82 / 96
13.記憶の欠片と僕の決意
4
しおりを挟む
三月に入り、一週間ほど休暇をもらった。二級整備士の試験に無事合格したら、実家に一度顔を出そうと思っていたのだ。家を出た頃は、二度と帰らないつもりだった。でも、最近になって母に会いたいという気持ちが湧いてきたのだ。どうしてこんな心境の変化があったのかよくわからないけれど。でも、僕がやっていることを認めてもらいたいと心のどこかで思っていたのだろう。
もともと自分が住んでいた家だというのに、どうやって入るべきか悩んでしまう。ただいま、と言って入ればいいのだろうか。そもそもチャイムを鳴らしたほうがいいのだろうか。玄関口でかれこれ五分は考え込んでいただろう。
「巧? 何してるの、そんなところで」
振り返ると、母が立っていた。何年ぶりだろう。記憶の中の姿より、少しふっくらしている気がする。元気そうでよかった。
「た、ただいま」
「おかえり。帰ってくるなら連絡ひとつくらいしてくれたっていいのに。寒いでしょう。早く入りなさい」
家の中へ押し込まれるようにして入った。母は怒っていないのだろうか。あまりに平然と接せられて、拍子抜けしてしまう。廊下を抜けて、リビングに足を踏み入れる。懐かしい匂いにほっとする。父はソファーに座って、テレビを見ていた。
「父さん、ただいま」
「え、巧? どうしたんだ急に。とにかくおかえり。しばらくこっちにいるのか?」
「そのつもり。一週間休みもらったから」
「そうか。巧は酒強いか? 父さん巧と飲むの楽しみにしてたんだ」
あまりに嬉しそうな父を見て、緊張が一気に解れる。家を出たのは、高校を卒業してすぐだったから、ずっと待っていたのだろう。これからはもう少し頻繁に帰ってくるようにしたい。
「お酒はまだあんまり。おいしいの教えてよ」
「わかった。母さん、あれ、冷やしておいてくれ。今日はうまい酒が飲めるな」
「飲みすぎないようにしてよ」
夕飯までは時間がまだあるから、温かいお茶を淹れてもらい、三人で食卓を囲む。昔使っていた湯呑を出され、僕の居場所がちゃんとあったことを実感する。ふうふうと息を吹きかけてひと口飲む。
もともと自分が住んでいた家だというのに、どうやって入るべきか悩んでしまう。ただいま、と言って入ればいいのだろうか。そもそもチャイムを鳴らしたほうがいいのだろうか。玄関口でかれこれ五分は考え込んでいただろう。
「巧? 何してるの、そんなところで」
振り返ると、母が立っていた。何年ぶりだろう。記憶の中の姿より、少しふっくらしている気がする。元気そうでよかった。
「た、ただいま」
「おかえり。帰ってくるなら連絡ひとつくらいしてくれたっていいのに。寒いでしょう。早く入りなさい」
家の中へ押し込まれるようにして入った。母は怒っていないのだろうか。あまりに平然と接せられて、拍子抜けしてしまう。廊下を抜けて、リビングに足を踏み入れる。懐かしい匂いにほっとする。父はソファーに座って、テレビを見ていた。
「父さん、ただいま」
「え、巧? どうしたんだ急に。とにかくおかえり。しばらくこっちにいるのか?」
「そのつもり。一週間休みもらったから」
「そうか。巧は酒強いか? 父さん巧と飲むの楽しみにしてたんだ」
あまりに嬉しそうな父を見て、緊張が一気に解れる。家を出たのは、高校を卒業してすぐだったから、ずっと待っていたのだろう。これからはもう少し頻繁に帰ってくるようにしたい。
「お酒はまだあんまり。おいしいの教えてよ」
「わかった。母さん、あれ、冷やしておいてくれ。今日はうまい酒が飲めるな」
「飲みすぎないようにしてよ」
夕飯までは時間がまだあるから、温かいお茶を淹れてもらい、三人で食卓を囲む。昔使っていた湯呑を出され、僕の居場所がちゃんとあったことを実感する。ふうふうと息を吹きかけてひと口飲む。
1
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ナツキス -ずっとこうしていたかった-
帆希和華
ライト文芸
紫陽花が咲き始める頃、笹井絽薫のクラスにひとりの転校生がやってきた。名前は葵百彩、一目惚れをした。
嫉妬したり、キュンキュンしたり、切なくなったり、目一杯な片思いをしていた。
ある日、百彩が同じ部活に入りたいといい、思わぬところでふたりの恋が加速していく。
大会の合宿だったり、夏祭りに、誕生日会、一緒に過ごす時間が、二人の距離を縮めていく。
そんな中、絽薫は思い出せないというか、なんだかおかしな感覚があった。フラッシュバックとでも言えばいいのか、毎回、同じような光景が突然目の前に広がる。
なんだろうと、考えれば考えるほど答えが遠くなっていく。
夏の終わりも近づいてきたある日の夕方、絽薫と百彩が二人でコンビニで買い物をした帰り道、公園へ寄ろうと入り口を通った瞬間、またフラッシュバックが起きた。
ただいつもと違うのは、その中に百彩がいた。
高校二年の夏、たしかにあった恋模様、それは現実だったのか、夢だったのか……。
17才の心に何を描いていくのだろう?
あの夏のキスのようにのリメイクです。
細かなところ修正しています。ぜひ読んでください。
選択しなくちゃいけなかったので男性向けにしてありますが、女性の方にも読んでもらいたいです。
よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる