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朝顔
0.26 のどが焼けるほど叫んでも
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広めの廊下を少し進んで、遺体が安置されているという部屋に辿り着く。
引き戸を開けると、畳に白い壁と天井が見えた。奥の壁の上部に、大きめの窓が斜めについている。覗く夕日が眩しい。
電気を点けると、間接照明が点灯して部屋を薄暗く照らし出す。木製の洒落たローテーブルと臙脂色の座布団がいくつか並んでいた。
靴を脱いで室内に入る。奥に棺桶が置かれ、その頭側、入って右側の壁に木でできた赤い輪が掛けられている。真那まな教が宗教的象徴として使用する飾りだ。故人は真那教徒だったらしい。
真那教はこの国で一番勢力の強い宗教だ。政教分離原則に則り、世俗国家として成り立つこの国で、唯一国教として指定する話が上げられたことがあると聞いた。
もう60年以上前の話らしいが。それでも、政治家や経営者に真那教徒が多くいて、この国の成り行きを多少なりとも左右しているであろう事は考えるに容易い。
先生が持っていた鞄を漁る。少しして、中から電源タップを取り出し、コンセントに差し込んだ。
途端。プツッと、耳に入れていた超小型無線機にノイズが入る。
レンが驚いてこちらを見た。
「大丈夫よ」先生が言う。
「電波遮断機を入れたから。これで粗方、盗聴は防げるでしょう」
「そんなものどこで?」と尋ねると先生が「支給品よ」と笑った。
「レン君、だったかしら?」
「はい」
「噂に聞いてた新人さんに会えるって聞いて、とっても楽しみだったのよ」
「噂?」レンが首をかしげる。
「ふふ、ツツジ君がよく連絡してくれるのよ」
ツツジとは魁のことだ。アイツ、先生とも仲が良かったのか。交友関係の広さには感服する。いったいどうやって連絡を取っているんだか。
「ツツジ君も、知り合いなんですね」
僕の気持ちを代弁するようにレンが先生に尋ねる。
「ちょっと前までハク君の所にいたから。仲良しなのよ」
「そうなんですね」
「そう。案外となんでも知ってるのよ」
先生はいたずらっぽく笑う。
「ツツジ君が優秀な子が来たんだって自慢してくるものだから。楽しみで楽しみで。それに、聞いていた通りのイケメンさんねぇ。あなた達のところはイケメンしか入れないルールでもあるの?」
「いや、あの……」
「あははは、ヤダ私ったら。すっかりおばさんなもんだから。つい話しすぎちゃうわね」
困った顔のレンに、先生は笑いながらさっさと準備を始める。レンもそれを見て急いで黒いリュックから道具を取り出し始めた。
なるほど。先生は新人のレンに気を遣ってくれているらしい。
レンが準備をしている間、僕も先生の指示に従って、棺桶の蓋をそっと開ける。中にいた故人は中年の男だった。まだ若く見える。一応手を合わせ、服を肌蹴させる。
化粧の所為で顔は綺麗に見えたが、首から下は確かに赤くただれたような痕があった。
じっと意識を集中させる。
音を “感じる” 。虫が這いずり回っている音だ。丹に違いない。
シュンや魁は『聲が聴こえる』と言うけれど、僕にはさっぱりだ。あの二人に比べたら、僕の同調能力はあまりにも弱くて、全くと言っていいほど使い物にならない。
そういった部分は、遺伝子からしておそらくレンも似ているように思う。僕と同じように同調するより、共鳴した相手を丹から離脱させる方が得意だ。
とはいえ、共鳴の力は同調の力に比例する。つまり、同調の力が弱ければ共鳴の力も弱く、相手を繋ぎ止める力も弱くなる。離脱する力が強くても繋ぎ止める力が弱ければ意味がない。僕はある意味『できそこない』だ。
それでも、少しでも同調・共鳴能力があって、この組織に入る意思がある、そういった人材の存在自体が奇跡に近い。だから僕もここにいる。
けれど僕とて、その状況に何も感じないわけじゃない。
できるなら、もっと強くありたかった。
あの人みたいに。
引き戸を開けると、畳に白い壁と天井が見えた。奥の壁の上部に、大きめの窓が斜めについている。覗く夕日が眩しい。
電気を点けると、間接照明が点灯して部屋を薄暗く照らし出す。木製の洒落たローテーブルと臙脂色の座布団がいくつか並んでいた。
靴を脱いで室内に入る。奥に棺桶が置かれ、その頭側、入って右側の壁に木でできた赤い輪が掛けられている。真那まな教が宗教的象徴として使用する飾りだ。故人は真那教徒だったらしい。
真那教はこの国で一番勢力の強い宗教だ。政教分離原則に則り、世俗国家として成り立つこの国で、唯一国教として指定する話が上げられたことがあると聞いた。
もう60年以上前の話らしいが。それでも、政治家や経営者に真那教徒が多くいて、この国の成り行きを多少なりとも左右しているであろう事は考えるに容易い。
先生が持っていた鞄を漁る。少しして、中から電源タップを取り出し、コンセントに差し込んだ。
途端。プツッと、耳に入れていた超小型無線機にノイズが入る。
レンが驚いてこちらを見た。
「大丈夫よ」先生が言う。
「電波遮断機を入れたから。これで粗方、盗聴は防げるでしょう」
「そんなものどこで?」と尋ねると先生が「支給品よ」と笑った。
「レン君、だったかしら?」
「はい」
「噂に聞いてた新人さんに会えるって聞いて、とっても楽しみだったのよ」
「噂?」レンが首をかしげる。
「ふふ、ツツジ君がよく連絡してくれるのよ」
ツツジとは魁のことだ。アイツ、先生とも仲が良かったのか。交友関係の広さには感服する。いったいどうやって連絡を取っているんだか。
「ツツジ君も、知り合いなんですね」
僕の気持ちを代弁するようにレンが先生に尋ねる。
「ちょっと前までハク君の所にいたから。仲良しなのよ」
「そうなんですね」
「そう。案外となんでも知ってるのよ」
先生はいたずらっぽく笑う。
「ツツジ君が優秀な子が来たんだって自慢してくるものだから。楽しみで楽しみで。それに、聞いていた通りのイケメンさんねぇ。あなた達のところはイケメンしか入れないルールでもあるの?」
「いや、あの……」
「あははは、ヤダ私ったら。すっかりおばさんなもんだから。つい話しすぎちゃうわね」
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なるほど。先生は新人のレンに気を遣ってくれているらしい。
レンが準備をしている間、僕も先生の指示に従って、棺桶の蓋をそっと開ける。中にいた故人は中年の男だった。まだ若く見える。一応手を合わせ、服を肌蹴させる。
化粧の所為で顔は綺麗に見えたが、首から下は確かに赤くただれたような痕があった。
じっと意識を集中させる。
音を “感じる” 。虫が這いずり回っている音だ。丹に違いない。
シュンや魁は『聲が聴こえる』と言うけれど、僕にはさっぱりだ。あの二人に比べたら、僕の同調能力はあまりにも弱くて、全くと言っていいほど使い物にならない。
そういった部分は、遺伝子からしておそらくレンも似ているように思う。僕と同じように同調するより、共鳴した相手を丹から離脱させる方が得意だ。
とはいえ、共鳴の力は同調の力に比例する。つまり、同調の力が弱ければ共鳴の力も弱く、相手を繋ぎ止める力も弱くなる。離脱する力が強くても繋ぎ止める力が弱ければ意味がない。僕はある意味『できそこない』だ。
それでも、少しでも同調・共鳴能力があって、この組織に入る意思がある、そういった人材の存在自体が奇跡に近い。だから僕もここにいる。
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できるなら、もっと強くありたかった。
あの人みたいに。
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