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朝顔
0.31 とげのように僕を刺す
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それは、初めての感覚だった。
いままで一生懸命同調の訓練をしてきたけれど、人に取り憑いた “丹” は、そんなものと比べ物にならないほど、生き物の感触がして。
オレは正直、とても動揺していた。
例えるなら、今までは死んだ魚を捌いていたのに、今度は蠢く聲のある、言葉が通じる羽虫を、指で一匹ずつ殺しているみたいな。
不快だ。涙が出そうだ。
『オレ一人でやってもいい?』
そうハクさんに尋ねたことを一瞬、心底後悔するほど。その感覚はオレの神経をひどくすり減らした。
けれど反対に、オレは瀧源さんの相棒としてどうしても認められたかった。早く瀧源さんの隣に立ちたい。
隣にいても、誰にも何も言われないくらい、瀧源さん自身にも認めてもらえるくらい。だからこんな簡単な任務、オレ一人で完遂できなきゃ。あの人の相棒になんか、なれっこない。
だから。じっと、聴こえてくる聲に、一生懸命、心を澄ませる。
それが心底不快だったとしても。
オレの気持ちをそれらに向けてあげる。
そうして、だんだん。
感覚がないまぜになっていく。
最初の不快感が消えて。
一緒くたになる。
オレもそれらと一緒になる。
聞こえる。
小さく蠢いて囁いている。
小さな力でオレを引っ張ってくる。
ギリギリまで、オレはそれを受け入れる。
一緒にいてあげる。
言葉にならない聲が聴こえる。
そうだね。
お前たちは正しいんだ。
けれど、それは。
オレたちの “正しさ” とは違うんだよ。
それをオレが。
教えてあげる。
口を開けて音叉を離す。
目を開ける。
そして、持っていた針を死体の心臓あたりに刺した。
トンッ、と物理的な小さい音がして。
次の瞬間に、チリチリと燃えるような “聲” がオレの感覚を追いかけてくる。
音叉を噛んで、物理的にそれを聞こえないように感覚を遮る。
しばらく感覚を閉じて、じっと心を閉ざしたようにして。
動かないで耐え続ける。
また少しして、死体の痣が全て消えた頃。
そっと口から音叉を離す。
心を澄ませる。
聲は全く聴こえなくなっていた。
終わった。
オレは肩の力を抜いて、大きく息を吸った。
「あら、優秀ねぇ~」
含満先生の言葉で、あぁ、生きてるんだ、とオレはようやく自覚する。
そして、ほっとして、思わずハクさんの方を見た。
「良くやった。満点だよ」
ハクさんは相変わらずの無表情でオレにそう言った。
やった。よかった。
一人でできた。
オレは、思わず顔が緩むのを感じた。
これでやっと。やっと、スタートラインに立てた。
「ありがとうございます」
オレは言って、死体から針をそっと抜く。
心なしか、さっきより心地好さそうに眠っているおじさんにオレは手を合わせる。
ありがとう。オレに同調させてくれて。前進させてくれて。
含満先生がオレのそばにやってきて、棺桶を覗く。
「完璧。さすがリーダーさまの相棒ね」
言われて、オレは思わず唇を嚙む。
褒められて嬉しい。けれど、こんなもんじゃあの人の相棒になるには、まだまだ、全然ダメなんだ。
いろんなことが。足りないものが多すぎる。
黙り込むオレに、先生が首をかしげる。
「レン君は……シノ君とバディで仕事を始めるって聞いたけど。仲良くやってるの?」
シノ。瀧源さんの偽名だ。その名前を聞いてオレは尚更落ち込んだ。
「……あんまり」
オレが答えると、先生は「あら」とおどけたように口元に手をやった。
「悪い事聞いちゃったかしら?」
「まだ……オレが頼りないんで」
「そんなことないと思うけど?」
先生の言葉にオレがまた黙り込む。
ハクさんが大きなため息を吐くのが聞こえた。
「君のせいじゃない。アイツの問題だ」
「でも———— 」言いかけて、思い直して下を向く。
オレの中に “零樹さん” を見てしまうのは、きっとオレ自身が弱々しくて頼りないからなんだと思う。あまり考えたくないけれど。
きっと今、オレが瀧源さんにできることは “零樹さん” の懐かしさを瀧源さんに思い出させることだけだ。
でも、それはただの慰めで、幻想でしかない。そんなの何の意味もない。
きっと瀧源さんは孤独なんだ。
誰にもわかってもらえないって思ってる。
オレと同じ。
だから、オレは早く瀧源さんの隣に並んで伝えないといけない。
「わかるよ」って、言葉だけじゃなくて。オレも同じ場所に立って言わなきゃ。説得力が何もないんだ。
あの時に感じた。
『この気持ちを抱えているのはオレだけじゃなかった』
