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雲雀
0.20 遥遠の彼方にある
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「商業施設の地下がまさか研究室になってるなんて思わないよねぇ~。あ、これ誰にも言っちゃダメだよ」
「……言う相手いないし」
「言葉の綾だよぉ」
面白がる魁君にオレが唇を尖らせると、琉央さんがこちらを向いた。
「まぁ、ここに研究室を作るというのも、極めて悪趣味だけどね」
「どうして?」
オレが尋ねると、琉央さんは腕を組んでこちらを見た。
「カモフラージュとしては格好の場所だろう。けれど、外部から攻撃があった時、この研究室が暴発した時、真っ先に犠牲になるのは上にいる何も知らない市民だ。それに暴発した場合。本当の原因は明かされないまま、商業施設の爆発事故で事は済まされる」
「……」
オレは黙って琉央さんの方を見つめる。琉央さんの言う、暴発とは、一体なんのことなんだろうか。よくわからないけれど、一方で、危険で恐ろしいものが地下にあるということは簡単に想像がついた。
まさか、と、ふと思う。
オレがいたあのビルの地下にも、こう言う施設があったんだろうか。
琉央さんがオレの視線に気付いたみたいにこちらを向く。
まさか。
そんなわけないだろ。分かってる。だけど。一度感じた感覚は、きっかけになって、自分が仕舞い込んだ気持ちのドアをどんどん開けていく。
ガス爆発って言われてるけど。こういう施設を隠すための嘘だったら? そんな施設のせいで母さんは死んで、オレは大怪我をした? だからその生存者であるオレがここに呼ばれたのか? その秘密を知ってしまったから殺される?
そうだ。だって自分に、特別な能力があるだなんて、今まで一度も感じた事ないじゃないか。
でも。ここまで大勢の人間を使ってオレを騙すような事を演じる必要があるだろうか。オレは何か、機密を見てしまったのか?
ああ、怖い。
思い出しそうだ。
蓋で無理矢理閉じ込めていたものが、溢れ出てくるみたいに。
考えても仕方ない。頭は理解はしている。でも、一度思い出すと止まらなくなる。
思い出す。怖い。
思い出す。あの時の光景。
地下。そうだ、オレはあの時、最上の階のロビーでカフェラテを飲んでいた。ちょうど壁際の席で。
それなのに。大きな音がして。地震かと思った事まで覚えている。
その先、よく思い出せない。
一瞬だった。気が付いた時。地下に埋れていた。誰かの声が聞こえて、オレはそのまま気を失った。
あんなに高いところに居たのに。オレは地下に埋まっていたんだ。
あんなに瓦礫が沢山あったのに。
怖い。ここも、崩れるんだろうか。あんな風に。
ここが崩れたらどれだけの人が死ぬんだろう。
バカな事を考えているのは分かっている。なのに。怖い。怖い? いや、焦っている? 怒り? わからない。気持ちがこんがらがって。
心臓がどんどん早くなる。ただただ、身体が無意識に震える。
分かってるんだ。そんなわけない。頭の半分はとても冷静で、そんな事あり得ないと判断を下している。
けれどもう一方の、本能的な部分がその客観を拒否してオレを蝕む。
違う。唇を噛む。オレは息を深く吐いた。
「あんまり、言うのもなんだけど……」
声に反応して顔を上げる。
困った様な顔の魁君と目が合った。
「俺たちの所属する研究室は世界にここだけ。……一也が居た、崩壊したビルの下にはこんな研究室もなにも無かったし、この研究室が暴発する危険は俺たちが命がけで阻止する。絶対に」
オレは思わず目を見開く。考えている事が分かるほど、態度に出ていただろうか。
「魁、くん」思わず呟いて、涙腺が緩んでいくのを感じる。
みるみる目の前が歪んで、オレは思わず下を向いた。魁君の細そうに見えて、案外としっかりした腕が、オレの背中をさすってくれる感覚がした。
「もぉー! 琉央くんが余計な事言うからぁ……っ!!」
「すまん」
琉央さんの言葉に、魁君がため息を吐いた。そして、オレを宥めるように優しく囁いてくれた。
「不安なの、よく分かるよ。分からない事も多いと思うし。急にいろんなことがあって……。でもね、大丈夫。俺たちはちゃんと、一也と一緒にいるよ。まぁ、会ったばっかだし信用度薄いのは百も承知だけどさぁ~」
そう言いながら、魁君がオレの肩を撫でてくれる。
「これから俺たちは一也の事、命に代えて守る。だから安心して。それに、一也がこの状況を理解できたとき。きっと俺たちの事も守ってくれるようになるだろうって俺たちは信じてる」
「……」
「大丈夫だよ。そばにいるから」
オレは下を向いたまま、流れ出しそうになった涙をそっと拭いてゆっくり息を吐いた。それでも、また目の前が霞んでゆく。
魁君の体温を感じて、一気に安心する。
けれど一方で、悔しい気持ちを感じる。恥ずかしいし、憎ましい。泣き叫んで全てを放り出して、しゃがみ込んでずっと一人の世界に浸っていたいのに。それでも、一方でとても嬉しい様な、安心する様な温かさが心を包むから。
本当は、全てを放り出す事なんて、できないのは分かってる。
全部捨ててしまえば、全部まっさらになって、自分の悲しさや悔しさや、行き場のない気持ちも、全部どこかに捨てられると思っていたのに。
分かってる。分かっていたんだ。そんなこと、できっこない。
でも、どうせ誰も助けてくれない。そうとも思う。悲観的でわがままな気持ちが心を支配する。自分でどうにかしなきゃいけないのに。だから一人になりたいと強く思うのに。
それでも。助けて欲しいと大声で叫びたい。
気持ちがぐちゃぐちゃだ。オレはどうしたいんだ。いろんな気持ちと思考が折り合いをつけられないでいる。
奥から溢れそうになった涙をグッと堪える。
オレは、いつになったらこの気持ちと折り合いをつけられるんだろう。
「……言う相手いないし」
「言葉の綾だよぉ」
面白がる魁君にオレが唇を尖らせると、琉央さんがこちらを向いた。
「まぁ、ここに研究室を作るというのも、極めて悪趣味だけどね」
「どうして?」
オレが尋ねると、琉央さんは腕を組んでこちらを見た。
「カモフラージュとしては格好の場所だろう。けれど、外部から攻撃があった時、この研究室が暴発した時、真っ先に犠牲になるのは上にいる何も知らない市民だ。それに暴発した場合。本当の原因は明かされないまま、商業施設の爆発事故で事は済まされる」
「……」
オレは黙って琉央さんの方を見つめる。琉央さんの言う、暴発とは、一体なんのことなんだろうか。よくわからないけれど、一方で、危険で恐ろしいものが地下にあるということは簡単に想像がついた。
まさか、と、ふと思う。
オレがいたあのビルの地下にも、こう言う施設があったんだろうか。
琉央さんがオレの視線に気付いたみたいにこちらを向く。
まさか。
そんなわけないだろ。分かってる。だけど。一度感じた感覚は、きっかけになって、自分が仕舞い込んだ気持ちのドアをどんどん開けていく。
ガス爆発って言われてるけど。こういう施設を隠すための嘘だったら? そんな施設のせいで母さんは死んで、オレは大怪我をした? だからその生存者であるオレがここに呼ばれたのか? その秘密を知ってしまったから殺される?
そうだ。だって自分に、特別な能力があるだなんて、今まで一度も感じた事ないじゃないか。
でも。ここまで大勢の人間を使ってオレを騙すような事を演じる必要があるだろうか。オレは何か、機密を見てしまったのか?
ああ、怖い。
思い出しそうだ。
蓋で無理矢理閉じ込めていたものが、溢れ出てくるみたいに。
考えても仕方ない。頭は理解はしている。でも、一度思い出すと止まらなくなる。
思い出す。怖い。
思い出す。あの時の光景。
地下。そうだ、オレはあの時、最上の階のロビーでカフェラテを飲んでいた。ちょうど壁際の席で。
それなのに。大きな音がして。地震かと思った事まで覚えている。
その先、よく思い出せない。
一瞬だった。気が付いた時。地下に埋れていた。誰かの声が聞こえて、オレはそのまま気を失った。
あんなに高いところに居たのに。オレは地下に埋まっていたんだ。
あんなに瓦礫が沢山あったのに。
怖い。ここも、崩れるんだろうか。あんな風に。
ここが崩れたらどれだけの人が死ぬんだろう。
バカな事を考えているのは分かっている。なのに。怖い。怖い? いや、焦っている? 怒り? わからない。気持ちがこんがらがって。
心臓がどんどん早くなる。ただただ、身体が無意識に震える。
分かってるんだ。そんなわけない。頭の半分はとても冷静で、そんな事あり得ないと判断を下している。
けれどもう一方の、本能的な部分がその客観を拒否してオレを蝕む。
違う。唇を噛む。オレは息を深く吐いた。
「あんまり、言うのもなんだけど……」
声に反応して顔を上げる。
困った様な顔の魁君と目が合った。
「俺たちの所属する研究室は世界にここだけ。……一也が居た、崩壊したビルの下にはこんな研究室もなにも無かったし、この研究室が暴発する危険は俺たちが命がけで阻止する。絶対に」
オレは思わず目を見開く。考えている事が分かるほど、態度に出ていただろうか。
「魁、くん」思わず呟いて、涙腺が緩んでいくのを感じる。
みるみる目の前が歪んで、オレは思わず下を向いた。魁君の細そうに見えて、案外としっかりした腕が、オレの背中をさすってくれる感覚がした。
「もぉー! 琉央くんが余計な事言うからぁ……っ!!」
「すまん」
琉央さんの言葉に、魁君がため息を吐いた。そして、オレを宥めるように優しく囁いてくれた。
「不安なの、よく分かるよ。分からない事も多いと思うし。急にいろんなことがあって……。でもね、大丈夫。俺たちはちゃんと、一也と一緒にいるよ。まぁ、会ったばっかだし信用度薄いのは百も承知だけどさぁ~」
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「……」
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けれど一方で、悔しい気持ちを感じる。恥ずかしいし、憎ましい。泣き叫んで全てを放り出して、しゃがみ込んでずっと一人の世界に浸っていたいのに。それでも、一方でとても嬉しい様な、安心する様な温かさが心を包むから。
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