20 / 96
幕間1.魔女と満月
3
しおりを挟む
けれど、あの日。ひとりの青年に出会ってしまった。
最初に彼を見かけたとき、随分と寂しいオーラを纏う人間だと思った。同時に、自分に似ているとも思った。いつもなら身を潜め、いなくなるまでやり過ごすのに、そうしなかった。こちらを見返してきた瞳が、優しかったからかもしれない。
その晩、もう一度青年の姿を見つけて、近寄ってみた。こちらに気づいた青年は、ゆっくりと手を伸ばしてきた。けれど、触れる寸前で手を止めた彼は、悲しげな色を瞳に宿していた。励ましたかったのか、自分でもよくわからないが、気づけば青年の指先を舐めていた。彼がくすぐったそうに笑う。その笑顔を見たら、なんだか胸の内側がぽかぽかとした。
「おまえ、この辺に住んでるのか?」
「そうだ。ここは隠れやすくて住みやすい」
「ちゃんとメシ食ってるか?」
「あまりおいしくはないが、それなりに」
質問に答えてやると、さらに嬉しそうな表情をして頭やら喉元を撫でてくる。人間にこんな優しく触れられたのは初めてだった。気持ちよくて、思わず喉が鳴ってしまい少し恥ずかしくなる。
「なあ、僕の家に一緒に来るか?」
「いいのか」
青年の申し出が嬉しくて、もっと触れてほしくて、大きな手にぐりぐりと額を擦りつけた。
「なんだよ、おまえ、可愛いな」
そう言って両手でたくさん撫でてくれた。けれど、やがてその手を止めて立ち上がってしまう。
「ごめんな、さっき言ったのは冗談だ。またね」
冗談か。心底残念がっている自分に驚いた。けれど、また会いに来てくれるんだ。こんなに心が弾んだのは、母さんと別れて以来初めてだった。
『またね』という言葉のとおり、それから毎朝青年は会いに来てくれた。それだけでも嬉しいのに、ごちそうまで用意してくれて、ますます朝が来るのが待ち遠しくなった。けれど、忘れちゃいけなかった。自分が黒猫だということを。この姿を忌み嫌う人間がいるってことを。
最初に彼を見かけたとき、随分と寂しいオーラを纏う人間だと思った。同時に、自分に似ているとも思った。いつもなら身を潜め、いなくなるまでやり過ごすのに、そうしなかった。こちらを見返してきた瞳が、優しかったからかもしれない。
その晩、もう一度青年の姿を見つけて、近寄ってみた。こちらに気づいた青年は、ゆっくりと手を伸ばしてきた。けれど、触れる寸前で手を止めた彼は、悲しげな色を瞳に宿していた。励ましたかったのか、自分でもよくわからないが、気づけば青年の指先を舐めていた。彼がくすぐったそうに笑う。その笑顔を見たら、なんだか胸の内側がぽかぽかとした。
「おまえ、この辺に住んでるのか?」
「そうだ。ここは隠れやすくて住みやすい」
「ちゃんとメシ食ってるか?」
「あまりおいしくはないが、それなりに」
質問に答えてやると、さらに嬉しそうな表情をして頭やら喉元を撫でてくる。人間にこんな優しく触れられたのは初めてだった。気持ちよくて、思わず喉が鳴ってしまい少し恥ずかしくなる。
「なあ、僕の家に一緒に来るか?」
「いいのか」
青年の申し出が嬉しくて、もっと触れてほしくて、大きな手にぐりぐりと額を擦りつけた。
「なんだよ、おまえ、可愛いな」
そう言って両手でたくさん撫でてくれた。けれど、やがてその手を止めて立ち上がってしまう。
「ごめんな、さっき言ったのは冗談だ。またね」
冗談か。心底残念がっている自分に驚いた。けれど、また会いに来てくれるんだ。こんなに心が弾んだのは、母さんと別れて以来初めてだった。
『またね』という言葉のとおり、それから毎朝青年は会いに来てくれた。それだけでも嬉しいのに、ごちそうまで用意してくれて、ますます朝が来るのが待ち遠しくなった。けれど、忘れちゃいけなかった。自分が黒猫だということを。この姿を忌み嫌う人間がいるってことを。
2
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ナツキス -ずっとこうしていたかった-
帆希和華
ライト文芸
紫陽花が咲き始める頃、笹井絽薫のクラスにひとりの転校生がやってきた。名前は葵百彩、一目惚れをした。
嫉妬したり、キュンキュンしたり、切なくなったり、目一杯な片思いをしていた。
ある日、百彩が同じ部活に入りたいといい、思わぬところでふたりの恋が加速していく。
大会の合宿だったり、夏祭りに、誕生日会、一緒に過ごす時間が、二人の距離を縮めていく。
そんな中、絽薫は思い出せないというか、なんだかおかしな感覚があった。フラッシュバックとでも言えばいいのか、毎回、同じような光景が突然目の前に広がる。
なんだろうと、考えれば考えるほど答えが遠くなっていく。
夏の終わりも近づいてきたある日の夕方、絽薫と百彩が二人でコンビニで買い物をした帰り道、公園へ寄ろうと入り口を通った瞬間、またフラッシュバックが起きた。
ただいつもと違うのは、その中に百彩がいた。
高校二年の夏、たしかにあった恋模様、それは現実だったのか、夢だったのか……。
17才の心に何を描いていくのだろう?
あの夏のキスのようにのリメイクです。
細かなところ修正しています。ぜひ読んでください。
選択しなくちゃいけなかったので男性向けにしてありますが、女性の方にも読んでもらいたいです。
よろしくお願いします!
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる