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朝顔
0.25 時は僕を置いていく
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牽牛町の葬儀場に到着したのは18時を少し過ぎた頃だった。
だいぶ日が長くなった。この時間でも辺りはまだ明るい。
けれど、周りは田畑ばかりで街灯は多くない。もう少ししたら途端に真っ暗になって、星がよく見えるに違いない。
気分転換にはいい場所だ。恐らく、近頃殊に気を揉んでいる一也にとって。
「ハクさん」
呼ばれて振り返る。早々に車を降りた一也、もとい、レンが、後部座席の荷物を漁りながらこちらを見ていた。
ハクというのは僕の偽名だ。基本的に外に出たら、どんな状況下でもお互いに偽名で呼び合う規則になっている。
偽名に加えて、今日の僕は納棺師、レンはその手伝いをしている弟子という設定が付与されている。
今回の任務は、この葬儀場に運ばれてきた赤い斑点のある遺体、つまり、進行が極めて遅い軽度の丹電子障害に侵された死体の無害化が主な目的だ。
「荷物はどれを持っていくの?」レンが尋ねてくる。
「1番の黒いリュックだけでいい。不安なら補助で5番のバッグを持っていけばいい」
「分かった」
レンが答えて、手際よく荷物を整理し始める。彼はとても真面目で要領がいい。管理番号を振った荷物の一覧や、任務に使う道具の名称もあっという間に覚えてしまった。
今回は “協力者” も既に現場で待機していると聞いている。任務の難易度も低い。この調子なら、僕が手出ししなくともレン一人で十分やり遂げられるだろう。
故人の体内にある微量の丹と同調し、表皮に針を刺した衝撃で無害化させる。今までの特訓の復習にちょうどいい事案だ。一発で殲滅出来れば上等だし、失敗しても何度だってやり直せる。
死体と聞かされた当初はレンも戸惑っていた。|(目的地が葬儀場だと伝えた途端落ち着いて話を聞いていたが)
後々聞けば、道端に転がっている死体でも想像していたらしい。ドラマの見過ぎだと内心笑った。
きっと何も聞かされずに委員会に入会したのだろうし、未知の状況に遭遇し、その上世界を救えだの大人達から過度な期待を掛けられる。
突拍子もない思考に陥っても無理はない。僕もかつて、そうだったような気がする。
荷物を持ったレンを伴って葬儀場に入る。小ぎれいで広めの建物だ。受付に一言声を掛けて、そのまま奥のエントランスに進んだ。
見知った顔が見えた。本部の言っていた “協力者” だ。書類を読んでいるらしい。まだこちらに気が付かない。
懐かしい。協力者とは彼女の事だったか。
「お久しぶりです。先生」
声を掛けると、先生は読んでいた書類から顔を上げてこちらを向いた。
目があって、途端に表情が明るくなる。
「お久しぶり。待ってたわ」
そう言った先生は、少し前に会った時と変わらない様子だった。
白髪の髪を綺麗に上にまとめて、紺のパンツスーツ姿だ。結構な歳のはずなのに、いつまでも若々しい。
レンが僕の隣で丁寧に会釈する。
「こちら、僕の所で働き始めた瑞乃です」
紹介すると先生は嬉しそうに、あらぁ、と表情を緩めた。
「瑞乃君、初めまして。ハク君の元上司の含満佐保です」
元上司、というのは嘘ではない。ここでは納棺師の、と言う枕詞を含んでいるが、実際は緊急対策研究室で上司と部下の関係だった。
僕は警衛委員会に加入する1年ほど前から研究室の研究員として勤めていた。その時に世話になったのが先生だった。
先生は今年の3月に定年退職し、現在は協力者として研究室に有用な情報を提供していると聞いた。
「先生、今日はよろしくお願いします」
僕が言うと、先生は上品に笑った。
「こちらこそ。お手伝いに来てもらって悪いわね」
「いえ」
先生は「早速で悪いけれど」と言いながら僕たちを奥の部屋へと促した。
だいぶ日が長くなった。この時間でも辺りはまだ明るい。
けれど、周りは田畑ばかりで街灯は多くない。もう少ししたら途端に真っ暗になって、星がよく見えるに違いない。
気分転換にはいい場所だ。恐らく、近頃殊に気を揉んでいる一也にとって。
「ハクさん」
呼ばれて振り返る。早々に車を降りた一也、もとい、レンが、後部座席の荷物を漁りながらこちらを見ていた。
ハクというのは僕の偽名だ。基本的に外に出たら、どんな状況下でもお互いに偽名で呼び合う規則になっている。
偽名に加えて、今日の僕は納棺師、レンはその手伝いをしている弟子という設定が付与されている。
今回の任務は、この葬儀場に運ばれてきた赤い斑点のある遺体、つまり、進行が極めて遅い軽度の丹電子障害に侵された死体の無害化が主な目的だ。
「荷物はどれを持っていくの?」レンが尋ねてくる。
「1番の黒いリュックだけでいい。不安なら補助で5番のバッグを持っていけばいい」
「分かった」
レンが答えて、手際よく荷物を整理し始める。彼はとても真面目で要領がいい。管理番号を振った荷物の一覧や、任務に使う道具の名称もあっという間に覚えてしまった。
今回は “協力者” も既に現場で待機していると聞いている。任務の難易度も低い。この調子なら、僕が手出ししなくともレン一人で十分やり遂げられるだろう。
故人の体内にある微量の丹と同調し、表皮に針を刺した衝撃で無害化させる。今までの特訓の復習にちょうどいい事案だ。一発で殲滅出来れば上等だし、失敗しても何度だってやり直せる。
死体と聞かされた当初はレンも戸惑っていた。|(目的地が葬儀場だと伝えた途端落ち着いて話を聞いていたが)
後々聞けば、道端に転がっている死体でも想像していたらしい。ドラマの見過ぎだと内心笑った。
きっと何も聞かされずに委員会に入会したのだろうし、未知の状況に遭遇し、その上世界を救えだの大人達から過度な期待を掛けられる。
突拍子もない思考に陥っても無理はない。僕もかつて、そうだったような気がする。
荷物を持ったレンを伴って葬儀場に入る。小ぎれいで広めの建物だ。受付に一言声を掛けて、そのまま奥のエントランスに進んだ。
見知った顔が見えた。本部の言っていた “協力者” だ。書類を読んでいるらしい。まだこちらに気が付かない。
懐かしい。協力者とは彼女の事だったか。
「お久しぶりです。先生」
声を掛けると、先生は読んでいた書類から顔を上げてこちらを向いた。
目があって、途端に表情が明るくなる。
「お久しぶり。待ってたわ」
そう言った先生は、少し前に会った時と変わらない様子だった。
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