンちゃんの仕事終わりに、二人で共鳴の訓練をすると言っていたし。シュンちゃんも、やっと一也と距離を縮めようという気になったみたいだ。
まぁ、シュンちゃん自身、一人でも任務がこなせちゃうから相棒なんていなくてもいいや、って心のどこかで思ってるのかもしれないけど。
全く手が掛かるよね。
そんな言葉の代わりに俺は「あっついよぉ」とまた呟いてため息をついた。
隣で歩くハクくんは音叉を腕に叩き付けながら「しょうがない。夏だから」と宣う。
音叉の柄を咥えるハクくんを見て、俺も同じように音叉を噛んだ。
音が頭に響く。
ハクくんと共鳴して、その感覚が勢いよく周囲に反響するのを感じる。
目を閉じる。
例えるなら探知機みたく。
仲間を探すように。
周囲の丹を探して、俺の感覚が舐めるように地面を這う。
ハクくんの持っている同調の速度を利用して、俺の感覚の範囲も広がっていく。
しばらく、じっと、その感覚に身を任せて集中する。
体の感覚がふっと抜けた。
『「ツツジ」』
ハクくんに呼ばれて目を開ける。
反響は返ってこなかった。丹からの返事はなし、ということだ。
ここら辺には居ないのかな。
体の感覚が戻ってくる。
共鳴の音がどんどん抜けて、同調の範囲も窄まっていく。そのかわりにハクくんの思ってる事が筒抜けになって、手にとるように感じられる。
きっと俺の言葉も聞こえてるな。
『マジあっつい』
思いながらハクくんを睨むと、ハクくんがこちらを見た。
あ、聞こえてる。
『じゃあ帰る?』
とハクくんから返事が返ってくる。
『帰らない~』
『じゃあ頑張ろう』
『う~ん』
『甘く見てると怪我する』
『でもハクくん助けてくれるじゃん』
ハクくんの碧い目が少し細くなる。
『初めから判明しているリスクは取り除いておくべきだ』
あ、めっちゃ怒ってる。
『はいは~い』
俺は返事をして共鳴を切った。そして音叉を口から離す。
「半径2キロにはいませ~ん」
今度は声に出してハクくんに話しかける。
「じゃあ次の地点に移動しよう」
「車に戻る?」
「戻るよ」
「うひゃ~やっと涼しい場所に帰れる~」
俺はハクくんの言葉に軽口を吐いて伸びをする。そのままハクくんと一緒に車を駐めた駐車場まで歩き出す。
人が少ない裏通りを二人で黙ったまま歩く。
そういえば。二人でこうやって任務を遂行するのはずいぶん久しぶりな気がした。一也が来てから、俺もハクくんも一也の訓練やお世話で手一杯だったから。
もちろん、一也が来てくれて嬉しかったから気にしてなかったけど。改めて考えると色んなこと忘れてたな。そう思い至ってハクくんを見上げる。
「二人でこうやって任務するの久しぶりだね」
「シノがレンのお世話を放置したからね」
「マジウケるね」
俺は笑って前を向くと、ハクくんが「でも」と小さくため息をついた。
「レンはもう独り立ちした。僕の手を借りる必要はほぼない」
「ここに来てもう3ヶ月だもんね~」
「早いね」
3ヶ月か。早いな、と俺も思う。一也はどんな気持ちで今いるんだろうな。
急にお母さんが死んでひとりぼっちになって。それなのに、気が休まる暇もなく機密組織に入ることになって。色んな新しいことを覚えて。
これからもっと大変なことがたくさんあるだろうし。シュンちゃんとのことだって、やっと始まったばかりだ。
でも。悲しいことを思い出さないくらい、忙しいほうがいいこともあるよね。
と、そんなことを考えながら。ふと、自分はどうだったかな、なんて思い始める。頭の端の記憶を掘り返す。
ハクくんと、今はこんなふうに背中を預けて色んな任務をこなしているけど。最初の頃はこんな風になるなんて想像もしてなかったな。
俺は何もできない。グズで。何者でもない。ただの子供だったから。
あぁ。嫌だな。
あの頃のこと。思い出しそう。
8月中旬、深夜のコンクリートジャングル。
昼間は灼熱で、佇むだけで命の危険を感じるその場所は、夜でも熱を溜め込んで、俺に容赦なく攻撃を仕掛けてきた。
都心各地に微量の丹が同時多発的に発生したらしい、とハクくんが突き止めたのが、昨日の晩の事。
お上に報告書を上げている間に、体が空いていた俺とハクくんで先に偵察に出ようと決めて出て来たのが約2時間前。
そうして、全体を把握出来たら明日の晩に、丹を4人で一気に叩こうとハクくんと算段をつけたのが今さっき。
俺とハクくんは身軽な格好でドライブがてら街を散策していた。
しかし。暑い。
ヘトヘトの俺とは対照的に、涼しそうな顔のハクくんは「そんなに暑い?」なんて俺を煽るような言葉を吐いてこちらを見る。
ハクくん、なんでこんなに暑いのに平気なんだよ。長袖なんか着ちゃって。意味不明。
俺は見るだけで暑いハクくんから視線を逸らして前を見る。
4人で夕飯を食べたあの日から、あっという間に1ヶ月が過ぎ去った。一也とシュンちゃんはまぁまぁ仲良くやっているらしい。
今日もシュンちゃんの仕事終わりに、二人で共鳴の訓練をすると言っていたし。シュンちゃんも、やっと一也と距離を縮めようという気になったみたいだ。
まぁ、シュンちゃん自身、一人でも任務がこなせちゃうから相棒なんていなくてもいいや、って心のどこかで思ってるのかもしれないけど。
全く手が掛かるよね。
そんな言葉の代わりに俺は「あっついよぉ」とまた呟いてため息をついた。
隣で歩くハクくんは音叉を腕に叩き付けながら「しょうがない。夏だから」と宣う。
音叉の柄を咥えるハクくんを見て、俺も同じように音叉を噛んだ。
音が頭に響く。
ハクくんと共鳴して、その感覚が勢いよく周囲に反響するのを感じる。
目を閉じる。
例えるなら探知機みたく。
仲間を探すように。
周囲の丹を探して、俺の感覚が舐めるように地面を這う。
ハクくんの持っている同調の速度を利用して、俺の感覚の範囲も広がっていく。
しばらく、じっと、その感覚に身を任せて集中する。
体の感覚がふっと抜けた。
『「ツツジ」』
ハクくんに呼ばれて目を開ける。
反響は返ってこなかった。丹からの返事はなし、ということだ。
ここら辺には居ないのかな。
体の感覚が戻ってくる。
共鳴の音がどんどん抜けて、同調の範囲も窄まっていく。そのかわりにハクくんの思ってる事が筒抜けになって、手にとるように感じられる。
きっと俺の言葉も聞こえてるな。
『マジあっつい』
思いながらハクくんを睨むと、ハクくんがこちらを見た。
あ、聞こえてる。
『じゃあ帰る?』
とハクくんから返事が返ってくる。
『帰らない~』
『じゃあ頑張ろう』
『う~ん』
『甘く見てると怪我する』
『でもハクくん助けてくれるじゃん』
ハクくんの碧い目が少し細くなる。
『初めから判明しているリスクは取り除いておくべきだ』
あ、めっちゃ怒ってる。
『はいは~い』
俺は返事をして共鳴を切った。そして音叉を口から離す。
「半径2キロにはいませ~ん」
今度は声に出してハクくんに話しかける。
「じゃあ次の地点に移動しよう」
「車に戻る?」
「戻るよ」
「うひゃ~やっと涼しい場所に帰れる~」
俺はハクくんの言葉に軽口を吐いて伸びをする。そのままハクくんと一緒に車を駐めた駐車場まで歩き出す。
人が少ない裏通りを二人で黙ったまま歩く。
そういえば。二人でこうやって任務を遂行するのはずいぶん久しぶりな気がした。一也が来てから、俺もハクくんも一也の訓練やお世話で手一杯だったから。
もちろん、一也が来てくれて嬉しかったから気にしてなかったけど。改めて考えると色んなこと忘れてたな。そう思い至ってハクくんを見上げる。
「二人でこうやって任務するの久しぶりだね」
「シノがレンのお世話を放置したからね」
「マジウケるね」
俺は笑って前を向くと、ハクくんが「でも」と小さくため息をついた。
「レンはもう独り立ちした。僕の手を借りる必要はほぼない」
「ここに来てもう3ヶ月だもんね~」
「早いね」
3ヶ月か。早いな、と俺も思う。一也はどんな気持ちで今いるんだろうな。
急にお母さんが死んでひとりぼっちになって。それなのに、気が休まる暇もなく機密組織に入ることになって。色んな新しいことを覚えて。
これからもっと大変なことがたくさんあるだろうし。シュンちゃんとのことだって、やっと始まったばかりだ。
でも。悲しいことを思い出さないくらい、忙しいほうがいいこともあるよね。
と、そんなことを考えながら。ふと、自分はどうだったかな、なんて思い始める。頭の端の記憶を掘り返す。
ハクくんと、今はこんなふうに背中を預けて色んな任務をこなしているけど。最初の頃はこんな風になるなんて想像もしてなかったな。
俺は何もできない。グズで。何者でもない。ただの子供だったから。
あぁ。嫌だな。
あの頃のこと。思い出しそう。
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