満月の夜に君を迎えに行くから

桃園すず

文字の大きさ
上 下
88 / 96
幕間3.叶わぬ想いなら出会わなければよかった

しおりを挟む
 大福とユイに見送られ、濡れた道路を歩く。雨は上がっていたけれど、風が吹きつけると冷え冷えする。結局タクミの様子が気になって、タクミに出会った路地裏に戻ってきてしまった。身を潜めて通りかかる人々の姿を確認する。

 そこに、急ぎ足でやってくる人間がいた。遠くからのシルエットでもわかる。タクミだ。姿を見せるか悩んだ。もし、嫌な顔をされたら。怖くて足が竦む。ここから見守るだけならいいだろうか。

――ちりりん。

 首輪の鈴が鳴ってしまい、しまったと身をかたくする。タクミは立ち止まって鞄の中身を確認し始めた。よかった、気づかれなかった。そう思ったのも束の間、タクミと目が合った。その後の反応を知るのがこわくて、その場から逃げ出した。


 それからタクミの様子を窺うのが日課になった。鈴の音が鳴ってしまうと、タクミが立ち止まって辺りを探すような動きをする。もしかして、自分のことを探してくれているのだろうか。期待してはそんなはずがないとかぶりを振る。けれど、時折寂しそうな顔をするタクミに胸が痛む。笑っていてほしいと思う。そのためには、自分はいないほうがいいのだ。タクミが元気になるまで、見守り続けよう。それが今、自分にできることだろう。


 その日は待っていてもタクミは現れなかった。仕事が休みの日なのだろうか。ふたりでスーパーに行った日を思い出して、河原に向かう。あの日は楽しかった。デートみたいで。ちりん、ちりんと鈴を鳴らして草むらを駆ける。

「!」

 タクミの姿を見つけて、慌てて立ち止まる。仕事じゃないのだったら、ここに現れる可能性も高いって、少し考えればわかるのに。息を潜めてやり過ごそうとしたけれど、目が合ってしまった。ここにいてはダメだ。そう思うのに、目が離せなくて。そうしている間にタクミは少しずつ近寄ってくる。大好きなタクミの手が頭上に伸びてきて、ようやく弾かれたように逃げ出した。

「待って」

 呼び止められて、振り向いた。戻っておいでと言ってくれないだろうか。やっぱり期待してしまう。もう一度、タクミのそばで過ごせたら。望まずにはいられなかった。けれど――

「ねえ、君の飼い主さんはどんな人? もしかして僕の知っている人じゃないかな」

 その言葉の意味を理解できなかった。まさか『君』と呼ばれるなんて。鈴音という名前があるのに。タクミは、その辺で見かける野良猫と自分の区別もつかないのか。それに、飼い主がタクミの知っている人ってどういうことだろう。タクミが何を考えているのか全然わからない。とにかく悲しくて、その場から走り去った。きっと、猫の姿でもいらない存在だったんだ。それなら、消えてしまったほうがよかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

鎌倉讃歌

星空
ライト文芸
彼の遺した形見のバイクで、鎌倉へツーリングに出かけた夏月(なつき)。 彼のことを吹っ切るつもりが、ふたりの軌跡をたどれば思い出に翻弄されるばかり。海岸に佇む夏月に、バイクに興味を示した結人(ゆいと)が声をかける。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...