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幕間3.叶わぬ想いなら出会わなければよかった
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大福とユイに見送られ、濡れた道路を歩く。雨は上がっていたけれど、風が吹きつけると冷え冷えする。結局タクミの様子が気になって、タクミに出会った路地裏に戻ってきてしまった。身を潜めて通りかかる人々の姿を確認する。
そこに、急ぎ足でやってくる人間がいた。遠くからのシルエットでもわかる。タクミだ。姿を見せるか悩んだ。もし、嫌な顔をされたら。怖くて足が竦む。ここから見守るだけならいいだろうか。
――ちりりん。
首輪の鈴が鳴ってしまい、しまったと身をかたくする。タクミは立ち止まって鞄の中身を確認し始めた。よかった、気づかれなかった。そう思ったのも束の間、タクミと目が合った。その後の反応を知るのがこわくて、その場から逃げ出した。
それからタクミの様子を窺うのが日課になった。鈴の音が鳴ってしまうと、タクミが立ち止まって辺りを探すような動きをする。もしかして、自分のことを探してくれているのだろうか。期待してはそんなはずがないと頭を振る。けれど、時折寂しそうな顔をするタクミに胸が痛む。笑っていてほしいと思う。そのためには、自分はいないほうがいいのだ。タクミが元気になるまで、見守り続けよう。それが今、自分にできることだろう。
その日は待っていてもタクミは現れなかった。仕事が休みの日なのだろうか。ふたりでスーパーに行った日を思い出して、河原に向かう。あの日は楽しかった。デートみたいで。ちりん、ちりんと鈴を鳴らして草むらを駆ける。
「!」
タクミの姿を見つけて、慌てて立ち止まる。仕事じゃないのだったら、ここに現れる可能性も高いって、少し考えればわかるのに。息を潜めてやり過ごそうとしたけれど、目が合ってしまった。ここにいてはダメだ。そう思うのに、目が離せなくて。そうしている間にタクミは少しずつ近寄ってくる。大好きなタクミの手が頭上に伸びてきて、ようやく弾かれたように逃げ出した。
「待って」
呼び止められて、振り向いた。戻っておいでと言ってくれないだろうか。やっぱり期待してしまう。もう一度、タクミのそばで過ごせたら。望まずにはいられなかった。けれど――
「ねえ、君の飼い主さんはどんな人? もしかして僕の知っている人じゃないかな」
その言葉の意味を理解できなかった。まさか『君』と呼ばれるなんて。鈴音という名前があるのに。タクミは、その辺で見かける野良猫と自分の区別もつかないのか。それに、飼い主がタクミの知っている人ってどういうことだろう。タクミが何を考えているのか全然わからない。とにかく悲しくて、その場から走り去った。きっと、猫の姿でもいらない存在だったんだ。それなら、消えてしまったほうがよかった。
そこに、急ぎ足でやってくる人間がいた。遠くからのシルエットでもわかる。タクミだ。姿を見せるか悩んだ。もし、嫌な顔をされたら。怖くて足が竦む。ここから見守るだけならいいだろうか。
――ちりりん。
首輪の鈴が鳴ってしまい、しまったと身をかたくする。タクミは立ち止まって鞄の中身を確認し始めた。よかった、気づかれなかった。そう思ったのも束の間、タクミと目が合った。その後の反応を知るのがこわくて、その場から逃げ出した。
それからタクミの様子を窺うのが日課になった。鈴の音が鳴ってしまうと、タクミが立ち止まって辺りを探すような動きをする。もしかして、自分のことを探してくれているのだろうか。期待してはそんなはずがないと頭を振る。けれど、時折寂しそうな顔をするタクミに胸が痛む。笑っていてほしいと思う。そのためには、自分はいないほうがいいのだ。タクミが元気になるまで、見守り続けよう。それが今、自分にできることだろう。
その日は待っていてもタクミは現れなかった。仕事が休みの日なのだろうか。ふたりでスーパーに行った日を思い出して、河原に向かう。あの日は楽しかった。デートみたいで。ちりん、ちりんと鈴を鳴らして草むらを駆ける。
「!」
タクミの姿を見つけて、慌てて立ち止まる。仕事じゃないのだったら、ここに現れる可能性も高いって、少し考えればわかるのに。息を潜めてやり過ごそうとしたけれど、目が合ってしまった。ここにいてはダメだ。そう思うのに、目が離せなくて。そうしている間にタクミは少しずつ近寄ってくる。大好きなタクミの手が頭上に伸びてきて、ようやく弾かれたように逃げ出した。
「待って」
呼び止められて、振り向いた。戻っておいでと言ってくれないだろうか。やっぱり期待してしまう。もう一度、タクミのそばで過ごせたら。望まずにはいられなかった。けれど――
「ねえ、君の飼い主さんはどんな人? もしかして僕の知っている人じゃないかな」
その言葉の意味を理解できなかった。まさか『君』と呼ばれるなんて。鈴音という名前があるのに。タクミは、その辺で見かける野良猫と自分の区別もつかないのか。それに、飼い主がタクミの知っている人ってどういうことだろう。タクミが何を考えているのか全然わからない。とにかく悲しくて、その場から走り去った。きっと、猫の姿でもいらない存在だったんだ。それなら、消えてしまったほうがよかった。
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