68 / 96
10.僕の後悔と仲直り
4
しおりを挟む
一週間ぶりに職場に向かう。緊張して、足は重たい。けれど、この仕事を続けようと決めたんだ。深呼吸をしてから一歩踏み出した。
「おはようございます」
事務所に入るなり大きな声で挨拶をする。その場にいた何人かが驚いた顔をしたけれど、すぐに挨拶を返してくれた。熊谷さんのもとへ近寄る。
「長い間お休みいただき、ご迷惑をおかけしました」
「気合い入れてやれよ」
「はい!」
一礼してから更衣室に向かう。ちょうど着替えを終えたらしい田辺さんがロッカーの扉を閉めたところだった。振り返った彼と目が合うと、気まずそうな顔で目を逸らされた。ぎゅっと拳を握る。これからもここで働いていくためには、田辺さんとの問題をどうにかする必要がある。
「あの、田辺さん。お話があります」
勇気を振り絞って声を出す。早足で通り過ぎようとした田辺さんが足を止めた。
「俺は別に話すことないんだけど」
「でも、聞いてほしいです。お願いします」
その場で深く頭を下げると、田辺さんのつま先がこちらを向いた。
「まず、田辺さんに取った失礼な態度、申し訳ありませんでした。田辺さんが聞いた話の通り、僕は前の職場で良くしてもらっていた先輩に怪我をさせてしまいました。それは僕の不注意で、弁解のしようがないことです。でも、本当は怪我をするのは僕のはずだったんです。先輩は僕を庇って……だから、今度の職場ではもし同じことが起きたとしても、僕を庇って別の誰かが犠牲になることがないように、一緒に働く仲間とは距離を置こうと思っていました」
「ミスする前提で行動するのって違うだろ」
田辺さんは苛立ったように吐き捨てる。
「その通りだと思います。だから、僕の仕事に対する姿勢は良くなかったと思っています。本当にごめんなさい。でも、田辺さんにも謝ってもらいたいことがあります」
緊張して心臓が喉から飛び出しそうだ。深く息を吸い込む。田辺さんは何も言わず、こちらをじっと見ていた。
「チェックリスト、改ざんしたのは田辺さんですよね? 僕のことを辞めさせようとしてやったんですか」
「……そうだよ。工藤みたいなのがいるとみんなのためにならないと思って」
「でも、だからってやっていいことと悪いことがあります。僕はミスがないように丁寧に仕事してきたつもりです。それに、田辺さんがやったことは、僕だけじゃなくて吉野さんや熊谷さん、車の持ち主のお客様にも迷惑がかかることです」
言いたいことは言った。まだ心臓の鼓動は落ち着かないけれど、胸のつかえが取れたような気がした。
「……るかった」
「え?」
「だから、悪かったって言ったんだよ。俺さ、ただ嫉妬してただけなんだよ。また事故起こされたら困るからなんてそれっぽいこと言ったけど、それだけじゃない。工藤見てたらむかついたんだ。お前みたいに不愛想なやつが周りからちやほやされるのが気に食わなかった。熊谷さんにも目をかけてもらってるみたいだし、梨花ちゃんとも先に入った俺よりずっと仲良さそうだし」
ちやほやされている、なんて意識はまるでなかった。たしかに親切にしてもらっているけれど。
「よくわからないですけど、それは僕が頼りないからだと思います。逆に言えば、田辺さんは心配するところがないってことだと思いますよ。吉野さんも言ってました。田辺さんは即戦力で手がかからないって」
田辺さんは床に視線を落として黙り込んでしまった。僕みたいな半人前に励まされたって嬉しくないんだろう。人と関わり合うってやっぱり難しい。
「おはようございます」
事務所に入るなり大きな声で挨拶をする。その場にいた何人かが驚いた顔をしたけれど、すぐに挨拶を返してくれた。熊谷さんのもとへ近寄る。
「長い間お休みいただき、ご迷惑をおかけしました」
「気合い入れてやれよ」
「はい!」
一礼してから更衣室に向かう。ちょうど着替えを終えたらしい田辺さんがロッカーの扉を閉めたところだった。振り返った彼と目が合うと、気まずそうな顔で目を逸らされた。ぎゅっと拳を握る。これからもここで働いていくためには、田辺さんとの問題をどうにかする必要がある。
「あの、田辺さん。お話があります」
勇気を振り絞って声を出す。早足で通り過ぎようとした田辺さんが足を止めた。
「俺は別に話すことないんだけど」
「でも、聞いてほしいです。お願いします」
その場で深く頭を下げると、田辺さんのつま先がこちらを向いた。
「まず、田辺さんに取った失礼な態度、申し訳ありませんでした。田辺さんが聞いた話の通り、僕は前の職場で良くしてもらっていた先輩に怪我をさせてしまいました。それは僕の不注意で、弁解のしようがないことです。でも、本当は怪我をするのは僕のはずだったんです。先輩は僕を庇って……だから、今度の職場ではもし同じことが起きたとしても、僕を庇って別の誰かが犠牲になることがないように、一緒に働く仲間とは距離を置こうと思っていました」
「ミスする前提で行動するのって違うだろ」
田辺さんは苛立ったように吐き捨てる。
「その通りだと思います。だから、僕の仕事に対する姿勢は良くなかったと思っています。本当にごめんなさい。でも、田辺さんにも謝ってもらいたいことがあります」
緊張して心臓が喉から飛び出しそうだ。深く息を吸い込む。田辺さんは何も言わず、こちらをじっと見ていた。
「チェックリスト、改ざんしたのは田辺さんですよね? 僕のことを辞めさせようとしてやったんですか」
「……そうだよ。工藤みたいなのがいるとみんなのためにならないと思って」
「でも、だからってやっていいことと悪いことがあります。僕はミスがないように丁寧に仕事してきたつもりです。それに、田辺さんがやったことは、僕だけじゃなくて吉野さんや熊谷さん、車の持ち主のお客様にも迷惑がかかることです」
言いたいことは言った。まだ心臓の鼓動は落ち着かないけれど、胸のつかえが取れたような気がした。
「……るかった」
「え?」
「だから、悪かったって言ったんだよ。俺さ、ただ嫉妬してただけなんだよ。また事故起こされたら困るからなんてそれっぽいこと言ったけど、それだけじゃない。工藤見てたらむかついたんだ。お前みたいに不愛想なやつが周りからちやほやされるのが気に食わなかった。熊谷さんにも目をかけてもらってるみたいだし、梨花ちゃんとも先に入った俺よりずっと仲良さそうだし」
ちやほやされている、なんて意識はまるでなかった。たしかに親切にしてもらっているけれど。
「よくわからないですけど、それは僕が頼りないからだと思います。逆に言えば、田辺さんは心配するところがないってことだと思いますよ。吉野さんも言ってました。田辺さんは即戦力で手がかからないって」
田辺さんは床に視線を落として黙り込んでしまった。僕みたいな半人前に励まされたって嬉しくないんだろう。人と関わり合うってやっぱり難しい。
1
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる