41 / 107
朝顔
0.30 この気持ちは焦げ跡になって
しおりを挟む
「ハクさん、準備できたよ」
レンが言ってこちらに歩いてくる。そしてそっと棺桶を覗いて、少し顔を顰めた。
「どうした?」
僕が尋ねるとレンは「大丈夫」と一言溢して手を合わせる。
「嫌な感じがしただけ。丹が。この、死んでる人じゃなくて」
「そう」
「訓練と全然違う。……人に取り憑くと、こんなに嫌な聲がする。ツツジ君に聞いた通りだった」
「聲が聞こえた?」
「うん。呻き声、みたいな」そう言って、レンがこちらを見て首を傾げた。
「ハクさんは、もっとはっきり聴こえた?」
「……いや。僕はあまり、聞こえないよ」
「そっか……」
オレの空耳かな、と呟くレンを、僕はなんとも言えない気持ちで見つめた。
そうか。彼も聲が聞こえるのか。聲が聞こえるということは、同調・共鳴能力が強いということだ。
羨ましい限りだな。
あまり、人にそういった気持ちを抱く事はないけれど。殊に、この同調能力や共鳴能力に関して言えば、僕自身とても執着心が強くて、気持ちの整理がつかないことが多い。
レンが音叉を取り出す。けれどすぐ、先生の方を見やって、今度は僕に目配せする。先生の前で同調してもいいのか、と聞きたいらしい。
僕が頷くより先に、先生が控えめに笑った。
「案外となんでも知ってるって言ったでしょう。大丈夫よ」
レンはその言葉にホッとしたように下を向いて、すみません、と呟いた。そして、もう一度こちらを見る。
「オレ一人でやってもいい?」
真剣な顔だった。そう言えば、一人でやってみろ、とは言っていなかったな。
「端からそのつもり」
僕が言うと、レンは、ありがとうございます、と言って棺桶の前に片膝を立てて座った。
レンが小さく息を吐く。そして音叉を膝に叩いて口に運ぶ。そのままゆっくり柄を噛んだ。
同調する。
感じる。共鳴用の音叉を噛んでいなくても、レンの音が伝わってくる。
懐かしい。
思わずそう感じて、直ぐに心臓が痛くなる。
似ている。あの人に。
僕に同調の稽古を最初につけてくれたのは零樹さんだった。
「よく見てて」と言われ、目の前で同調する姿を見せてもらった。その、初めて感じた感覚の鮮烈な記憶が、目の前で重なって見える。
こんなにも似ているというのは、あり得る事なんだろうか。
今まで、レンの同調には何度も立ち会ってきた。けれどこんな感覚は、今まで一度も感じたことがなかった。
もしかして、僕の感傷的な気持ちが “酷似している” と錯覚させているのか。それとも、今までの訓練は彼の力の一端を感じていたに過ぎず、こちらがレンの本当の力なんだろうか。
レンが音叉を口から離して、もう一度膝に叩く。そして、再度口に咥える。
同調する。丹の意識がレンに向かっていくのを感じる。
低く脳が揺らされる。安堵感に似た心地良さが背中を撫でる。夜の帷のように空間を包み込んで、音の中に静けささえ感じる。
その瞬間、僕は理解する。あの人に似ているという問題以前に、僕が追いつけないほどの強い力を、レンが持っていることを。
あの人が死んで、あの人の代わりにシュンの相棒としてひとときを共にした中途半端な僕を嘲笑うようだ。
なるほど君は。
遺伝子が、あの人と極めて近いだけじゃなく。僕に出来なかった事を、いとも簡単にこなしてしまうのか。
少しでもシュンの力になりたいと、昔から願っていた僕の力なんて。おそらく、君の前では、到底及ばないんだな。
レンが言ってこちらに歩いてくる。そしてそっと棺桶を覗いて、少し顔を顰めた。
「どうした?」
僕が尋ねるとレンは「大丈夫」と一言溢して手を合わせる。
「嫌な感じがしただけ。丹が。この、死んでる人じゃなくて」
「そう」
「訓練と全然違う。……人に取り憑くと、こんなに嫌な聲がする。ツツジ君に聞いた通りだった」
「聲が聞こえた?」
「うん。呻き声、みたいな」そう言って、レンがこちらを見て首を傾げた。
「ハクさんは、もっとはっきり聴こえた?」
「……いや。僕はあまり、聞こえないよ」
「そっか……」
オレの空耳かな、と呟くレンを、僕はなんとも言えない気持ちで見つめた。
そうか。彼も聲が聞こえるのか。聲が聞こえるということは、同調・共鳴能力が強いということだ。
羨ましい限りだな。
あまり、人にそういった気持ちを抱く事はないけれど。殊に、この同調能力や共鳴能力に関して言えば、僕自身とても執着心が強くて、気持ちの整理がつかないことが多い。
レンが音叉を取り出す。けれどすぐ、先生の方を見やって、今度は僕に目配せする。先生の前で同調してもいいのか、と聞きたいらしい。
僕が頷くより先に、先生が控えめに笑った。
「案外となんでも知ってるって言ったでしょう。大丈夫よ」
レンはその言葉にホッとしたように下を向いて、すみません、と呟いた。そして、もう一度こちらを見る。
「オレ一人でやってもいい?」
真剣な顔だった。そう言えば、一人でやってみろ、とは言っていなかったな。
「端からそのつもり」
僕が言うと、レンは、ありがとうございます、と言って棺桶の前に片膝を立てて座った。
レンが小さく息を吐く。そして音叉を膝に叩いて口に運ぶ。そのままゆっくり柄を噛んだ。
同調する。
感じる。共鳴用の音叉を噛んでいなくても、レンの音が伝わってくる。
懐かしい。
思わずそう感じて、直ぐに心臓が痛くなる。
似ている。あの人に。
僕に同調の稽古を最初につけてくれたのは零樹さんだった。
「よく見てて」と言われ、目の前で同調する姿を見せてもらった。その、初めて感じた感覚の鮮烈な記憶が、目の前で重なって見える。
こんなにも似ているというのは、あり得る事なんだろうか。
今まで、レンの同調には何度も立ち会ってきた。けれどこんな感覚は、今まで一度も感じたことがなかった。
もしかして、僕の感傷的な気持ちが “酷似している” と錯覚させているのか。それとも、今までの訓練は彼の力の一端を感じていたに過ぎず、こちらがレンの本当の力なんだろうか。
レンが音叉を口から離して、もう一度膝に叩く。そして、再度口に咥える。
同調する。丹の意識がレンに向かっていくのを感じる。
低く脳が揺らされる。安堵感に似た心地良さが背中を撫でる。夜の帷のように空間を包み込んで、音の中に静けささえ感じる。
その瞬間、僕は理解する。あの人に似ているという問題以前に、僕が追いつけないほどの強い力を、レンが持っていることを。
あの人が死んで、あの人の代わりにシュンの相棒としてひとときを共にした中途半端な僕を嘲笑うようだ。
なるほど君は。
遺伝子が、あの人と極めて近いだけじゃなく。僕に出来なかった事を、いとも簡単にこなしてしまうのか。
少しでもシュンの力になりたいと、昔から願っていた僕の力なんて。おそらく、君の前では、到底及ばないんだな。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
オカルト嫌いJKと言霊使いの先輩書店員
眼鏡猫
ホラー
書店でアルバイトをする女子高生、如月弥生(きさらぎやよい)は大のオカルト嫌い。そんな彼女と同じ職場で働く大学生、琴乃葉紬玖(ことのはつぐむ)は自称霊感体質だそうで、弥生が発する言霊により悪いモノに覆われていると言う。一笑に付す弥生だったが、実は彼女には誰にも言えないトラウマを抱えていた。
ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける
気ままに
ホラー
家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!
しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!
もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!
てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。
ネタバレ注意!↓↓
黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。
そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。
そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……
"P-tB"
人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……
何故ゾンビが生まれたか……
何故知性あるゾンビが居るのか……
そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
音のしない部屋〜怪談・不思議系短編集
ねぎ(ポン酢)
ホラー
短編で書いたものの中で、怪談・不思議・ホラー系のものをまとめました。基本的にはゾッとする様なホラーではなく、不思議系の話です。(たまに増えます)※怖いかなと思うものには「※」をつけてあります
(『stand.fm』にて、AI朗読【自作Net小説朗読CAFE】をやっております。AI朗読を作って欲しい短編がありましたらご連絡下さい。)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『霧原村』~少女達の遊戯が幽の地に潜む怪異を招く~
潮ノ海月
ホラー
五月の中旬、昼休中に清水莉子と幸村葵が『こっくりさん』で遊び始めた。俺、月森和也、野風雄二、転校生の神代渉の三人が雑談していると、女子達のキャーという悲鳴が。その翌日から莉子は休み続け、学校中に『こっくりさん』の呪いや祟りの噂が広まる。そのことで和也、斉藤凪紗、雄二、葵、渉の五人が莉子の家を訪れると、彼女の母親は憔悴し、私室いた莉子は憑依された姿になっていた。莉子の家から葵を送り届け、暗い路地を歩く渉は不気味な怪異に遭遇する。それから恐怖の怪奇現象が頻発し、ついに女子達が犠牲に。そして怪異に翻弄されながらも、和也と渉の二人は一つの仮説を立て、思ってもみない結末へ導かれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる