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雲雀

0.15 声はすれども

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 転院してから退院するまでの3日間、オレは何もすることがなかった。

 転院初日の段階で、大やけどの背中はだいぶ良くなっていて、ガーゼを取り替える頻度もすっかり減っていた。

 それに、スマホはもとより、事故の時に持っていたものは全部失くしてしまったし、手元に暇を潰せるものは何も残っていなかった。

 強いてこの3日間でしたことと言うなら、“お見舞い” というで何度か病室にやってきたおじさんから、“戸籍の抹消” に関する詳しい説明を聞くことぐらいだった。

 おじさんによれば、今日までにオレの知らないところでオレの引っ越しが進められて、オレの名義で契約されていた全てが解約されたらしい。そして、住民票、戸籍、ほか全ての形式的なオレの存在が退院日とともに全て抹消されるとも聞かされた。

 周囲の人間は “オレが死んだ” と思っている。けれど、書類上は “存在さえ抹殺されている” 状態になるらしい。

「そうして最後には、人々の記憶の中にいた君が、あたかも最初から居なかったかのようになっていくんだ」

 おじさんが優しくそう教えてくれた。

 偽名は後から貰えるらしい。けれど、おじさんには「その名前は、あくまで一時的な名前だからね」と念を押された。

「偽名を使う時、君は君以外の何者かとしてそこに存在する。だから、になりすぎてはいけないんだ。よく覚えておいてほしい」

 そうおじさんに言われて、初めはピンと来なかった。けれど、段々と時間が経つにつれて、なんとなくその意味がわかってくる。

『お前はもはや誰でもないのだから、それを忘れるな』

 簡単に言えばそういうことなのかもしれない。

 退院の日、病院までおじさんがオレを迎えにきてくれた。

 ここ数日、急なことばかりで考えることを放棄していたような気がする。けれど、またこうやって改めておじさんの顔を見て、やっと自分の置かれた状況に実感が持てたような気がした。

 オレは天涯孤独になってしまったこと。そして、これから新しい環境に身を置くこと。

 それから、オレは今日死んだんだ、ということ。

 おじさんに促されて車の後部座席に乗り込む。

「調子はどうかな?」おじさんが尋ねてきた。

「背中はだいぶ良くなりました」

オレが答えると「それはよかった」とおじさんは呟いてサイドブレーキを下ろす。車がゆっくりと動き出した。

「あの日は、悪いことをしたね」

「あの日?」ぼっとしていたオレは咄嗟に聞き返した。

「カフェに寄った日、首を絞められただろう?」

「あぁ、」オレは呟いてあの日のことを思い出す。

、その場で琉央さんから残りの説明を聞く事はできなかった。オレ自身よりも、琉央さんと魁さんがオレを心底心配して、早々にオレを病院に送り出したからだ。

 状況を把握したおじさんも困った顔で「また改めよう」と言ってオレを病院まで送ってくれた。

 あれから今日まで、おじさんからカフェでの出来事について何も聞かれなかったし、オレ自身もあまり思い出すことがなかった。きっと、おじさんは気を遣ってくれていたんだと思う。

「嫌な思いをさせたね」

 オレがしばらく考え込んで黙っていたからか、おじさんがもう一度オレに謝ってくる。

「全然、大丈夫です。正直、そんなことがあったことも忘れてました」

 この言葉は嘘じゃない。本当に、3日間は背中の怪我のせいもあってとても眠くて、何もすることがないことをいいことに、ずっと寝てばかりいた気がする。

 それに、母さんが死んだことも、他の心配なことも「オレは死んだんだ」という諦めには勝らないような気がして、むしろ達観したような気持ちがしていた。

「そう?」

 心配そうに念を押してくるおじさんに「はい」とオレは強く返事をした。

 すると、おじさんは安心したようにため息をついた。

「君と最悪な出会い方をした、瀧源シュンも、君と同じ能力を持って集まった人間だ。これから、彼と一緒に様々な任務をこなす事になると思うけれど ———— 」

 そこでおじさんの声が途切れる。大丈夫か? と聞きたいのがわかって、すぐに「大丈夫です」と答えた。

 確かに、驚きはしたし、あの人に親しみを感じるかと言われれば全くそんな気はしない。けれど、謝ってきた時の叱られた犬のような顔の方がオレにとっては印象が強かった。

「叱られた犬みたいな顔してましたから」

 オレが考えていたことをそのまま口に出すと、おじさんは盛大に笑って、それから力が抜けたようなため息をついた。

「本当に……、君がきてくれて良かったよ」
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