その感覚が、オレの心につっかえを作ってくれた。
だから、悲しみに崩れ落ちそうな心を、今、オレはこうやって支えていられる。
あの人の隣に立ちたい。つっかえを作ってくれたあの人の隣に。
もしかしたら、これはオレの壮大な思い込みかもしれない。
それでも、魁君に言われた通り。この感情や関係に名前がなくても。
オレはその気持ちの通り、素直に進んでいきたい。
後悔しないように。
いままで一生懸命同調の訓練をしてきたけれど、人に取り憑いた “丹” は、そんなものと比べ物にならないほど、生き物の感触がして。
オレは正直、とても動揺していた。
例えるなら、今までは死んだ魚を捌いていたのに、今度は蠢く聲のある、言葉が通じる羽虫を、指で一匹ずつ殺しているみたいな。
不快だ。涙が出そうだ。
『オレ一人でやってもいい?』
そうハクさんに尋ねたことを一瞬、心底後悔するほど。その感覚はオレの神経をひどくすり減らした。
けれど反対に、オレは瀧源さんの相棒としてどうしても認められたかった。早く瀧源さんの隣に立ちたい。
隣にいても、誰にも何も言われないくらい、瀧源さん自身にも認めてもらえるくらい。だからこんな簡単な任務、オレ一人で完遂できなきゃ。あの人の相棒になんか、なれっこない。
だから。じっと、聴こえてくる聲に、一生懸命、心を澄ませる。
それが心底不快だったとしても。
オレの気持ちをそれらに向けてあげる。
そうして、だんだん。
感覚がないまぜになっていく。
最初の不快感が消えて。
一緒くたになる。
オレもそれらと一緒になる。
聞こえる。
小さく蠢いて囁いている。
小さな力でオレを引っ張ってくる。
ギリギリまで、オレはそれを受け入れる。
一緒にいてあげる。
言葉にならない聲が聴こえる。
そうだね。
お前たちは正しいんだ。
けれど、それは。
オレたちの “正しさ” とは違うんだよ。
それをオレが。
教えてあげる。
口を開けて音叉を離す。
目を開ける。
そして、持っていた針を死体の心臓あたりに刺した。
トンッ、と物理的な小さい音がして。
次の瞬間に、チリチリと燃えるような “聲” がオレの感覚を追いかけてくる。
音叉を噛んで、物理的にそれを聞こえないように感覚を遮る。
しばらく感覚を閉じて、じっと心を閉ざしたようにして。
動かないで耐え続ける。
また少しして、死体の痣が全て消えた頃。
そっと口から音叉を離す。
心を澄ませる。
聲は全く聴こえなくなっていた。
終わった。
オレは肩の力を抜いて、大きく息を吸った。
「あら、優秀ねぇ~」
含満先生の言葉で、あぁ、生きてるんだ、とオレはようやく自覚する。
そして、ほっとして、思わずハクさんの方を見た。
「良くやった。満点だよ」
ハクさんは相変わらずの無表情でオレにそう言った。
やった。よかった。
一人でできた。
オレは、思わず顔が緩むのを感じた。
これでやっと。やっと、スタートラインに立てた。
「ありがとうございます」
オレは言って、死体から針をそっと抜く。
心なしか、さっきより心地好さそうに眠っているおじさんにオレは手を合わせる。
ありがとう。オレに同調させてくれて。前進させてくれて。
含満先生がオレのそばにやってきて、棺桶を覗く。
「完璧。さすがリーダーさまの相棒ね」
言われて、オレは思わず唇を嚙む。
褒められて嬉しい。けれど、こんなもんじゃあの人の相棒になるには、まだまだ、全然ダメなんだ。
いろんなことが。足りないものが多すぎる。
黙り込むオレに、先生が首をかしげる。
「レン君は……シノ君とバディで仕事を始めるって聞いたけど。仲良くやってるの?」
シノ。瀧源さんの偽名だ。その名前を聞いてオレは尚更落ち込んだ。
「……あんまり」
オレが答えると、先生は「あら」とおどけたように口元に手をやった。
「悪い事聞いちゃったかしら?」
「まだ……オレが頼りないんで」
「そんなことないと思うけど?」
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「君のせいじゃない。アイツの問題だ」
「でも———— 」言いかけて、思い直して下を向く。
オレの中に “零樹さん” を見てしまうのは、きっとオレ自身が弱々しくて頼りないからなんだと思う。あまり考えたくないけれど。
きっと今、オレが瀧源さんにできることは “零樹さん” の懐かしさを瀧源さんに思い出させることだけだ。
でも、それはただの慰めで、幻想でしかない。そんなの何の意味もない。
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後悔しないように。
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