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浮上
0.10 せっかく見つけたものさえ
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待機スペースの右手に延びる廊下を進む。グレーのカーペットに白い壁と天井。オフィスビルみたいな薄暗い廊下だ。
その突き当たりに、擦りガラスのドアが見えてくる。その向こうが “第二会議室” と呼ばれる場所らしかった。
琉央さんが認証用パネルに手をかざすと、赤く点灯していたドアノブの付け根が緑に変わった。どこかの映画で見たスパイの秘密基地みたいだ。オレはドキドキしながらその様子を眺める。
琉央さんがドアを開けると、その先にもう一つ、今度は透明なガラスの自動ドアがあって、琉央さんが恐らく暗証番号用の数字ボタンを何個か押して開けてくれた。
「特段必要性はないから、ここの紹介は後回しにしようと思ったんだけど」
そう呟く琉央さんに促されるまま中へ入ると、そこは趣味でおじさんが営んでいるお店みたいな、いろんなものがごちゃごちゃある、がらくたを詰め込んだ玩具箱みたいな部屋だった。
けれどよく見ると、所々に本物と思しき銃が置かれていたり、古びたよく分からない機材がそのまま床に転がされていたりして、趣味のものを集めた “普通の場所” とはかけ離れた空間である事をオレに思い出させた。
ここもやっぱり地下なのに明るく感じて、ふと上を見ると斜めになっている天井の数カ所に待機スペースと同じように大きな天窓が付いていた。
その光が差し込んで、カントリー風の木目が見える家具や雑多に置かれた荷物を明るく照らしている。
「うわぁ」
その光景がとても気に入って、思わず声を漏らすと隣から小さな笑い声が聞こえた。
「ここが僕たちの本当の秘密基地だ。こちらの方は、使い勝手が日々改悪を繰り返しているけど、思考を切り替えるのにはすごく良い」
「本当にいい場所」
オレが言うと、琉央さんは口の端を上げた。
「好きな席に座って。ソファもあるし、南京椅子もある」
「軟禁……?」
「きっとその “なんきん” じゃないね」
オレのトンチンカンな言葉に琉央さんは少し笑って踵を返す。
「僕は資料を取ってくる。悪いけど待機していて。もちろん、寛いでくれて構わない。トイレは出て右手、一也の指紋はまだ未登録だ。外に一旦出ると一人じゃここに戻れない。もし外に出たら、廊下で待機して」
「はい」
オレは返事をして、琉央さんが出ていくのを見届ける。そして、目の前にあった背もたれが無い木の椅子に静かに座った。多分これがナンキン椅子っていうんだと思う。
「本当に秘密基地だ……」
オレは独り言を呟いて辺りを見回す。
こげ茶色と砂色のピータイルが市松模様に床に敷き詰められている。壁は板張りで薄くニスが塗ってあった。
家具は全部木製で、同じ木の種類で統一されているように見える。手前の綺麗に手入れされている大きな丸テーブルに肘をつく。いい匂いがした。木の匂いだ。
オレはホッとして目を閉じる。目を瞑っていても陽の光を感じる。ここが都会の真ん中だとはとても思えない。
ざわついていた心が落ち着くのを感じる。感覚を研ぎ澄ませる程、悲しさだとか恐怖が反対に薄れて、部屋の暖かい空気が心を満たしてくれる。
この先の不安と過ぎ去った悲しさばかりに気を取られて、目の前のことを見るのを忘れていたのかも。
オレは息を深く吸って目を開ける。ぼうっと暫く周りを見渡した。目の前の、陽の光に照らされた木製の棚に興味を惹かれて、目線が思わずそちらに向く。
片側の壁一面に埋め込まれた棚には、意外と新しそうな本や、いつも使われていそうな食器や雑貨がざっと並んでいた。けれど、所々にいかにも年代物の雑貨が置いてあるのも見える。
古びた空や花の写真が入った写真立ての隙間に日用品が突っ込んであったり、ヴィンテージものらしき箱にペーパータオルが詰め込まれていたり、なんだか不思議な棚だ。
ふと。
一番下の左から二番目。ちょうどドアの近くの棚から、微かに赤い光が漏れているのを見つけて、思わずオレはじっとそこを眺める。
波打つ様に輝くそれは、正体がよくわからない。規則的な光でもないし、壊れかけの機械が放つ光にも見えない。
目が離せない。ドキドキする。
オレはおもむろに立ち上がる。
そして棚に近寄って、赤い光が見えたあたりにしゃがみ込んだ。
目を凝らすと、金の装飾がしてあるアンティークの木箱の蓋が少し開いていて、その隙間から光が漏れているのが分かった。
いけない。
そう思いつつ、その箱にそっと手を伸ばす。無意識に体を前に傾ける。
オレらしくない。ダメだと心の端で思っているのに。
本能が言うことを聞かないみたいに。不随意に。
オレはそれに手を伸ばす。
指の先が箱の開いた隙間に触れて、そのままゆっくり箱を開けた。
上に重ねられていた軽い箱や紙の束が向こう側に落ちた。
オレはそれに気が付いていた。
中には色んな小さい瓶がたくさん入っている。お土産もの屋さんで見かける砂が入ったやつだ。
寝かせた状態で整列して入れられているその中の、一番手前の右端。特に小さな小瓶があって、中が赤く、ゆらゆらと光っている。
オレはそれを迷わず手に取る。
手のひらに納まるくらいのその小瓶はとても軽い。
陽の光に照らされて反射していると思ったけど、中に入っている赤い何かそれ自体が薄っすら光を放っている。そして、それはゆらゆら揺れて、まるで脈打っているように見えた。
「心臓だ」
オレは独り言ちる。
目の錯覚かも。だけどオレの心臓も、その心拍に合わせてドクドクと脈打つ。
怖い。
見てはいけないものを見ている気がする。
とてつもない背徳感を感じる。
けれど反対に、どうしても目が離せない。
綺麗と言う言葉で括れない。
引きつけられる。
引力のような何かがオレの心臓を掴んでいる。
血がオレの体を流れている感覚で支配される。
体が芯から熱くなる。
脳みそが考える事をやめて、感覚の全てがこの鼓動に身を任せ始める。
全てが飲み込まれて。
体の感覚がなくなる寸前まで。
オレはそれに身を任せたくなる。
足も手も感覚を忘れる。
全ての境界が、曖昧になる。
オレがオレでなくなって、何かと一つになるみたいに。
分からなくなる。
何故だろう。
目の前が少しずつ。
何かが周囲をかき消して。
だめだ。
その突き当たりに、擦りガラスのドアが見えてくる。その向こうが “第二会議室” と呼ばれる場所らしかった。
琉央さんが認証用パネルに手をかざすと、赤く点灯していたドアノブの付け根が緑に変わった。どこかの映画で見たスパイの秘密基地みたいだ。オレはドキドキしながらその様子を眺める。
琉央さんがドアを開けると、その先にもう一つ、今度は透明なガラスの自動ドアがあって、琉央さんが恐らく暗証番号用の数字ボタンを何個か押して開けてくれた。
「特段必要性はないから、ここの紹介は後回しにしようと思ったんだけど」
そう呟く琉央さんに促されるまま中へ入ると、そこは趣味でおじさんが営んでいるお店みたいな、いろんなものがごちゃごちゃある、がらくたを詰め込んだ玩具箱みたいな部屋だった。
けれどよく見ると、所々に本物と思しき銃が置かれていたり、古びたよく分からない機材がそのまま床に転がされていたりして、趣味のものを集めた “普通の場所” とはかけ離れた空間である事をオレに思い出させた。
ここもやっぱり地下なのに明るく感じて、ふと上を見ると斜めになっている天井の数カ所に待機スペースと同じように大きな天窓が付いていた。
その光が差し込んで、カントリー風の木目が見える家具や雑多に置かれた荷物を明るく照らしている。
「うわぁ」
その光景がとても気に入って、思わず声を漏らすと隣から小さな笑い声が聞こえた。
「ここが僕たちの本当の秘密基地だ。こちらの方は、使い勝手が日々改悪を繰り返しているけど、思考を切り替えるのにはすごく良い」
「本当にいい場所」
オレが言うと、琉央さんは口の端を上げた。
「好きな席に座って。ソファもあるし、南京椅子もある」
「軟禁……?」
「きっとその “なんきん” じゃないね」
オレのトンチンカンな言葉に琉央さんは少し笑って踵を返す。
「僕は資料を取ってくる。悪いけど待機していて。もちろん、寛いでくれて構わない。トイレは出て右手、一也の指紋はまだ未登録だ。外に一旦出ると一人じゃここに戻れない。もし外に出たら、廊下で待機して」
「はい」
オレは返事をして、琉央さんが出ていくのを見届ける。そして、目の前にあった背もたれが無い木の椅子に静かに座った。多分これがナンキン椅子っていうんだと思う。
「本当に秘密基地だ……」
オレは独り言を呟いて辺りを見回す。
こげ茶色と砂色のピータイルが市松模様に床に敷き詰められている。壁は板張りで薄くニスが塗ってあった。
家具は全部木製で、同じ木の種類で統一されているように見える。手前の綺麗に手入れされている大きな丸テーブルに肘をつく。いい匂いがした。木の匂いだ。
オレはホッとして目を閉じる。目を瞑っていても陽の光を感じる。ここが都会の真ん中だとはとても思えない。
ざわついていた心が落ち着くのを感じる。感覚を研ぎ澄ませる程、悲しさだとか恐怖が反対に薄れて、部屋の暖かい空気が心を満たしてくれる。
この先の不安と過ぎ去った悲しさばかりに気を取られて、目の前のことを見るのを忘れていたのかも。
オレは息を深く吸って目を開ける。ぼうっと暫く周りを見渡した。目の前の、陽の光に照らされた木製の棚に興味を惹かれて、目線が思わずそちらに向く。
片側の壁一面に埋め込まれた棚には、意外と新しそうな本や、いつも使われていそうな食器や雑貨がざっと並んでいた。けれど、所々にいかにも年代物の雑貨が置いてあるのも見える。
古びた空や花の写真が入った写真立ての隙間に日用品が突っ込んであったり、ヴィンテージものらしき箱にペーパータオルが詰め込まれていたり、なんだか不思議な棚だ。
ふと。
一番下の左から二番目。ちょうどドアの近くの棚から、微かに赤い光が漏れているのを見つけて、思わずオレはじっとそこを眺める。
波打つ様に輝くそれは、正体がよくわからない。規則的な光でもないし、壊れかけの機械が放つ光にも見えない。
目が離せない。ドキドキする。
オレはおもむろに立ち上がる。
そして棚に近寄って、赤い光が見えたあたりにしゃがみ込んだ。
目を凝らすと、金の装飾がしてあるアンティークの木箱の蓋が少し開いていて、その隙間から光が漏れているのが分かった。
いけない。
そう思いつつ、その箱にそっと手を伸ばす。無意識に体を前に傾ける。
オレらしくない。ダメだと心の端で思っているのに。
本能が言うことを聞かないみたいに。不随意に。
オレはそれに手を伸ばす。
指の先が箱の開いた隙間に触れて、そのままゆっくり箱を開けた。
上に重ねられていた軽い箱や紙の束が向こう側に落ちた。
オレはそれに気が付いていた。
中には色んな小さい瓶がたくさん入っている。お土産もの屋さんで見かける砂が入ったやつだ。
寝かせた状態で整列して入れられているその中の、一番手前の右端。特に小さな小瓶があって、中が赤く、ゆらゆらと光っている。
オレはそれを迷わず手に取る。
手のひらに納まるくらいのその小瓶はとても軽い。
陽の光に照らされて反射していると思ったけど、中に入っている赤い何かそれ自体が薄っすら光を放っている。そして、それはゆらゆら揺れて、まるで脈打っているように見えた。
「心臓だ」
オレは独り言ちる。
目の錯覚かも。だけどオレの心臓も、その心拍に合わせてドクドクと脈打つ。
怖い。
見てはいけないものを見ている気がする。
とてつもない背徳感を感じる。
けれど反対に、どうしても目が離せない。
綺麗と言う言葉で括れない。
引きつけられる。
引力のような何かがオレの心臓を掴んでいる。
血がオレの体を流れている感覚で支配される。
体が芯から熱くなる。
脳みそが考える事をやめて、感覚の全てがこの鼓動に身を任せ始める。
全てが飲み込まれて。
体の感覚がなくなる寸前まで。
オレはそれに身を任せたくなる。
足も手も感覚を忘れる。
全ての境界が、曖昧になる。
オレがオレでなくなって、何かと一つになるみたいに。
分からなくなる。
何故だろう。
目の前が少しずつ。
何かが周囲をかき消して。
だめだ。
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